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エッセイ風小説 空港で見送る日

出発ロビーは思ったより少し冷たい。
君を見送りに来たのに、置いていくのは未練の方だった。ゲートが閉まるまでの数分を、できるだけ長く引き伸ばしたい。

仕事に打ち込むことで、いろんなことを忘れようとする時期が人にはある。
もちろん恋だってしたい。けれど先に、自分が何者かを証明したいという欲が勝つ。
結果で自分を証明したい時期は、たいてい他人には理解されない。「仕事だけで人生の何が楽しいの」と。

彼女は、その問いを投げる側ではなかった。

アメリカ人の父と日本人の母を持つ彼女は、火のようだった。
湧き出るエネルギーを惜しみなく燃やし、次へ次へと進む。
キャリアに飢え、全力で駆け抜ける姿は、まぶしかった。

正直、そんな彼女から見た私は、どこか頼りなく、風に揺れるのれんみたいだった。
それでもなぜか、彼女は私にだけ、ふっと肩の力を抜いた顔を見せることがあった。

当時、彼女には同じ職場の管理職と噂があった。
仕事ができて、周囲に必要とされる人。
彼女がそんな人に惹かれるのは当然だと、自分に言い聞かせていた。

私たちはコールセンターに勤めていた。
年に一度、全国のオペレーターによる大会がある。
ある日、彼女から「出てみない」と誘われた。

断る理由もなかった。出たがる人は多くない。困っているのだろうと「いいよ」と返した。
そんな軽い気持ちだった。

ところが、そこからの練習は想像以上に本格的だった。
発声、対応の速度、表情、すべてに細かいチェックが入る。
最初は気恥ずかしくて逃げ出したくなったが、彼女が毎回準備してくれる資料や、練習後に配られる改善メモに、本気の思いを感じた。

「ねえ、なんでこんなに一生懸命なの。数合わせならここまでしないよね」

彼女は笑って言った。

「数合わせじゃないよ。ちゃんと選考してる。落ちた人もいるし。私はあなたを優勝させるって決めたの」

胸の奥がじんわり熱くなった。

そこから一か月、私は本気で練習に向き合った。

社内予選。五十人中、三人が選ばれる。
信じられないことに、私はその三人に入った。
名前が呼ばれた瞬間、彼女は泣いていた。

それを見て、初めて「もっと上を目指したい」と思った。
誰かのためではなく、自分のために。
これまで私は、ただ背中を向けていただけだったのかもしれない。

そして迎えた全国大会。結果は二位。
千人以上の応募者の中での二位。誇るべきだ。
でも悔しかった。あと一歩。もう少し何かができた気がして、情けなくて、泣きそうだった。

報告すると、彼女は子どものように飛び上がって喜んでくれた。

「最初からそう思ってた。絶対いけるって」

その瞬間、自分の感情に気づいた。
このままだと、本当に好きになってしまう。

彼女を好きになるのが怖かった。自分では届かないと思っていたから。
ちょうどその頃、知人から別の会社の話が舞い込み、私は転職を決めた。
全国二位まで行けたのなら、区切りとしては十分だと思った。

彼女にそのことを告げると、彼女は黙って言った。

「聞きたくない」

そして退職の日、彼女は会社を休んだ。

私は、逃げるみたいに去った。

一年が過ぎ、私は新しい職場でマネージャーになっていた。
自分でも驚くほど、彼女のような働き方をしていた。

ある日、彼女が神戸に転勤するという話を耳にした。
衝動的に連絡を取った。

「久しぶり。神戸に行くって聞いた」

「うん、そうなの」

当たり障りのない会話をして、電話を切る前、思わず言ってしまった。

「最後に会いたい」

彼女は、神戸に発つ日の朝に会ってくれた。
空港までの道を一緒に歩いた。

「今の僕は、会社に必要とされてる。そのきっかけをくれたのは君だよ」

彼女は少し照れくさそうに笑って言った。

「私は最初からわかってた。あなたはただ背中を向けていただけ。だから前を向かせたかったの」

「僕は気づくのが遅かった。最初から前を向いていたら、君をちゃんと見られたかもしれない」

「いいの、あなたはちゃんと私の呼びかけに振り向いてくれたから」

搭乗の時間が近づき、私たちはゲート前で立ち止まった。
ゲート横の電光掲示がぱっと切り替わり、キャスターの転がる音が重なった。

「元気でね」

「うん」

「じゃあ」

「うん」

彼女がゲートを通る直前、ふと振り返って言った。

「大好きだよ」

その背中を、私はまっすぐ見送った。
今度は前を向いたままで。

時が経ち、風の噂で、彼女が別の地域で復興の仕事に携わっていると聞いた。
町の職員として、人と人をつなぐ仕事らしい。らしいな、と思った。

そして今、私は隣の地域で、町の特産品を全国に届けるプロジェクトに携わっている。
地元自治体の職員と話していたら、ふいに彼女の名前が出た。

「隣の地域に同じ街から来た人がいてね」

驚いたが、彼女は気づいていないと思う。
その街から来ることなんてよくあることだ。

でも、それでいい。

あの日、私は彼女の背中を、はっきりと前を向いて見送った。
それが私のはじまりだったから。

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