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男なのか女なのか、どっちなんだい?_映画『ボーイズ・ドント・クライ』_性自認と性的志向は次元が違うけれど、いろいろと考えてみる

どうして「男でなかったら女」で「女でなかったら男」なんだろう?

という素朴な疑問は昔からありまして。
どっちか、じゃないとダメ?

と、いうのも、
小さい頃から、私、「男の子」に間違われることが多かったんです。

動きやすかろう、
という理由で、スボンか半ズボンを穿かされていたし、
取扱いやすさ、
という理由で、髪の毛もショートカットにされ。
(女の子、というだけで、なぜ髪を伸ばすことになっているのかも謎です)

そのわりに、小さい頃は「またか⋯」と思うほど痴漢に遭いやすかったのはなんだったんでしょうね。

見た目からだけならまだしも(?)、
名前まで、どちらの性別でも、むしろ男性名で読める漢字だったもので、
小学校の先生に名前を読み違えられ、クラス全員から笑い者になった屈辱。
(いや、名簿あるでしょ)
病院で、通りすがりの看護師にお股を覗き込まれ、確認された屈辱。
(いや、カルテあるでしょ。担当じゃなかったよね?あれ何の意味があったの?)
第二次性徴期を迎えてしばらくした後でも、男子二人組と道ですれ違いざまに「今の男?女?どっち?」と会話してるのが聞こえてきたのは、今でも忘れない。

物に関しても、学校の体育の水泳用の帽子まで、
「男の子用」「女の子用」があり、
それを親から間違って用意されててしまったものだから、
さあ大変。また笑われて屈辱。
(昔々、女の子用は髪の毛をグルっと入れるためなのか、耳まですっぽりタイプがありました。スイミングスクールの水泳帽は男女どちらも同じデザインだったので、すぐにそっちに乗り換えましたね。)

そういう「性別の境界線」を乗り越えた時に、
異様に反応し、喰い付き、嘲笑してくるのは「男の子」のほうが多かった印象。
なんなんでしょうね。
何か本能的にでも、男子の沽券や尊厳を脅かされる恐怖でもあるのでしょうか?

『ボーイズ・ドント・クライ』(原題:Boys Don't Cry)(日本公開:2000年)
性同一性障害を持つ主人公(ヒラリー・スワンク)が男性として生きたいという願いを描いた作品。実話を元に、男性として生きることを選んだ主人公が差別や暴力に直面する姿が描かれている。

この映画でも、
男性達が、それはそれは、取り憑かれたように、もう集団ヒステリー状態で、
「男か女かどっちだ?」ということを明らかにしようと迫ってきます。
そのシーンは本当にトラウマ級に息が詰まる。

男だと思っていたけど、実は女だった、と分かったとたんに、
今まで好意的に接していた周りの女性達も含めて、周囲の人間たちの態度の変貌ぶりも怖い。

齊藤笑美子「強迫的性別二元制」137 頁
志田 陽子【編】『映画で学ぶ憲法』法律文化社(2014/04)
ISBN:9784589035509

「男」か「女」かのどっちかではならないといけない。
この本の、齊藤笑美子「強迫的性別二元制」137 頁~では、
映画『ボーイズ・ドント・クライ』について、
「強迫的性別二元制」を端的に説明されていて、
ずいぶん以前に見た映画だったけど、
「そうそう、あの男性達の異様な興奮はなんだったの???」をリアルに思い出しました。

この本は、いろいろな憲法問題を映画に絡めて?いろいろな映画を憲法問題に絡めて?論じられているので、
学術向けのお堅い本ですが、なかなか興味深いですよ。

いろいろな映画等で見る限り、
キリスト教的価値観ガチガチのアメリカの保守的な地域ではまだまだこうなんだろう、と思うと、
日本よりもずっと、LGBTQ+の運動が早くから行われ、激しく、盛んなのも納得。
日本は、中途半端に欧米の価値観に憧れて取り入れちゃったから、ギクシャクしちゃってるんですよ。

江戸時代くらいまではもっとおおらかだったし、欧米のキリスト教ガチガチのところ(←ざっくりしてる)のほうが、「恋愛伴侶規範」みたいな、何が何でもパートナーがいて当たり前!みたいな圧が強いですよね。
日本に「プロム」が無くて本当に良かった⋯とつくづく思います。

お見合い結婚が主流だった頃って、セクシャルマイノリティな人も、悩んだまま、なんとなく世の中そういうものだ、として流され、乗り越えて来られたんじゃないだろうか。
悩む隙すら無かったかもしれない。
それが幸せか不幸かは分からないけれど。

蛇足ですが、映画を付け足しておくと↓

『トムボーイ』(原題:Tomboy)(日本公開:2021年)

男女の垣根を超える、
もうちょっとふんわりしているのがこの映画。
主人公の女の子は、男の子の恰好をするけど、
そこまで「どうしても男の子になりたい!」と思ってやっているわけではなさそう。
好奇心でやってしまったらだんだんと引っ込みがつかなくなってきたという感じ。
この先どうするのさ?という不安感か常につきまとう。

