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書き続けてやる。戦争のない今の楽しさを。

交換日記リレーに参加させて頂いております。

きっかけは、毎日note更新を続けている、僕と同じさとゆみゼミ出身の吉岡かんなさんが参加していたためです。普段なら読むことのない方の記事に出会えるいい機会だし、その逆もまた然り。
企画してくださったきいろいろさんに感謝です。

お題は「夏の思い出」。


昨日、まーるさんからバトンを引き継ぎました。
偶然にも、まーるさんもさとゆみゼミの仲間です。


今年の家族旅行について書きたいと思います。少々、感情的な記事になります。あしからず。


沖縄長崎広島

毎年恒例、夏の家族旅行では、それを意図したわけではないのに、戦争の傷痕が色濃く残る街を訪れることが多かった。

今年は、九州。鹿児島を中心に観光した。
鹿児島には、僕が一度訪れたかった場所がある。

知覧特攻平和会館だ。

太平洋戦争中の、陸軍知覧基地の跡地。ここから多くの飛行機が、特攻と称して飛び立った。
特攻。
特別攻撃隊。爆弾を積んだ飛行機ごと、敵艦船に向けて体当たりする攻撃。
つまり、生還を前提としない攻撃だった。

ここから439名が特攻に出向き、439名が戦死している。

建物に入るとすぐに、海から引き上げられた零戦が展示されている。

零戦は、日本の戦闘機で、最も有名な機体だ。

多くの人は「特攻機」と聞くと零戦を思い浮かべると思う。
でも、知覧を訪れると、そのイメージは少し変わる。

実は零戦は、海軍に所属する機体。
知覧から飛び立った若者たちの多くが乗っていたのは、陸軍の「隼」や「疾風」、あるいは本来は訓練用だった飛行機。戦争末期の物資不足は、若者だけでなく、飛行機までも「あるものを使う」状況に追い込んでいたことが伝わって来る。

建物内には、ぐるりと一周、若い兵士の写真が、所狭しと飾られている。
特攻で命を落とした兵士たちだ。
平均年齢、21.6歳

写真の前には、彼らがしたためた遺書や、家族に宛てた手紙が一緒に公開されている。

僕は、最初の兵士の遺言を、たった一行読んだだけで、目眩のように視界が揺れ、同時に嗚咽していた。
21歳、19歳、19歳、27歳、17歳、20歳…。
写真に添えられた彼らの年齢だけが、目に飛び込んでくる
あまりにも若い

多くの手紙には、母への感謝が書き記されている。

怒り憤り悲しみ恐怖憤慨憐れみ…。
多くの感情が、僕の頭や心に流れ込んで渦を巻く。

ふと長男を見ると、神妙に展示された資料を読み耽っていた。僕は何も声を掛けなかった。彼は、17歳だ。

見たくない
知りたくない
戦争資料に対して、多くの人が抱く正直な気持ちなのだと思う。

わかる。
悲しく暗くつらい怖さもある。

でも、駄目だ。僕は絶対に目を逸らさない
直視することが、僕らができる唯一の反戦活動だと信じているからだ。

知覧基地から飛び立った特攻は、1945年3月から7月まで。
つまり、終戦間際の悲劇だ。この特攻に、何の意味があったというのか。

誰に対するものなのかもわからない怒りで、僕は拳を振り上げた
でも、どこに叩きつければいい?


特攻隊員たちが、最後の日々を過ごしたのが、三角兵舎だ。

ここでは、遺書をしたためたり、戦友と語り合ったり、別れの宴をしたり。
復元された展示室であるにも関わらず、ここでも多くの感情が僕の胸に流れ込んでくる。

「どうか悲しまないで下さい」
と、書かれた遺書があった。

自分の息子からそんな手紙が届いたとしたら、悲しむに決まってる
こんな薄暗いジメジメした小屋で、ハタチそこそこが死を覚悟する無念さを、僕は受け入れることなどできない。

もし。
この、もしが通じるのであれば。

僕は考えた。
特攻機がなければ、この特攻は行われなかったのではないか。

だから、武器や兵器は、作っては駄目だ。
人殺しの道具を作らなければ、人は殺せない。

僕は今、泣きながらこの記事を書いている
なぜか。

明確な答えが出ていないからだ。
悔しいから。怒っているから。腹が立っているから。情けないから。
あれほど多くの若者が命を落とした国で、いま再び「武器の輸出」について語られている。そのことに、どうしても平常心を保つことができない

どれだけ考えても、答えなんて出ないことを知っている。

でも、暫定解だけは出す
それがライターとして、最低限の姿勢だ。逃げない

人は兵器を作る。そして、その兵器は、いつか必ず使われる。
使われる時は、人が死ぬ時だ。

だから。

全ての武器、兵器を、楽器に変える

笑われてもいい
むしろ、笑って欲しい。

書く。音楽ライブの素晴らしさを、野外フェスの楽しさを、書き続ける
あの幸せな空間を知ったら、誰も戦争なんかやらないだろ?

17歳の若さで敵機に突っ込むより、ライブで踊り狂ってダイブしたいよな?
爆弾を抱える絶望よりも、隣にいる好きな人を抱きしめる時間のほうがいいよな?

きっと、死んでいった若者も、みんなわかってるよ。
戦争なんか、しちゃ駄目だ。

そのことを、忘れない方法。僕にはひとつしか思いつかない。

あの戦争から、目を背けないこと。考え続けること。
僕一人じゃなく、長男も長女も、妻も。それぞれが、考え続けること。
始まってからじゃ、遅い。絶対に、戦争なんか、起こさせない

平和会館から外に出る時、僕は、少しだけ上を向いていた。

戦争のない今の楽しさを、僕は書き続ける。

書き続けてやる



明日は、くらほねさんにバトンをお繋ぎします。
よろしくお願いします。


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