フィジカルAIに挑戦するスタートアップ(2) 海外VCも日本に注目
熱気を帯びるAI(人工知能)のトレンドが、現実世界の状況をAIが認識し、ロボットや機械装置、自動車などを業務に合わせて自律的に動かす「フィジカルAI」に移ってきた。生成AIの領域で日本は先行する米国や中国に及ばないものの、フィジカルAIでは永年培ってきた製造業や自動車、工場自動化(FA)での強みを発揮できるとの指摘も多い。AIやロボット開発を手がける国内のスタートアップも、そうしたフィジカルAIの重要な担い手となりつつある。(上の写真はMujin提供)
50億円調達し三菱電機と協業
「フィジカルAIは今後の社会を変えるイノベーション、AIの最前線になると確信している。(製造業についての)膨大なデータや知見、販売網を持つ三菱電機との提携を通じて、世界を代表するようなフィジカルAIの技術を作っていきたい」
建設や製造業など向けの産業特化型AIを開発する燈(あかり、東京都千代田区)。共同創業者で取締役最高執行責任者(COO)の石川斉彬氏は取材に対し、2026年1月下旬に発表された三菱電機による50億円の出資とフィジカルAI分野での協業について、こう展望する。
同社は東京大学の松尾研発スタートアップ(**文末注)。実は大企業との資本提携による協業にはもともと積極的ではなかった。2021年2月に会社を設立してから業務受託で売り上げを伸ばし、創業翌月には早くも黒字化。以来ずっと黒字経営できたため、「そもそも外部から大きな資金調達を行う必要性がこれまでなかった」(石川氏)。それが、燈の野呂侑希社長と三菱電機の漆間啓社長とが偶然の出会いをきっかけに意気投合、資本業務提携による国産ものづくり産業AIの確立に向け、大きな一歩を踏み出す。

石川氏は強みについても、「匠の技と言われる職人の高度な加工技術も含め、日本のものづくり産業の現場に眠っているデータをフィジカルAIの学習に役立てていける。そこは(生成AIで先行する)海外のビッグテックが容易に入ってこられる領域ではない」と力を込める。
第三者割当増資で得た資金は研究開発や人材採用、さらにM&A(合併・買収)に活用する方針。M&Aについては「当社のフィジカルAIおよび産業DX(デジタル変革)事業とシナジーが見込める技術や知見を持つ企業を対象に検討に入っている」とし、すでに複数の会社との話し合いが進んでいるという。
協働ロボットで柔らかいハンカチを畳む
2024年の設立で同じく松尾研発スタートアップ(**文末注)がProx Industries(プロックスインダストリーズ、東京都文京区)。その本社フロアでは、2台の協働ロボットが人間の両腕のようにアームと先端のグリッパーを交互に動かし、ハンカチなどの柔らかい素材を器用に畳んでいた。
最高ロボット責任者(CRO)の野田雅貴氏によれば、こうした柔軟物は作業中に形状や状況が変化するため、従来の産業用ロボットには扱いが難しい。しかもロボット自体は遠隔操作ではなく、カメラ画像を通してリアルタイムに状況を把握しながら自律制御で動く。米Physical Intelligence が開発したロボットの視覚言語行動(VLA)モデル「π0.5」をベースに独自のデータセットを加え、模倣学習を繰り返すことで微調整を図ったものだ。

さらに、人型のヒューマノイドロボットとロボットに装着する5本指の多指ハンドもこのほど新たに購入。特に産業用途ではさまざまな対象物を正確かつ効率的に扱えるロボットハンドのニーズが高いことから、複雑で微妙な作業をヒューマノイドで行う研究に役立てる。
現在、協業を進めるのは国内の大企業中心に10 数社程度。「当社にはAI研究や機械工学、画像認識、シミュレーションなどさまざまな分野の専門人材が集まっており、アカデミアでの研究の蓄積や専門性を組み合わせられるのが強み」と野田氏は強調し、製造業だけでなく建設、物流、農業など幅広い産業現場で役立つフィジカルAIの研究と社会実装を加速していく方針だ。
器用なハンド支える高感度センサー
「人の感覚を宿すフィジカルAI」。こんなキャッチフレーズを掲げ、ロボットハンドやグリッパー向けの触覚センサーで注目されるのがXELA Robotics(ゼラロボティクス、東京都新宿区)だ。早稲田大学からスピンオフし2018年に誕生した。現在170社以上のユーザーがいて、売上高の7割以上を海外が占めるという。
共同創業者兼CEOでオーストリア出身のアレクサンダー・シュミッツ氏(Alexsander Schmitz)は、「多くの企業がロボットで物体の位置を特定するのに視覚情報に注力している。ただ視覚だけでものを掴み、保持し、操作するのは難しい。重さや硬さ、質感は目で見えないが、それらは触って感じることができる」と触覚の重要性を力説する。

