誰かのために少し時間を使うことについて考えてみたら、「誰かのため」は「自分のため」にも繋がっている気がしてきた
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こんにちは、旅人先生Xです。
今日は、「誰かのために時間を使うこと」について書いていきたいと思います。
目次は、以下の通りです。
誰かのために時間を使うこと
ちょっとした贈り物をしようと考えて、買い物をすること。
誰かのためになったらいいなと考えて、書き物をすること。
少し凝った料理をすること。
後ろの人のためにドアを支えること。
こうした誰かのためにちょっとした時間を使うことって、生活の中でないでしょうか。
私は、時々、そうした「誰かのためになるかもしれない時間」を生活の中で意図的に設けるようにしています。
理由はシンプルで、なんだか嬉しい気持ちになるからです。
四六時中、人のために生きることは自分には難しいなと思うので、タイミングがある時や思いついた時にしているというのが実情です。
ですが、心にゆとりがない時こそ、そういう行動ができるようにしたいと考えています。
心にゆとりがない時って、ついつい冷たい態度や無関心な行動をとりがちですが、そういう時こそ、心温まるようなことが必要ではないかと感じるからです。
時間は有限ですし、とても貴重なものです。
だからこそ、時間をどうやって使っていくか、使っていきたいかを考える必要があるように思います。
日々の生活や仕事でも大切にしていきたい思考の切り口の1つです。
上手い言葉にできないのですが、個人的には、誰かの嬉しい気持ちや笑顔のために使う時間があるって何だか心が温まる機会が増えて良いなぁと思っています。
誰かのためは自分のためにでもある?
誰かのために時間を使うことについて書いてきましたが、誰かのために時間を使うことは自分のためでもあるのかなと思いました。
例えば、食べる人に喜んでほしいなと思って、少し凝った料理をすることって、「喜んでもらいたい」という自分の気持ちのためでもあるのかなと感じたのです。
何だかこう書いてしまうと急にすごい打算的な感じになってしまいますが、そういう側面も0じゃない時って実はあるんじゃないでしょうか。
全部が全部、「誰かのためか」、「自分のためか」がきっちりと分かれるわけじゃないのかもしれません。
むしろ、誰かのためと自分のためがごっちゃになっていることがほとんどなんじゃないかとすら感じます。
だから、いっそのこと、「誰かのためにもなるし、自分のためにもなる」くらいの気持ちでいたほうが、スッキリする気がしてきました。笑
誰かのためになったかどうかは「誰か」が決めることですし、ちょうど良いかもしれません。
自分のためになったかどうかは自分で決められますから、むしろ、「自分のため」という思考がどこかで働いていてくれたほうが、成長にもつながりやすいと思えてきました。
「誰かのために時間を使うことは、自分ために時間を使うことにも繋がる。」
このような気持ちをもって、日々を過ごしてみたら、ちょっぴり心温まる機会が増えるのではないでしょうか。
私自身、今まで以上に気を付けながら実践していきたいと思います。
今回は、以上になります。
お読みいただきありがとうございました。
この記事が少しでも皆さんのお役に立てば幸いです。
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