男の子に混じってサッカーに興じるけれど、暑くなってきて男の子はシャツを脱ぎ捨て上半身裸で遊び出す。
唾を吐く。
なにげない仕草だけれど、そんなことにも身体的性差があるな、と気付かされる。

女の子には絶対乗り越えられない壁。
ひとつずつ真似をしてみる主人公の女の子がいじらしい。
海に遊びに行くシーンでは、粘土で「アレ」も作ってみたり⋯

昔の(小さい頃の?)私は「男の子」に間違われるけど、
男の子ぶっていたわけではないし、
別に「男」になりたい(見られたい)わけじゃない、
だからといって「女の子」をアピールしたい(見られたい)わけでもない。
決して世の中を変えろ!とか、同等にしろ!とか世間に対して怒っているわけではなくて、
なぜ嘲笑の対象になり、こちらも屈辱を感じないといけないのか?という純粋素朴な謎。
「当たり前」になってることや、固定観念みたいになっちゃってませんかね?
前提条件を「なぜ?」って思考実験として考えてみるのも面白いかもよ?くらい。
今の時代には「ノンバイナリー」なんて言葉もあって、良い時代だなとも思う。
じゃあ、今、はたして私がそんな立派な名乗りをできるかというと、それほどの自己主張もない。

精神性でいうと、あまりの恋愛方向のフラグの立たなさに、
異性が好きにならないなら、同性が好きなんだろうか?と考えていた時期もありました。
まぁ、実際、女の子のほうがほんのり好きになりがちだったけど、
映画『ボーイズ・ドント・クライ』を見て、ますます、
「自分が”男”になって、女の子を好きになりたいわけではないではないな」
というのを感じたわけで。

じゃあ、そのままの同性愛なのか。
⋯⋯うーん、そもそも、「好き」も、その先も、よく分かってないかも⋯⋯。

なんかこう、もっと、同性愛って、
「崇高な、精神的な結びつきの何か」
だと思っていたんですよ。
異性愛よりももっと崇高な何か。
そこに「男役」とか「女役」とか要らなくない?と。
そのままの自分で良くない?と。

もちろん、舞台や映画やドラマでは、
シェイクスピアの昔から、異性の装束を着ることで「性別」や「身分」を乗り越える設定は、ものすごく盛り上がるキュンキュン設定で、大好きです。
それは、大前提として「男女の区別」のある世界だからこそ成り立つ設定。
あ、話ズレた。

なんかこう、もっと崇高な、精神的結び付きの世界を⋯⋯
「クィアプラトニック」って言葉を、昔の私に教えてあげたかったなー⋯⋯
知ってたとしても、同じ価値観の人に出会えるかなんてもう天文学的な確率で無理な気がするから結果は変わらないか。

性自認と性的志向は、全く異なる次元の話だけれど、どの方向にもハマれないし、何者にもなれない気分。

やっぱりアロマンティック・アセクシャルなのかな。
分からない!という観点では「クワロマンティック」とも言えるのかもしれないし、
頭のキレる人にピピピッと来てしまいそうな感じは「サピオロマンティック」というのも言えるかもしれないし、
強い感情的な絆や信頼関係が築かれた相手にのみ、稀に恋愛感情を抱きそうな感じは「デミロマンティック」と言えるのかもしれないけど、
どれもこれも、なにぶん、一度も「そう」なったことが無い⋯⋯。
そもそも、そうなのかどうなのか判別できるほどにも「人」と深く関わってこなかったのかもしれない。
ただの孤独な人間?
寂しすぎる⋯。
このまま人生が終わってしまうのか⋯と思うと、もったいない気もする。

「ラベル」なんて、なんでもいいじゃないか!てなもんですが、
普通の人が持ってる話題の共通項として、
まず、たとえば「天気の話題」があるとしたら、
それと同レベルでいわゆる「恋バナ」があるとして、
私はその一ジャンルのチャンネルが無いままなので、
いつまでたっても成長しきれないままのような、
圧倒的な「感覚の欠落感」があり、
ついつい周りを見ると、世界で一人、置いてけぼりをくってる感じがしてしまい、居場所が無く、本当に寂しいのです。

漫画・アニメの『葬送のフリーレン』に出てくるフリーレンをはじめとするエルフ族は、
恋愛感情や生殖本能が欠落しているか、とても薄い、という設定。
それに一番近いのか?
私はエルフ族?
いや、フリーレンのほうが「私はもっと人間を知ろうと思う」と言って旅に出ているので、私よりずっと偉い。
フリーレンはエルフ族の桁違いの寿命を使って、
「強い感情的な絆や信頼関係が築かれた相手にのみ、稀に恋愛感情を抱く」
デミロマンティックなのかもしれないね。
じゃないと種族としての存亡に関わるものね。
(『指輪物語』を始め、他の作品内のエルフ族でもどうやって種族を維持しているのだ?と謎でしたよ。)

私は⋯⋯結局のところ私は⋯⋯
別に身体に不満は無いので、それはそのままでいいんだろうけど、
好きの対象も、「好き」や「好きの先」も分からず⋯⋯
もう仙人とかそういう域???
修道女とか尼とか?
恋愛禁止のアイドルとかだったら、自分、できますっ!?!?(挙手)

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