【VOL.62】琵琶湖に浮かぶ祈りの島|竹生島(宝厳寺・都久夫須麻神社)で弁才天に会う日
こんにちは。
いつもブログをお読みいただき、ありがとうございます。
2025年11月27日、滋賀県の竹生島を参拝してきました。
今回もいつもの関東パワースポット巡りから少し趣を変えて、前日の椿大神社に続き、竹生島をご紹介します。
2025年11月27日、滋賀県の竹生島を訪れました。
今回は、弁才天信仰と「日本三大弁財天」と呼ばれる場所のつながりを含めて、ご紹介します。
実は今年、江島神社と巖島神社(厳島神社)にも参拝する機会がありました。
さらに奈良の天河大辨財天社も参拝済みで、気づけば"弁才天のライン"を点で追う一年になっていました。
その流れの中で竹生島に立ったとき、三つ(あるいはそれ以上)の場所が、知識だけではなく「体感」として一本につながった感じがありました。
【目次】
1. 竹生島へ|船で渡る「区切り」の意味
2. 霧の中の島|見えすぎない景色がくれたもの
3. 宝厳寺と都久夫須麻神社|神仏習合の形
4. 日本三大弁財天とは|「神社」と「寺院」で見え方が変わる
5. 江島神社・巖島神社とのつながり|三つの島の共通点
6. 宝厳寺・大願寺|"寺院の弁才天"でつながる系譜
7. 弁才天の起源|サラスヴァティーから日本へ
8. まとめ|自分の中の「弁才天の地図」
1. 竹生島へ|船で渡る「区切り」の意味
竹生島は、琵琶湖に浮かぶ小さな島です。
陸続きではなく、船に乗って渡る——この一手間が、聖域へと向かう心の準備の時間のように思えます。
今津漁港から船に乗り、約25分かけて島へ向かいます。
島へ向かう船の中は、同じ目的地を目指す人の気配がはっきりしていて、静かな期待感が漂っていました。
「島に渡ること自体を禊(みそぎ)みたいに感じる」という声が多いのも、頷けます。
日常を一回、湖の向こうへ置いてくるような感覚。
そしてこの日は、晴れているのに霧が濃い日でした。
明るいのに、遠くがはっきりしない、見えすぎない。
その曖昧さが、かえって竹生島に似合っていました。



2. 霧の中の島|見えすぎない景色がくれたもの
竹生島は、船の時間によって滞在時間が決まる場所としても知られています。
次の便までの、約80分という限られた時間は、自然と「今できることを、丁寧にやる」という心持ちにさせてくれました。
船の時間に合わせるという不自由さが、かえって参拝の時間を濃密で豊かなものに変えてくれました。




3. 宝厳寺と都久夫須麻神社|神仏習合の形
竹生島の大きな特徴は、お寺(宝厳寺)と神社(都久夫須麻神社)が、同じ島の中で並び立っていることです。
しかも、離れて存在しているというより、自然な流れで"つながっている。
宝厳寺(ほうごんじ)
宝厳寺は、西国三十三所の第30番札所として知られています。
御本尊は千手千眼観世音菩薩、そして大弁才天が祀られています。
日本三大弁才天の一つとされることもあり、古くから多くの参拝者が訪れてきました。
この日、宝厳寺では手書きの御朱印をいただきました。
一つ一つ丁寧に書いていただく時間も、参拝の一部として心に残ります。


都久夫須麻神社(つくぶすまじんじゃ)
都久夫須麻神社は、市杵島比売命(いちきしまひめのみこと)を御祭神として祀っています。
市杵島比売命は、宗像三女神の一柱であり、水の神、海の神として信仰されてきました。
やがて仏教の弁才天と習合し、同一視されるようになりました。
宝厳寺とは廊下でつながっており、同じ島の中で神社とお寺が共存している形が、竹生島の特徴の一つです。
この日、都久夫須麻神社では書置きの御朱印をいただきました。
同じ島の中でも、直筆の温もりに触れる時間もあれば、書置きを丁寧に持ち帰る時間もある。
ぞれぞれの流儀があるからこそ、参拝の体験がより彩り豊かなものになります。

神仏習合という形
竹生島は、明治時代の神仏分離令の影響を受けながらも、現在でもお寺と神社が同じ島に存在し、つながっています。
「神社か、お寺か」と意識を切り分ける必要はありませんでした。
竹生島では、神域と仏閣が溶け合うように存在し、祈りの場として一つの流れを作っています。
場所が持つ静謐さに、自分の心が静かに呼応していく。
そんな内面がゆっくりと凪いでいくような時間でした。
その境目のない祈りの心地よさが、この島には満ちていました。


4. 日本三大弁財天とは|「神社」と「寺院」で見え方が変わる
「日本三大弁財天」には諸説ありますが、本稿ではこちらの説を採用してご紹介します。
たとえば、神社系として挙げられることが多いのは、
・江島神社(神奈川県)
・巖島神社(広島県)
・都久夫須麻神社(滋賀県・竹生島)


