第29章 型は、言葉が崩れないためにある
――嘘をつかないという技術――
本番で頼れるのは、勢いではなかった。
事前に自分の中へ入れておいた「型」だけだった。
私は三つのルールを決めていた。
一つ目。事実だけを言う。評価は裁判官に委ねる。
出来事を述べることと、その意味を決めることは別の手続だ。私は意味を決める側ではなく、事実を残す側に立つと決めていた。
二つ目。「分からない」「覚えていない」を恐れない。
無理に説明すれば、どこかに歪みが生まれる。歪みは、次の言葉を縛る。
分からないことを分からないままに残すことは、欠落ではない。それは現実を守る境界だった。
三つ目。問いの前提が違うなら、「前提が違います」と言う。
問いには前提がある。その前提が事実と異なるなら、答えること自体が現実の形を変える。
私は問いに従うのではなく、現実に従うと決めていた。
これは精神論ではない。生活を守るための具体的な手続だった。
本番が終わったあと、私は考えた。
「もし、少しだけ盛っていたら、どうなっていただろうか」
少し盛れば、その場は前へ進む。だが、盛った瞬間から、私は出来事ではなく整合性を守る側に回る。
説明は増え、修正は増え、やがて現実よりも物語を優先するようになる。
私は、その作業に自分の生活を明け渡したくなかった。
医療の現場で、不確かなものを確かなものとして扱った瞬間に、後になって大きな歪みが生まれる場面を、私は何度も見てきた。
だから私は、法廷でも、分からないことを分からないままに残す姿勢を手放さなかった。
不利でも削らない。曖昧な部分は曖昧なままにする。分からないことは分からないと言う。
嘘をつかないことは道徳ではない。裁判の外側の人生を守るための技術だった。
型は、自分を強くするためにあるのではない。現実が外側の力によって書き換えられないようにするためにある。
私は、その型の中に立っていた。
結論は握れなかった。だが、自分の言葉が自分を裏切らない位置に立てていることだけは分かっていた。
それだけで、十分だった。
証言は終わった。
法廷の空気は変わらない。
拍手も、評価もない。
私は静かな廊下へ出た。
廊下は来るときと同じ長さで、
光も温度も変わっていなかった。
そのとき、私は気づいていた。
――何も起きない、ということが起きているのだと。
🌸この記事は連載
『それでも、家族と暮らしたかった』の一章です。
家族の生活が、ある日
「証拠」と呼ばれるものへ変わっていく。
その過程を、順番のまま記録しています。
📖 続きを読む
📘 はじめての方へ(全体像)
🕊 プロローグから読む
▶ ホワイトナイトはいなかった
(なぜ生活は「証拠」に変わったのか)
📚 まとめて読む(順番で追う)
生活の流れをそのまま辿りたい方へ
▶ 連載マガジンはこちら
🧭 意味から読む(コラム)
出来事の意味や構造から理解したい方へ
▶ コラム一覧はこちら
