ただの備忘録「弔問」
先日亡くなった母のいとこにお線香をあげてきた。
8月初旬の午後2時。バスを降りると目の前にその家はある。
数年ぶりに足を踏み入れた大きな平屋には、喪主を務める彼の妹さんが一人で住んでいる。
ご遺体は奥の間に安置されていた。
ロウソクの火を線香につける。一回ではついたのかついていないのかわからない。何度かやって、ようやく線香の先が橙色になった。
御鈴を鳴らしたが、慣れていないからかミュートされたようになってしまい、うまく鳴らなかった。
それを見た母が「昔は木魚をポクポク楽器みたいに鳴らしてたのに」と笑っていた。
死んだ人の顔を見るのは初めてだった。
死に化粧のせいか、蝋人形のように感じられた。
「いつかまた会えたら」と思っていたら、その「いつか」がこの形だった。
そのまま遺体のある部屋で、喪主、母、私の三人で話をする。外ではセミが鳴いていたが、部屋の中は寒いくらい冷やされていた。
時折ちらほらと弔問の客が訪ねる。彼らにお茶を出した。お手洗いのために少し席を外している間に、彼らはいなくなっている。
その日は告別式の2日前。喪主は忙しそうだ。あちこち電話をかけている。挨拶文の文言で首をひねっていたので、わからないなりに何となく言葉をだしたら、それが採用された。
セミの声はいつしか風の音に変わっていた。
夕方には終バスが行ってしまったので、喪主の車で最寄り駅まで送ってもらった。最後の最後に「彼女はいるの?」という痛いところを突く質問が飛んできた。有り体に答えた。
結局、棺の上に置かれた短刀には何の意味があるのか、聞けずじまいだった。
何がそう思わせるのかわからないが、大正時代の短編小説のような空気が流れていた日だった。
いいなと思ったら応援しよう!
チップをくださった方に足を向けて寝ないことを心がけることを誓います。
