第20章 職能を捨て、息子に戻った時間
――専門と家族が重なったとき、記録は残らなかった――
その日も、母は薬を飲んだ。
私が実家に着いたのは夕方で、家には母と私しかいなかった。母は薬を飲み終えたところで、こう言った。
「これを飲むとよく眠れるのよ」
私は、口を開きかけた。
言おうとしたことは、はっきりしていた。それは痛みや咳のための薬で、眠るための薬ではない。使う理由が変われば、使う量も変わっていく。そして薬は、使い続けるうちに、自分で使い方を決められなくなることがある。
薬剤師として、何度も説明してきた内容だった。相手が患者であれば、迷わず言えた。
だがそのとき、目の前にいたのは母だった。
母は、よく眠れたと言っている。薬で咳は落ち着いていた。それでも眠れない夜が続いていることを、私は母から聞いていた。その母が、眠れたと言っている。
私は口を閉じた。
かわりに、「そう」と答えた。それだけだった。
残された時間が長くないことは、私にも分かっていた。その時間に、正しさを持ち込むことが、息子としてすべきことなのか。少しでも楽に、少しでも穏やかに過ごしてほしい。その願いのほうが、そのときは強かった。
私は薬剤師をやめて、息子に戻った。
そういう瞬間が、一度ではなかった。
薬の使われ方が、症状に向けられた範囲から離れ始めていること。使い続けるうちに、自分では調整できなくなっていくこと。それは知識としてではなく、仕事の中で実際に見てきた経過だった。
分かっていて、言わなかった。
そして、言わなかったことは、どこにも残らない。
私が飲み込んだ言葉は、記録にならなかった。母が「よく眠れる」と言ったことも、私が「そう」と答えたことも、その夕方の台所には何も残っていない。
もし私があのとき説明していれば、それは指導として記録されたかもしれない。しなかったから、何もない。
生活は続いていた。ただ、その生活の中で、記録は残されていなかった。
この時間が、後に母の意思や判断の状態を問われる場面において、一つの材料として扱われることになるとは、そのときの私は考えていなかった。
専門職として介入しなかったこと。家族として記録を残さなかったこと。その二つは、後になって切り分けられるものではなかった。
あのときの沈黙は、今、別の場所で、別の意味を与えられようとしている。
そして、その意味を決めるための材料は、十分な形では残されていなかった。
🌸この記事は連載
『それでも、家族と暮らしたかった』の一章です。
家族の生活が、ある日
「証拠」と呼ばれるものへ変わっていく。
その過程を、順番のまま記録しています。
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