ナウマンゾウの旅の果て 野尻湖畔で古代人の祈りの声を聴いた【紀行文】
日本列島を二分する巨大な地溝「フォッサマグナ」の西の境界線は、糸魚川—静岡構造線である。
そのフォッサマグナの裂け目を糸魚川市で見ることができると知った。ぜひこの目で確かめてみたくなった。
糸魚川へ向かう途中で野尻湖へ
桜の花が平地ではほぼ散り終えた四月の終わり、私は糸魚川へと車を走らせていた。長野道を北上し、信濃町から上越方面へ抜ける。
その途中に、ナウマンゾウの化石が発見された野尻湖があると知り、私は一旦高速道路を降りて湖へと向かった。

いまだ雪をいただく、いびつな形の山々が連なる山間部を抜け、寂しげな信濃町の高原に降り立つ。さらにぐっと谷を下っていくと、そこに突如として野尻湖が現れた。
山間の平地に広がるこの巨大な湖は、どこか神秘的な存在感を放っていた。

ナウマンゾウは、どのようにして、この場所にたどり着いたのだろう。
野尻湖は、周辺にある黒姫山の崩壊によって堰き止められ、水が溜まってできた湖だという。
古代からその湖畔の形は大きく変わっておらず、ナウマンゾウがいたころと地形はほぼ同じだとされる。


険しい山々に囲まれた平地に忽然と姿を見せる湖。その水を求めて、象たちは遠くから旅してきたのかもしれない。
そして彼らを狙ってやって来たのが、ここでナウマンゾウを狩った古代の人々だった。
野尻湖ナウマンゾウ博物館へ

この野尻湖の近くにナウマンゾウ博物館がある。
野尻湖で発掘された骨製の道具などの遺物、ナウマンゾウの骨や化石がたくさん展示されている。とても不思議なのだが、この野尻湖周辺の遺跡は、著名なはずなのに、国指定史跡になっていない。
発掘調査が今も続いていることや野尻湖周辺の土地権利関係の問題などあるのだろうか。この成果を見る限り、とても稀有な事例だと思う。

化石から復元すると背までの高さは約2.8mだったそうな。

ナウマンゾウの骨は、フォッサマグナの名付け親でもあるナウマン博士によって注目されたが、昭和になって信濃町の住民たちが協力し、発掘調査に乗り出したことで、一大ブームが巻き起こった。
それは今でも市民発掘という形で続いており、二年に一度行われているらしい。


最古級の道具!4万年以上前の日本に人類がいた?
この地からは、日本最古級の道具が発見されている。それは石ではなく、骨——つまりマンモスの骨を削って作った骨角器である。
時代には諸説あるが、それらは約4万3千年前、中期旧石器時代のものとされる。一般に「日本列島の遺物」として認識されているのは後期旧石器時代(約3万8千年前)のものが多いが、それよりも古い。
骨を削って作られたスクレイパーなどの道具で、人々はマンモスの皮を裂き、肉を剥いで生活していたのだろう。


ナウマンゾウをどうやって狩ったのか
野尻湖畔からは、ナウマンゾウの骨とともに、古代の人々の道具が数多く出土している。
私たちは、ナウマンゾウの狩りについて、巨大なマンモスに立ち向かう昔のアニメーションの原始人を思い浮かべるが、実際はそうではなかったのではないか。
巨大なナウマンゾウ立ち向かえるほどの武器も道具もなかったのではないだろうかと思う。元気なナウマンゾウに正面から立ち向かったのではない。

ナウマンゾウはきっと、水やえさを求め長い旅路を歩き、疲れ果て或いは傷つき、この湖にやってきたのだ。もしかしたら、最後の時を迎えるためにこの湖にやってきたのかもしれない。
そこへ、人間たちがハイエナのように群がり、屠った。そう考える方が、むしろ現実味がある。
ナウマンゾウの巨大な骨は、野尻湖の博物館で展示されている。その鳴き声も、科学的に再現されていた。耳を澄ませると、どこか寂しさを帯びた響きがした。
野尻湖畔にてナウマンゾウを追った人々の祈りの声を聴く
この日の野尻湖は穏やかだった。湖の向こうには、水に浮かぶような丸い山があり、そこに山桜が咲いていた。
湖畔ではボートを楽しむ人や釣り人の姿もあった。私は連れと近くのベーカリーでパンを買い、湖畔で昼食をとった。

そこで購入したパンを手に湖畔の桟橋にてランチ。
「この景色は、古代からあまり変わっていない」と地元の人は言っていた。その言葉に私は強く惹かれた。そしてそのままに、古代に思いを馳せた。
博物館の展示室の一角に、ひっそりと飾られていた象牙のビーナス。
牙が削り込まれ、女性の特徴を持った像のように見える。まるで茅野市で発掘された国宝のビーナス土偶のようだと思った。
既にこのころから、豊穣や出産の無事を祈る精神性があったのだろう。豊かに削りだされた臀部のなまめかしさは、まさにビーナスと呼ぶにふさわしいと思った。

この地にナウマンゾウを追ってやってきた人々は、やがて信州の黒曜石を発見し、他の土地との交流を始めた。そうして、中部高地の独自の縄文文化が育まれていったのではないだろうか。
時代の順序は違うかもしれないが、ナウマンゾウ、縄文、黒曜石——それらが一つに結びついたような気がした。
落ち着いた、のどかな時間だった。
雪山から吹き下ろす風は、冷たく感じたが、どこか懐かしい感じもした。その中に、私はここに暮らした人々の声を聴いたような気がする。
ここに定住し、狩りを営み、子供を産み、育てた人々がいた。そして彼らはおそらく現代に生きる我々と同じように、人間として大地の豊穣や出産の無事などを何かに祈ったのだ。
私はもっとここに滞在し、彼らの声を聞きたかった。後ろ髪を引かれる思いで野尻湖を後にし、目的地の糸魚川へと向かった。

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