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「学校に一緒に行って」「靴下はかせて」。なぜ、親に頼む。自分でやってくれ?!

赤羽雄二さん『自己満足でない徹底的に聞く技術』で書かれている
アクティブリスニングを実践中の畑中です。

子どもたちの甘えは、どうしたらいいのか

毎朝5:30~クラブハウス「親子のクオリティタイム」のルームにいらしている子育て世代のお母さん、お父さんと「子どもの甘えはどうしたらいいのか?」が話題になることがあります。

アクティブリスニングで子どもの話を聞くことは、子どもの言いなりになることではないので、「●●やって」と子どもが言ってきたときに、どう子どもの話を聞いたらいいのか?という話の流れから、この話題になるのです。

小5男子、小2男子、年中女子の3人を子育て中の我が家でも、「●●やって」と子どもに言われることは、日常にあふれています。

例えば、小5男子が「今日は、めっちゃ疲れているから、頭を洗って」とか、小2男子が「小学校まで、一緒に行って」とか、年中女子が「靴下はかせて」とか。

すべて、子どもが一人でできることばかりです。

あなたは、子どもに「●●やって」と言われたとき、どうしていますか?

甘やかして子どもをだめにしたくないからと、

「自分でできるんだから、やりなさい」と子どもにやらせようとしますか?

それとも、
「はい、今日は、やってほしいんだ」と寄り添い、さっとやってあげますか?

それとも、
親に余裕があればやってあげて、余裕がなければやらせたりしますか?

私自身、どの関わりも一長一短がある気がして、どうしたらいいのか考えていました。

必要な「甘え」と有害な「甘やかし」

『そのイライラは手放せます 怒らないですむ子育て』(著:水島広子)に、私の問いであった『「甘え」を受け止め、「甘やかし」にならない関わり方ってどうしたらいいのだろうか?』の道しるべが書かれていました。

必要な「甘え」と有害な「甘やかし」

甘やかして子どもをだめにしたくもないし、かといって厳しくしすぎて子どもの健やかな成長を妨げたくもない。でもじつはこの問題は、「どの程度甘やかすか」という観点でみている限り、正しい答えを導くことはできないのです。というのも、これは「程度問題」ではなく、そもそも性質が違う2つのことだからです。「信頼」と「心配」を軸に考えるとわかりやすいです。

たとえば、子どもが初めてのことに挑戦するときに、「こわい」「できな
い」と躊躇している場合、どうすればよいのでしょうか。

そんなとき、子どもは「不安を訴える」という形で愛情を求めています。そこで、「大丈夫、できるよ。見ていてあげるから」と、安心を提供して見守る、という姿勢で愛情を与えるのが「甘やかさない」ということ。つまり、「甘やかさない」というのは、「信頼の子育て」と同じです。実際に、手は出さないけれども、心は子どもをちゃんと見てあげているのです。
こんな風に、子どもの「現在」を見ていれば、子どもが困ったときには、「甘やかす」ことなく、寄り添いながら「助ける」ことができるはずです。

『そのイライラは手放せます 怒らないですむ子育て』 水島広子

①小5男子が「今日は、めっちゃ疲れているから、頭を洗ってほしい」
②小2男子が「小学校まで、一緒に行って」
③年中女子が「靴下はかせて」

まさに、私は①②③を「どの程度甘やかすか」という観点で、見ていました。

程度問題として考えるから、どうしたらいいかが定まらなかったのです。

①②③のうち、②小2男子の「小学校まで、一緒に行って」というのは、「不安を訴える」という形で、愛情を求めていることがわかります。

こんなときは、「もう小2なんだし、自分でいけるでしょ!」と無理に突き放さずに、寄り添いながら「助ける」ために、「いいよ」と一緒に行ってあげれば良さそうです。

実際に、一緒に学校へ行きながら、アクティブリスニングすると色々な気持ちを聞かせてくれます。

通学路の途中で、仲良しのお友だちに会ったりすると「●●君と一緒に行くから、もういい。ありがとう」と言って、さっと行ってしまったりします。

友だちと会えなかった日も、学校の近くになってくると「もう、ここまででいい」といって、自分で歩いて行ってしまいます。

ほんのちょっと、「家を出る瞬間の一人じゃ不安だな」という気持ちに寄り添ってあげれば、無理に一人で行かせなくても、自分のタイミングで歩き出すということを何度も経験しています。

では、①小5男子の「今日は、めっちゃ疲れているから、頭洗ってほしい」や③年中女子の「靴下はかせて」といった、不安を訴えているように見えない「やってほしい系」の甘えはどうしたらいいのか?

