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【悪い仲間・陰気な愉しみ】 芥川賞読んでいく:48冊目 【1953年受賞作】

芥川賞の受賞作を片っ端から読んでいくということをしています。
背伸びせず、今持っている力でまとめていきます。
今回は、第29回(1952年)芥川賞受賞作、悪い仲間陰気な愉しみ
安岡章太郎による作品で、二作が芥川賞の対象になったみたいです。
合わせて評価ということかな

私にとって48冊目の芥川賞受賞作です。
これまでまとめてきたものは下のページにまとめています(随時更新)。


下の方の記事で小説の概要がうまくまとめられています

僕らはそれを沈滞と呼んでいた

友達三人と悪さをして、互いのワルを高め合っていく。例えば、食い逃げだとか、レストランのティー・スプーンを持ち出すとか。

僕らは遊廓のなかをウロついたりしているときよりも、かえってしばしばクラスで最もおとなしい連中の出入するお菓子しか並んでいない喫茶店で、危い目に会った。のろまな生徒は、昼間タマツキ屋の前にいたと云う理由で警察へつれて行かれ、折監されてベソをかきながら帰ってきた。
......こんなことが何時、どうして起るのか、僕らにはサッパリ解らなかった。ただそれが、毎日が退屈でたまらないような時期、何かを置き忘れてどうしても憶い出せないようなジリジリした気分のときに、不意にやってくることだけはたしかだった。なぜなら心がそんな状態のとき(僕らはそれを沈滞と呼んでいたが)は、僕らの方でもきっと何かを為出しでかしたくなったのだから。

自分達がやっているあからさまな悪より、ビリヤード屋の前にいたり、喫茶店にいるだけの軽い悪で裁かれるのはなぜだろうと俯瞰した文章がはいるのが気になった。なぜ喫茶店にいることが悪いのかしっくりこないけど、高校生だし当時はそうだったのかな、わかりません。
ただ、重い罪より軽い罪の方が重大視されるというのは現代でもありそうだ。例えば、焚き火はなんでダメなのだろう?火が燃え移ったりしたら大変だから?最近では田舎でさえも畑の野焼きが禁止されているという。納得できない。焚き火というのは人類が何十万年もの間やり続けてきた伝統的な行為であるのに。

上の焚き火の言葉は、この短編集に入っている短編《アイロンのある風景》で見かけたものです。好きな小説の一つです。

焚き火を禁止された人間は、焚き火で解消していた何か、あるいは焚き火で得られていた何かを失うことになる。そういうものが「沈滞」を心に生み出し、「何かを為出しでかしたく」させるのではないのか。

何でもないことほど咎められる世の中はすでに始っていた。

今回の小説を一文で表したものがこれじゃないか、と私は思う。

ただ正直、読んでいて退屈だった。文章が特別うまいわけじゃなく、内容も面白くない。後半の陰気な愉しみも面白いところがなかった。

自分の感じたことを述べた後で、他の人の感想も読んでみた。

「村上春樹が選ぶ本50選」を、僕は一行も余すことなく読んだ。そこで安岡章太郎のことがベタ褒めされているのを見て、さらに印象に残ったんだと思う。

最後の記事

安岡のどういうところを村上は評価したんだろう、気になる

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