そして寺院(仏教)側の語りで挙げられることがあるのは、
・宝厳寺(滋賀県・竹生島)
・大願寺(広島県・宮島)
・与願寺(現在はお寺ではなく、江島神社に集約されています)

竹生島は、この「神社の弁財天」と「寺院の弁才天」が、同じ島で並び立つ場所です。
だから一度の参拝の中で、同じ"弁才天"でも、手を合わせるときの気持ちの向きが変わるのを体感しやすいです。
ここが竹生島の面白さだと思いました。
5. 江島神社・巖島神社とのつながり|三つの島の共通点
江の島、宮島、竹生島。
"島"という共通点は、単なる地形以上の意味を持っている気がします。
共通点1:島は「渡る」場所
まず、島は「渡る」場所です。
橋で渡れる場所もあれば、船でしか行けない場所もある。
いずれにしても、日常から一段、距離ができます。
弁才天の起源が「水」と関わる女神にある、という話とも自然に重なります。
共通点2:市杵島比売命を祀っている
三つの神社は、いずれも市杵島比売命を御祭神としています。
市杵島比売命は、宗像三女神の一柱であり、水の神、海の神として信仰されてきました。
やがて仏教の弁才天と習合し、同一視されるようになりました。


共通点3:古くからの信仰の場
江の島、宮島、竹生島は、いずれも古くから信仰の対象とされてきました。
島という特別な場所に、神様が宿ると考えられていたのでしょう。
竹生島も、琵琶湖という大きな水の中に浮かぶ島。
この日、霧の中で島に近づいていくとき、「水」に囲まれた場所だからこその神秘性を感じました。
そして、今年、江島神社と巖島神社を参拝したあとに竹生島へ来たことで、「点」だったものが、やっと「線」になった感覚がありました。
6. 宝厳寺・大願寺|"寺院の弁才天"でつながる系譜
寺院側の弁才天(弁財天)を語るとき、宝厳寺と大願寺がセットで出てくることが多いのも、竹生島を歩くと腑に落ちます。
島に神社と寺院が同居する構図自体が、宮島とよく似ているからです。
宝厳寺の大弁才天
宝厳寺の大弁才天は、江島神社・大願寺とともに「日本三大弁才天」として挙げられることがあります。
弁才天は、もともと音楽・芸術・学問の神様として信仰されていましたが、やがて財宝の神としても信仰されるようになりました。
「弁才天」という表記と「弁財天」という表記がありますが、これは信仰の広がりの中で、財宝の側面が強調されたことによると考えられます。


大願寺との関係
大願寺は、広島県の宮島にあります。
宮島には、神社の巖島神社もあり、竹生島と同じように神社とお寺が共存しています。
仏教系の弁才天として、宝厳寺と大願寺がセットで語られることが多いのは、こうした背景があります。
「禊」「再スタート」という視点
また、最近の参拝者の関心としては、金運や芸事だけでなく、「禊」「再スタート」といった"気持ちの切り替え"に竹生島を重ねる人が多いようです。
島へ渡ること、階段を上がること、限られた時間の中で集中して手を合わせること。
その全部が「整える手順」みたいに働くのかもしれません。


7. 弁才天の起源|サラスヴァティーから日本へ
弁才天は、もともとインドの河の女神サラスヴァティーに由来するとされています。
サラスヴァティーは、ヒンドゥー教において、学問・芸術・音楽の女神として信仰されてきました。
この女神が仏教に取り入れられ、日本に伝わりました。
日本では、水の神・芸術の神・財宝の神として、幅広く信仰されるようになりました。
また、日本の神道の市杵島比売命と習合し、神社でも祀られるようになりました。
こうして、弁才天は神社でもお寺でも祀られる、少し不思議で、でも日本らしい存在になっていった。


竹生島のように、神社と寺院が同じ島にある場所は、その"混ざり方"がとても分かりやすい形で残っているのだと思います。


8. まとめ|自分の中の「弁才天の地図」
竹生島の参拝でいちばん印象に残ったのは、派手な出来事というより、帰るころに感じた静かな調和でした。
そして今年、江島神社、巖島神社、天河大辨財天社を巡ってきた私にとって、この竹生島は点と点が繋がり、一つの物語として結ばれる場所になった気がします。



感動より深く、心に静かに染み渡るような調和された実感。
その心地よい余韻を抱えながら、また日常へと向かいます。
次回は通常の関東パワースポット巡りに戻り、銭洗弁財天宇賀福神社と佐助稲荷神社をご紹介します。
さらに、この旅の後半では、もう一度七福神巡りの様子も続けてご紹介していきます。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
この記事が、あなたの次の旅へと、背中をやさしく押せますように。
どうか良い一日をお過ごしください。
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