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効率化の提案を素直に喜べないのは、自分が必要とされなくなりそうだから

「この作業はAIで代替できます」
「これまで半日かかっていた作業が1時間で終わります」

そう言われれば本来なら喜んでもよさそうです。負担が減って時間にも余裕ができる。効率化はきっと歓迎されるだろうと提案側は思っています。

ところが実際には、効率化の提案をされた人がこれを素直に喜ぶとは限りません。

作業が減ると聞いた瞬間に浮かぶのが「楽になる」ではなく「自分の仕事がなくなるかもしれない」だからです。

作業は役割と切り離せない

長く担当してきた作業は単なる手順ではありません。

その仕事を任されていることが自分の役割になり、周囲から頼られる理由にもなっています。どこに情報があるかを知っている。問題が起きたときの対処方法を知っている。誰に確認すれば話が進むかも分かっている。

表面上は同じ作業を繰り返しているように見えても、その人の中には長年かけて身につけた判断や工夫があります。

そこへ突然「AIで代替できます」と言われたら、減らされるのは手間だけだとは受け取れません。

自分が時間をかけて覚えてきたことは必要なかったのか。
誰でもできる仕事だったのか。
自分がいなくても問題なく回るのか。

効率化の提案が自分の役割を削る提案に見えてくるのです。

仕事が減った後に何が残るのか

効率化によって作業時間が減っても、その後に何を担うのかが決まっているとは限りません。

空いた時間を別の仕事で埋められるのかもしれない。担当業務が減った人として評価されるのかもしれない。人員を減らすための準備なのかもしれない。

提案する側が「もっと重要な仕事に時間を使えます」と説明してもその重要な仕事が何なのか、誰が評価するのか、本人に担えるのかまで示されなければ安心材料にはなりません。

効率化によって余裕が生まれるのではなく、自分自身が余ったと判断される可能性まで考えてしまいます。

作業が減ることと自分が今後も必要とされることは同じではありません。自分の役割が見えないままでは、効率化の提案は受け入れがたくなってしまいます。

手を動かす仕事は価値が見えやすい

手を動かして作業している姿は本人にも周囲にも分かりやすいものです。

資料を作る。数字を集計する。文章を書く。コードを書く。問い合わせに回答する。

作業した時間と成果物が対応しているため、仕事をした実感も得やすいです。

一方、効率化によって空いた時間を判断や検討に使ってもその価値は見えにくいことがあります。

どこに問題があるのかを考える。複数の選択肢を比較する。例外が起きたときの対応を決める。今後やめる作業を選ぶ。

こうした仕事は成果物や作業時間だけでは評価しにくく、本人にも仕事をした実感が残りにくい。判断の質は作業件数のように数えられないからです。

作業量が働いている証拠として受け取られやすい職場では、効率化によって作業が減ると自分の価値をどう示せばよいのか分からなくなることがあります。

これまでの働き方を否定されたように感じる

効率化の提案は、これからの進め方を変える話であると同時にこれまでの働き方への評価として受け取られることがあります。

本人はその作業に時間をかけながら間違いを減らす方法を考え、問題が起きるたびに手順を増やして今の形まで積み上げてきました。

現在だけを見れば非効率に見えても、その時点では必要な工夫だったはずです。

その経緯を知らないまま作業だけを減らそうとすると、本人には「これまでのやり方は間違っていた」と言われたように聞こえます。

提案する側は今後の効率を考えています。

受け取る側はこれまで積み上げてきた経験まで不要だと判断されたように感じています。

効率化への抵抗には今後の役割を失う不安だけでなく、過去の仕事を否定されたくないという感情も含まれているのです。

抵抗しているのは非効率を守りたいからではない

効率化に反対する人を見ると、変化を嫌っている、AIを理解していない、古いやり方に固執していると判断したくなります。

作業が自分の役割になっていて、その作業量が評価の材料にもなっている。さらに作業が減った後に何を任されるのかも分からない。

この条件が重なれば効率化は単に負担を減らす提案には見えません。

自分の担当が減るのではないか。
これまで身につけてきた経験が使われなくなるのではないか。
作業時間が減ったことで組織の中で自分が余ったと判断されるのではないか。

提案する側が見ているのは削減できる時間や手順ですが、受け取る側が考えているのはその削減によって自分の役割や評価がどう変わるのかです。

効率化の提案を素直に喜べないのは非効率な仕事を続けたいからではありません。

作業が減った後に自分の役割や評価まで失うかもしれない。その不安が効率化を受け入れにくくしているのです。


私はこれまでWeb開発や業務改善の現場で、何を作るかよりも何を分けるか、どこに責任を持たせるか、どこまで作るかといった判断を重ねてきました。

そうした経験や設計判断については自己紹介を兼ねた記事にまとめてます。

会社員やフリーランスとして積み上げた経験を、自分自身の事業に変えるための事業設計支援に取り組んでいます。

経験を誰のどんな課題に結びつけ、商品、発信、集客へどうつなげていくのか。私が考える事業設計の全体像を新しい固定記事にまとめました。


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