これについても、こんなアドバイスが紹介されています。

甘えたがる子どもは、存分に甘えさせてOK

「甘えさせることの不安」を持つ親は、やはり多いのでしょう。「甘えさせるとどんどん甘えた子になる」という思い込みがあるようです。
でも、子どもは成長する存在。自分の愛情欲求(甘え)が満たされれば、自ら次に進むものです。いつまでも同じところにとどまっていないのが子どもなのです。
(中略)
「甘えれば落ち着く」というのは、「満たされれば手放す」という話であり、あくまでも子ども自身が安心すると手が離れる、ということなのです。
ところが親のほうから「もういいでしょう」という姿勢を見せてしまうと、子どもは「まだ安心していないのに見捨てられる」とばかりに、ますますしがみつく、ということになっていまいます。甘えを必要最低限の時間で終わらせたければ、親の方は、「いつまでも甘えていていいよ」という、どっしりした気持ちで接するのがいちばんです。

『そのイライラは手放せます 怒らないですむ子育て』 水島広子

甘えたがる子どもは、存分に甘えさせてOK

私は、「甘えたがる子どもは、存分に甘えさせてOK」と知って、子どもの話をアクティブリスニングしやすくなりました。

子どもが甘えてきたときに、「なぜ、自分でできることを人に頼むのか?」とか、「それぐらい自分でやりなさいよ!」という親の気持ちを押し付ける前に、あなた(子ども)は「いまはそうして欲しいのだ(甘えたい)」という気持ちをそのまま聞けるようになったからです。

そして、アクティブリスニングをして、不安を訴えているように見えない「やってほしい系」の甘えも、ちょっとやってあげると、その根っこにある本音を聞けることに気づきました。

例えば、
小5男子の頭を洗ってあげているときに、学校であった嫌なことの話や、「サッカーでめっちゃ走って疲れすぎた。見て、ここの足腫れてるでしょ?でも、ゴールできたんだ」などの話をしだすのです。

また、年中女子が「靴下はかせて」と言うので、やってあげると「保育園に行きたくない」という気持ちを「靴下はかせて」という言葉で表現していることがわかったりします。

甘えに寄り添うことで、子どもの本音を聞くことができます。

この十分な甘えが後々の人生に効いてくる

この幼少期の甘えが満たされないことで、人生に歪みが生じることを『自分に気づく心理学』(著:加藤諦三)を読んで学びました。

甘えの欲求が満たされてはじめて人は他人の自由を受け入れられる。甘えの欲求を抑圧した人は自由という名のもとに他人を束縛する。甘えの欲求が満たされて、はじめて人は他人の言動にそれほど心理的な影響を受けなくなる。

『自分に気づく心理学』 加藤諦三

甘えの欲求は満たされずに抑圧されれば、その人を死ぬまで支配しつづける。六歳の孫を持ったおじいさんも同じである。
それらの人は心の葛藤に苦しみつつ、他人の甘えに批判的になる。子供や孫の甘えを許さない。「そんなことはどうだっていいことだ」と激しく子供を責める。そうした点で心に葛藤のある人は他人の心を理解することはできない。

『自分に気づく心理学』 加藤諦三

子どもの頃に十分に甘えられた経験を積まないと、心の奥底に抑圧された依存性が、後々の人生に悪影響を与えるのです。詳しく知りたい方は、ぜひ、書籍を手にとってみてください。

「甘えたことを言っていないで」と突き放さず、アクティブリスニングして目の前の子が感じていること、考えていることを聞きながら、寄り添っていきたいです。

苦しくつらい子育てから抜け出し、家庭を安全基地にしたい方へ、情報を更新しています。

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