11月になると聴きたくなるあの歌~『ちいさい秋みつけた』
だれかさんが だれかさんが
だれかさんが みつけた
ちいさい秋 ちいさい秋
ちいさい秋 みつけた
めかくし鬼さん 手のなる方へ
すましたお耳に かすかにしみた
よんでる口ぶえ もずの声
ちいさい秋 ちいさい秋
ちいさい秋 みつけた
だれかさんが だれかさんが
だれかさんが みつけた
ちいさい秋 ちいさい秋
ちいさい秋 みつけた
おへやは北向き くもりのガラス
うつろな目の色 とかしたミルク
わずかなすきから 秋の風
ちいさい秋 ちいさい秋
ちいさい秋 みつけた
だれかさんが だれかさんが
だれかさんが みつけた
ちいさい秋 ちいさい秋
ちいさい秋 みつけた
むかしの むかしの 風見の鳥の
ぼやけたとさかに はぜの葉ひとつ
はぜの葉赤くて 入日色
ちいさい秋 ちいさい秋
ちいさい秋 みつけた
11月になると、この曲を連想する。
子供の頃、僕はこの歌が嫌いだった。なぜか。
たしか、小学校低学年の音楽の授業だったと思う。
僕は教科書に載っていたこの歌のタイトルを見て、8月の終わりや9月初めの、初秋を歌ったものだと思っていた。
夏の終わりに、「ねえねえ見て、もう秋の気配をちょっとだけ見つけたよ」、そんな可愛らしい歌だと勝手に想像していた。
それが。
ご存知、なにこの晩秋感半端ない感じ。連想されるのは、木の葉なんか、残っててもあと1枚あるかないかのもはや冬。TVで流れるCMは全てホワイトシチュー的な。秋が全然小さくない。大きな秋。いや、むしろ「ちいさい冬」の方が季節的に合ってる。
メロディーはまだいい。問題は歌詞。
なんだこの晩秋感どころか、世界の終末感半端ない感じは。
同じ詞を3度繰り返すことで生まれる絶望感。しかも、だれかさん。
さらに、子供心にも伝わる薄幸な雰囲気。
「うつろな目の色 とかしたミルク」
嗚呼、僕は何を思えばいいんだろう。
僕が勝手に想像した、4歳くらいの可愛い女の子が公園で見つけた秋の気配を返して欲しかった。
それが、歳を取るごとにどんどん好きになってしまう不思議。メロディーも、世界の終わりの歌詞さえも。
どうやら、作詞のサトウハチローが、病気がちだった少年時代を思い出して書いた詩、というのが通説になっているようだ。この情報があるだけで、「だれかさん」が急に活きて来る。
病気で家の中で寝込んでいる少年。外で遊ぶ「だれかさん」の声が聞こえてくる。そんなうらめしさも込められた感情。自分が発見したものではなく、どこのだれだかわからない「だれかさん」が見つけたもの。それを布団の中で静かに想像する。だからこそ、それは「ちいさい」ものなのだと、僕は推測した。
世界の終末感だなんて、とんでもない。美しい詩だ。
調べてみると、この曲はNHKみんなの歌でも定番で、やはり11月に放送されることが多いという。それでこの曲と11月が結びついているのかと合点がいった。
ちなみに、タイトルとその曲の内容にズレのあるものの代表が、スピッツの『ロビンソン』。ただしこれはズレというより、全く無関係なタイトルとして知られている。ボーカルの草野マサムネがタイ旅行に行った際、現地で見たロビンソン百貨店が強く印象に残っていて、仮タイトルとしてつけたものがそのまま採用されたもの、だそう(Wikipediaより)。
作詞のサトウハチローは、他にも『うれしいひなまつり』や『リンゴの唄』の作詞で知られている。
作曲は中田喜直。他に『めだかの学校』や『夏の思い出』などの代表曲がある。
秋って、好き。

