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「地元」の「地元」の祭り

旅するたたき場の星です。

突然ですが、皆さんにとっての「地元」の「地元」はどこですか?

記憶は遠く、思い出は近く

さて、「地元」の「地元」というのは、集落のことだと、僕は思っています。
僕の地元は西会津町ですが、もっと細かく言えば一つの地域になりますし、
さらに細かく言えば、その中の一つの集落が僕にとっての本当に「地元」になります。

だから、僕は2日目に参加した「立石不動尊祭」が、
誰かにとっての「地元」の「地元」の祭りであることに
なんだか嬉しく思い、そしてそこに混ざれたことで
とても楽しく、幸せな気持ちを抱くことになりました。

櫓の組み立ては本当に力仕事

僕の「地元」の「地元」には祭りがありません。
僕の「地元」の祭りに、僕は運営側で参画したことがありません。

33年の人生の中で、初めて、ちゃっかり、手伝うことができたのが
この立石不動祭なわけです。

朝。人が集まり、草刈りをする。
櫓を組む。装飾をつける。若手からベテランまで一手に集まり、準備が進んでいく。

ざっく、ざっく、と音を鳴りし、伸び放題だった草は刈られていく。
あおい匂いが、いつまでも青春を呼び起こすような。
青かった、もっと若かった頃の自分を、そこに呼び起こすような。

そんな音が鳴り響く。

時間はかかる。

人の手で行うことは、AIや機械で操作する自動化された産業とは違い、
熱が入り、情が入り、思いが紡がれていく、そしてそれには時間がかかる。

こういった祭りは、でも着実に続いていき、そしていつしか、誰かにとっての大切な祭りに、場所になっていく。それは時間が経っても、土足で他者に踏み込まれることもなく、大切に、大切に育っていく。

僕は、ようやくそういう旅をできたのだと、なんだか嬉しく思った。


ヤグラが立ち上がる

午前の作業が終わると、お昼だ。地区長(これまた昨年から大変お世話になっている方)のご自宅で、ソーメンやカレーをいただいた。
作業をして、みんなでご飯を囲む。途中で、田舎にきていたお孫さんたちもきた。従兄弟同士で遊んでいる。

夏休みだ。自然の中で食べるご飯、なかなか聞くことができない、遠くからやってきた来客たちの声、動物たちの気配、土と水の匂い。
久方ぶりの夏休みを、味わえる。

たくさんのソーメン、夏休みの風物詩の一つ

一休みして、さあいよいよ祭りだ。
始まる前に住職さんがいらっしゃり、一儀式が行われる。
通常は土地の人しか混ざれないのだが、少し無理を言って、混ざらせていただいた。

儀式とは、何かかっこいいものではない。
心を落ち着かせるための、ある種一部の人のためのものである。
だから、それを変にありがたがることはない。
僕にとってはこれが初めてのことではあったけれども
でも、他の人にとっては、何度もかのことだ。
それを忘れちゃいけない。

なぜこんなにも美しいものが作れたんだろう

さあ、祭りが始まる。
出店がたくさん並ぶ。子供がたくさんくる。
こんなにもたくさんの子供が?と思うぐらいにはたくさんの子供が。
大人もたくさんいる。人が押し寄せてくる。
気がついたら運営側の手が少し足りないぐらいに。

気がついたら、一番浜通りに来ているメンバーの史織さんが子ども会の手伝いを始めていた。
僕も流れるように、受付の手伝いを始めていた。

仕事に励む山本史織氏

人生で初めての、祭りの受付側。
演劇の受付はよくやるのだが、こういった場での受付は人生初めてだ。

どんどんみんながやってくる。
破格の値段で売られている種々様々なものものたち。
散財をしているはずなのに、懐はそこまで寂しくならない。

受付をしている自分の姿を初めて見た

途中から星が子ども会の受付に、史織さんは射的の受付を行なっていた。

押し寄せてくる子どもの波は引くところを知らない。
こんな波だったら喜べる。喜べない波を喰らったこの地域にとって、本当に喜べる波というのは、こういう待ち望んでやってくる人たちの波なんだろう。これは僕たちが死ぬまで続くのだろうか。どうか続いてほしいと、願うしかない。

年齢関係なく人気の遊び、型抜き

祭りも終盤。やはり終盤はみんなで踊る。
史織さんが全力で踊っていた。星は途中から踊った。

櫓。
櫓の上に登った。自分でひたすら太鼓を叩き、歌も歌った。
あー、こういう自由が許される場が、パフォーマンスの場以外でも存在するんだな。
これはこれで、ありがたいものだ。

どうかこの笑顔たちが
未来にも継がれていきますように

「変にありがたがらない。変に騒ぎ立てない。変に取り糺さない。
なぜそれがそのままあり続けるのか。それを考える。」

二日間祭りを味わった。

一つはこれから伝統になっていくであろう祭り。
一つはこれからも伝統であり続けるであろう祭り。

同じ祭でも、違うまつりだ。

僕たちは、これを変に取り上げてはいけない。
一時的な熱を与えてはいけない。
マグマのようにじわじわと盛り上がり、半永久的に続くような熱を、どうやったら生み出せるのか。

生まれては消え、なくなっていくアートフェスの答えのようなものを
僕は学んだ気がしている。

変に盛り上げてはいけないんだ。
続けていく。とにかく続けていく。
じわじわとゆっくりと、熱を生み出していく。
心地よい暖かさで包まれるような。

祭りをありがとう。

継承しなきゃ
熱は伝わらない

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