【喪神】 芥川賞読んでいく:47冊目
芥川賞の受賞作を片っ端から読んでいくということをしています。
背伸びせず、今持っている力でまとめていきます。
今回は、第28回(1952年)芥川賞受賞作、喪神。
私にとって47冊目の芥川賞受賞作です。これまでまとめてきたものは下のページにまとめています(随時更新)。
もし読んでくれる人があるなら「ここの解釈はおかしいんじゃない?」とか「私はこう思うよ」とか「いいね」とか些細なものでもコメントしてくれたら嬉しいです。
秀次や家康の時代に幻雲斎という剣の達人がいた。彼は自ら進んで勝負をする人間ではなかったが、秀次らの目にとまったことで、他の剣士たちと真剣勝負をすることになる。
幻雲斎はしなやかな強さを持っており負けることはない。勝負は幻雲斎の意志と無関係に組まれていく。
自分は、実は過日両三度の試合をしたとは憶えているが、相手を打負かしたことは、記憶にない。何時もそうであるが、何うして宿へ帰ったかも覚えぬ。夜半、目覚める懐いで我にかえり、思わず刃を検べると、新しい血脂が附いていた。それ故、辛うじて人を殺めたと思い当る程度である。
そうして切った人の中にも子どもをもつものもいる。哲郎太の父も幻雲斎の刃にかかった一人であった。哲朗太は大きくなり幻雲斎を打ちにいくが、勝負の末敗れて自刃しようとする。幻雲斎はそれを止める。
尤も、父の仇とはいえ、実感に、哲郎太は父なる四郎利之の面影を知らぬ。武士の意気地というも所詮は世間あってのことである。
哲朗太は幻雲斎とその娘と修行を積んで成長する。幻雲斎には哲学があり、それを哲郎太は学び取っていく。
守るべきは己が本能である
夢想剣を修めるには、世の修業の考えを先ず捨てねばならぬ。従来の剣術の方法、思慮では奥義を極めることは出来ない。肝要なのは、人間本然の性に戻ることである。即ち、食する時は美味を欲し、不快あらば露わに眉を寄せ、時に淫美し、斯くの如く、凡そ本能の赴くところを歪めてはならぬ。世に、邪念というものはない。
強いて求むれば、克己、犠牲の類こそそれである。愛しえぬ者は憎むがよい、飢えれば人を斃しても己が糧を求むるがよい。守るべきは己が本能である。欲望を、真に本来の欲望そのものの状態にあらしめることである。
大切なのは本能であると幻雲斎は言う。現代ではむき出しの本能は忌避すべきと教え込まれるが、それとは真逆の考えである。美味しい時は美味しいと思い、不快なら眉に皺を寄せ、食欲や不快感、性欲でさえも自然そのままにせよという思想。
夢想剣を修めるには、世の修業の考えを先ず捨てねばならぬ、と言う言葉は宮本武蔵の五輪書を思い出させる。そこでも、勝負に勝つためならば従来の型を捨てよ、という思想が述べられていた。だからこそ、宮本武蔵は型破りな長剣や、二刀流を採用したりした。勝つためならば地形(環境)が大事だ、相手より高い位置にのぼれとかも書いてたな。これは剣術の書であるが哲学の書でもあると思う。
ハーバードのビジネススクールでも必読書となっているとかどこかで聞いた。
臆病は護身の本能に拠る。故に臆病に徹せよ。
赤、こうも言った。世上の剣者は臆病を蔑む、兎角胆の大小を謂う。愚かなことである。臆病こそ人智のさかしらを超えた本然の姿である。臆病は護身の本能に拠る。故に臆病に徹せよ。終始臆病であることをこそ、剣の修業と心得よ。
さかしら:賢しら、知能
臆病であるからこそ、適切に危険を察知でき勝負に勝てる、ということだ。臆病であることは馬鹿にされがちだが、それ自体は正しい本能である。臆病は悪いことだと思いこめば、適切な予測に不備が出る。
臆病を相手に見定められればつけ込まれるから、相手には隠すべきである。自分には隠さなくていい、という幻雲斎のメッセージと読める。
飛び来る石を暇あれば躱す。なくば及ばずとも睫を閉じる
更にこうも言った。自分が、今日の心境に達したのも臆病心を守ったからである。元来、余は人並以上の臆病者であった。心拙き頃は、世人の如く余も臆病を慚じた。しかし、一日、眼に飛来する礫に或る人の思わず睫を閉ずるを見て、翻然悟るところがあった、これぞ正然の術であると。
飛び来る石を暇あれば躱す。なくば及ばずとも睫を閉じる
ーこの、及ばぬ瞬きに余は剣の極意を見たのである。爾来、これに類した本能の防禦を余は限りなく見た。守ろうとする意志すらない、これらは間髪の気合であった。故に、意志以前の防禦の境に余は心を置いたのである。世にいう辛酸の剣の修業と孰れが難かりしやは云わぬ。余は、眠れる者が、顔にとまる蠅を追いて知らざるごとき境に護身の極意を得、夢想流を編んだのである。云々ー
飛んでくる石を避ける時間があれば躱し、時間がなければ目を閉じる。そこに意志が入り込む暇はない。
眠った人の顔にハエが止まったら自然と手で払い除ける。意識に上らずとも動く身体を幻雲斎は信じていた。
短いお話で、言葉は古めで硬いですがそれも味です。幻雲斎と哲朗太のストーリーも注目ポイントで、息を呑む最後も待っています。古めの芥川賞作品を読みたい人におすすめです。
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