「例えば、自動車のワイヤハーネスの接続や、電気自動車(EV)の充電プラグの挿入などの作業を自動化する際、視覚情報で大体の位置はわかるものの、ロボットが挿入箇所の正確な位置や方向を把握するには触覚情報が不可欠。しかも損傷を防ぎながら作業を進められる」という。
同氏が「世界最高クラスの感度」と胸を張る触覚センサーの「uSkin」は、力について0.1g重の分解能を持つだけでなく、3次元方向の変位まで測定可能。ハンドの指にかかる垂直方向の圧力と、水平方向の剪断力も捉えられる。これにより、掴んだ物体の横滑りを検知でき、ロボットがものを落とさないよう少し強めに把持するに役立てられる。こうした機能をロボットで実現するソフトウェアソリューションの「uAi」も提供し、「ソフト面でも競合他社との差別化につながっている」という。
現行のuSkinでは約2cm四方(22.6×24.6cm)に縦横4個ずつ計16個のセンサーを配置した格好。2026年後半には同じサイズで8×8の計64個のセンシングポイントを持つ高密度タイプの出荷も予定している。
ロボット•台車の同時動作で高い生産性
ヒューマノイドというと二足歩行や車輪付きの人型ロボットを思い浮かべるが、LexxPluss(レックスプラス、東京都大田区)が手がけるのは「インダストリアルヒューマノイド」事業。CEOの阿蘓将也氏によれば、「人型にこだわるのではなく、手や足を備えながら、工場や物流センターという産業領域で自動化が難しかった工程に対し、人間を超える労働能力を供給するためのロボット」ということになる。
その代表機種が移動作業ロボット(モバイルマニピュレーター)の「LexxMoMa」だ。車輪の付いた台車に1台の協働ロボットが載った形状をしていて、最大の特徴は台車とロボットアームが連携しながら同期して動けること。「競合他社の製品ではロボットと台車が交互にしか動作できず、自動車の生産ラインで作業するにはかなり遅かった。それに対して、こちらは同じ工程で人間の1.5倍、他社製の最大4倍くらい生産性が高い」と阿蘓氏は言う。

ただ、制御ソフトの部分は、決められたルールに基づいてロボット側が自動的に判断するルールベースの仕組みを採用。将来はAIの搭載も視野に入れ、研究開発を行っている。その理由は、自動車の生産ラインに大量導入するような場合、工程に合わせて1台ずつ設計していると手間がかかるためだ。
AIの導入によりロボットを大規模に設置した場合の動作学習を短時間に実施できる上、VLAモデルを使ってロボットが多品種に対応できるようにする狙いもある。現行モデルはロボットアーム1本の単腕型だが、ユーザーニーズに合わせ、2本の双腕型や4本腕タイプの商品化も想定している。
ビッグテックも敵わない“制御技術”
そこで、阿蘓氏に「一番すごいと思う日本のロボットスタートアップは?」と聞くと、「Mujin」という答えが返ってきた。そのMujin(ムジン、東京都江東区)は、当初から「マシンインテリジェンス」(機械知能)を掲げ、さまざまな種類の産業ロボットや関連機器を統合制御する知能ロボットコントローラーで、成長を遂げる。
前出の燈は三菱電機による出資で評価額が1000億円に上昇し、ユニコーン(企業価値10億ドル超の非上場企業)予備軍となったのに対し、Mujinは2025年12月の資金調達ラウンドで364億円を集め、ユニコーン入りを果たした。労働者不足と労働賃金の上昇で自動化需要の高い米欧市場での販売拡大にも力を入れ、「売上高比率で約3割は米国を中心とした海外。あと3年ぐらいで半分にまで持っていく」と共同創業者でCEOの滝野一征氏の鼻息は荒い。

ただし、滝野氏は「『マシンインテリジェンス』イコール『フィジカルAI』と思ってもらっていいが、『フィジカルAI』イコール『ロボット制御プラットフォーム全体』ではない」と、安易なフィジカルAIブームに警鐘を鳴らす。
というのも、特に産業用途の場合、作業で精度保証が大事になってくるケースが多いからだ。滝野氏は「生成AIは精度の面で甘さしかない。大切なのは経験に基づいてAIを使うところと、ルールベースできちんと精度を確保するエンジアリングとのバランスを取ること」と強調。
ビッグテック(米国の巨大IT企業)などが手がけるロボット基盤モデルについても、「フィジカルAIの場合はソフトウェアとハードウェアの真ん中に制御技術が必要になるが、それを彼らは持っていない。スマートフォンとは事情が全く違う」。こう話し、製造業など向けのフィジカルAIではまだまだ日本勢が優位との見方を示す。
「日本はフィジカルAIの中心に」
海外のベンチャーキャピタル(VC)からも日本発のフィジカルAIに期待する声が上がっている。
3月13日に都内のジェトロ本部で開かれたMonozukuri Ventures(京都市下京区)主催の「フィジカル AI/ロボディクスデイ」。産業・製造のテクノロジー領域に特化したマイクロVC、米Omni Ventures(カリフォルニア州)のゼネラルパートナーで、『シリコンバレーVC最前線:特化型マイクロVCの台頭』(日本版)の著書もあるサイモン・ランカスター氏(Simon Lancaster)に話を聞くと、「日本はフィジカルAIのコンポーネント、サプライチェーン、バリューチェーンが非常に充実し、今後10年はその部分に価値創造の焦点が当たる」と見る。
「これまで日本は生成AIの分野で遅れを感じていたかもしれないが、今後はソフトウェア向けAIの価格競争が激化し、コモディティ化が進む」ためだという。

一方、AIやヒューマノイドの開発が急速に進む中国について同氏は、「信頼の問題や国家安全保障上の理由から(グローバル展開が)困難に直面することも想定される」と予測。その上で「地政学的環境が変化する中、世界各国がロボットを含めた自国の製造基盤の再構築に乗り出そうとしている状況は、日本や韓国、台湾にとって大きなチャンス。特に日本はフィジカルAIの中心地になり得る」と述べた。¶
**(注)「松尾研発スタートアップ」とは、松尾研出身者が創業または松尾研の支援を受け創業された企業の内、技術・事業力共に成長可能性が認められ、且つ松尾研の理念に共感し共にエコシステムの拡大に取り組む、選抜されたスタートアップ企業群。(登録商標第6667237号、第6710069号)
