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生きづらさを感じていた私へ。熱中している人に憧れていた「ホントの理由」


「熱中していれば、もっとやれるはずなのに」
「熱中していれば、時間も忘れてやれるのに」
「熱中できていない自分はダメな奴なのか」



私は、何かに熱中している人にあこがれを抱いていた。


中学校の時、アニメに熱中していた友人
高校の時、数学に熱中していた友人
大学の時、プログラミングに熱中していた友人
車に熱中していた友人


一方、私は何に熱中していたんだろう。


小学校からやっていた野球?
頑張ってきた勉強?
好きな音楽アーティスト?


そもそも

「熱中している状態」って
どういう状態?


推しを作っている?
たくさんお金と時間を費やしている?
四六時中そのことを考えている?


何かに熱中していた友人に比べれば

意気揚々に語れないし、
そこまでお金と時間をかけてない気もするし
休みの日はそれをやろうとも思わないし



熱中している自分って何なんだろう。



でも、無心になって時間を忘れてやれていたこともあった。
食事や睡眠も抜かす勢いで。


勉強とか
プログラミングとか
ジャーナリングとか


が最近だとかな。


小さいころだと、

ゲームとか
絵を描くとか
ブロックで何かを作るとか
プラレールを敷きまくるとか



ひとりで黙々とやるときもあれば
誰かと協力して、1つの何かに突き進んでいるときもあった。


高校の文化祭のクラス展示で作った、
木工ジェットコースターは良い思い出。


夜逃げしたくなるくらい
しんどかった部活を辞めた直後だったし
熱中できるものを求めていたんだと思う。




熱中・夢中・無心にやっているときの
前進感。高揚感。夢中感。



これがずっとあれば


って何度思ったことか。



逆に、そうじゃない状態は

自分は悪い状態だと否定していく。



得体の知れない重苦しさが
身体と心を襲ってくる。



でも、周りは
こんなに重苦しそうじゃない。



なんでなんだろう。


熱中してないときも、
まあそういう時もいいよねみたいに
あっけらかんとしている。




なんか、自分がズレてる…?



その理由が最近、分かったかもしれない。




それは、多分

自分の心の前提が違っていたんだと思う。


心の奥で

「自分には価値がない」と強く信じ込んでいた。


つまり、

自分の存在に対して信頼感がないのがベースにあって
自分の存在そのものを心の奥で否定している。



楽しさよりも生きづらさを感じることが多い人生。


そこには、不安や空虚感、虚無感がたくさん。


安心ができる場所がない。そんな感じ。


そこであえて、


安心を疑似的に得られる
=不安や空虚感を忘れられる


のが、熱中だったのかもって。


頑張り過ぎたり
完璧にこだわろうとしたり、

自分の理想を完璧に実現しなければ
自分が無価値になってしまう。


そうならないように
認められるように

ガムシャラに努力する。


それが自分にとっての熱中。


そういう状態にあることで

内面に抱えた自己否定を和らいでいるように
錯覚していたんだろうなぁ。



そこそこ結果が出たり、評価されたり
有難くいただくことがあったときは


一時的な安堵感。


「ああよかった」


でも、さらに求められる期待。


それにこたえるべく頑張っていく。


頑張っても頑張っても満足感よりも
まだ足りない、まだ熱中していない
不足に目がいきがちになって


自分が身体的にも精神的にも
バランスが崩れていることが気づかなかったり。

いっぱいいっぱいでも優先しちゃうみたいな。



これって心の前提のタイプでいうと、


典型的な


自己否定・他者肯定タイプ



だから、


好きなことがたくさんあって、
熱中しているとか


というのは

大前提、すごい素敵なことだけど


背景にそういうこともあるかもなみたいな
視点は持っておきたい。



それだけ頑張ってきた証だと思うし、


すこしでも不安を感じたくないっていう

心の叫びでもあるんだろうなと。



なんとなく、心は感じていたんだと思う。


不安ばっかで辛いよねって。

自分を否定し続けるって辛いよねって。


それをどうやって解消していくか


やり方がちょっと違っただけ。

ただ無意識の心のクセが普通と違っただけ。


周りから評価も得られるし
役に立っているかもしれない。


でも自分自身は?


疲れすぎてない?
1人でやろうとしてない?
自分を押し殺してない?
波風立てまいと相手に合わせすぎてない?
強い自分を装ってない?




熱中もいいかもしれないけど、


ホントに欲しかったのは


心からの安心であり
リラックスして力を抜ける場所


だったんじゃないかな。



「未熟な状態だとしてもいていい」
「未熟な状態だとしても周囲には味方がいる」
「未熟な状態だとしても周囲に求めていい」



そんな心の安心感を
見つけたかったんだと思う。



心理学でいうところの
「内的作業モデル」


最近は、色々考えていくと
結局、幼いころの愛着の観点に結着しているなぁ。



でも、それが
根本なんだろうな。


生まれて近くにいる人に
育ててもらって
教えてもらっているんだもんなぁ。


愛着というか、愛というか。


クサいですけど。



生きづらさを解消するには、
好きなことをするのもいいかもしれないけど、

合わせて
自分の心の前提はどんなだろうって
気づいておくのも良い気がする。


好きなことが
最後自分を苦しめてたら
なんか嫌だし。


「ああ、自分は不安を感じたくなくて熱中してたんだ」
「一番得たかったのは心の安心感だったんだ」


こう気づいているだけでも
何か良い方向に変わっていくのかも。



特に心の安心感が欠如しているのは

「自己否定・他者肯定」タイプ


私も、そうだからこそ
分かることもあるだろうし
逆に普通が分からないこともあるだろうし。


でも、得体の知れない生きづらさはあるから
一歩一歩、自分が自分らしく生きる方へ進んでいきます。


あなたはあなたらしく生きていく方へ進んでいきますように。


あなた自身が、どのタイプか気になったら
末尾の無料診断を受けてみてくださいね。



最後までよんでいただき
ありがとうござました。



追伸:

仕事もある。
生活もできている。
周りからは「しっかりしてる」と言われていた。


でも——家に帰るたびに、胸が重かった。

「普通に生きているだけなのに、
なんでこんなにしんどいんだろう」

その疑問に気づかないまま、

高熱でも働き続けて、
誰にも頼れなくて、
「ちゃんとしてる」と言われながら、

心は限界でした。
そして適応障害になりました。


今は——
自己否定から抜け出し、
自分を信頼しながら
心から信頼できるパートナーと共に生きています。


そして、過去の同じ苦しさを持つ人のサポートをしています。

変わるきっかけは、
自分がダメだった理由ではなく、
苦しかった根本原因を知ったことでした。

HSP、AC、MBTI、自己理解…分かっても残る
”生きづらさ”

……

その答えが、私の場合は
「サメタイプ」という心の状態でした。


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たくま|心の土台から動かす人生再起専門家 温かいご支援に感謝いたします。いただいたチップは、今後の学びをより深めるための活動費に使わせていただきます!noteは書くことを何よりも楽しく続けています。これからも見守っていただけると何よりも嬉しいです!