ヒューマノイド開発の最前線では、なぜソフトウェアエンジニアが重宝されるのか?
株式会社アトムの大田黒です。ATOM HUMANOIDを開発しています。本日はヒューマノイド開発におけるソフトウェアエンジニアリングのお話ができればと思います。ヒューマノイド開発において、機械設計エンジニア、電気電子エンジニア、機械学習エンジニアは、仕事内容を比較的イメージしやすいと思います。一方で、「ソフトウェアエンジニアって何をするのですか?」というご質問をよくいただきます。私は、ソフトウェアエンジニアはロボットの「神経」と「知能」を作るだけではなく、ロボットを研究開発~出荷後まで、進化させ続ける仕組みそのものを作る仕事だと考えています。本記事では、アトムにおけるソフトウェアエンジニアリングについてお話いたします。
ソフトウェアで進化するハードウェア
これまでのロボット開発や日本のものづくりでは、「良いハードウェアを作ること」が競争力の中心でした。より高性能なモーター、より軽い機構、より高精度な加工技術──そうした要素技術を磨くことが、そのまま製品の価値につながる時代です。もちろん、これらは今でも非常に重要です。しかし近年は、その価値の生まれ方が大きく変わり始めています。その象徴がTeslaです。Teslaは優れた車を作っているだけではありません。ソフトウェアによる継続的な改善を前提として車を設計しています。
OTA(Over-The-Air)による機能追加・改善
自動運転AIの継続的なアップデート
世界中の車両から走行データを収集・学習
ソフトウェア更新による性能向上
つまり、同じハードウェアでもソフトウェアによって価値を高め続けるという考え方です。ヒューマノイドも、まさに同じ方向へ進んでいます。例えばロボットは、
歩行ポリシーを更新してより安定した姿勢が維持できるようにする
AIモデルを更新してより器用に作業できるようにする
世界中のロボットからデータを集めて学習する
学習成果を全ロボットへ配信する
ことで、研究開発時~出荷後も継続的に性能を向上できます。つまり、ハードウェアは「完成品」ではなく、ソフトウェアによって成長し続ける「プラットフォーム」になってきています。
ソフトウェアが競争力になる時代
この変化によって、ソフトウェアエンジニアの役割も大きく広がっています。もちろん、優れたヒューマノイドを作るためには、機械設計・電気電子・制御・製造など、ハードウェアの技術も欠かせません。ロボットはハードウェアとソフトウェアの両方が揃って初めて価値を生み出します。その上で近年は、ハードウェアの性能を最大限に引き出し、出荷後も継続的に進化させられるソフトウェアが競争力を大きく左右する時代になっています。AIモデルを書く人だけではありません。例えば、
リアルタイム制御
センサー統合
シミュレーション
データ収集基盤
RobotOps(ロボット運用基盤)
MLOps基盤
クラウドインフラ
SDK・開発者向けツール
CI/CD・OTA配信
など、ロボット全体を支えるソフトウェアが競争力そのものになります。
ソフトウェアエンジニアリングは大きな武器になる
「ロボット開発」と聞くと、機械工学や制御工学の専門家しか活躍できない世界だと思われがちです。もちろん、機械・電気・制御の知識は欠かせません。一方で、現代のヒューマノイド開発は、巨大なソフトウェア開発プロジェクトでもあります。そのため、Web業界で培われてきたソフトウェアエンジニアリングの知見が、そのまま活きる場面が数多くあります。
例えば、CI/CDによる品質向上と高速なリリース、自動テストによる安全な開発、開発者体験(Developer Experience)を高めるツール整備、ログ・メトリクス・トレーシングによる可観測性(Observability)、Infrastructure as Codeによる環境構築の自動化、コードレビュー文化、ドキュメント文化、DevOpsやPlatform Engineeringの考え方、スクラムやアジャイル開、チームをスケールさせるための組織設計….
こうしたものは、一見ロボットとは関係ないように見えて、実は非常に重要な要素です。
でも、それだけでは足りない
ここまで読むと、「Web開発の経験だけでロボットが作れる!」と受け取られるかもしれません。確かに、ソフトウェア開発の技術や開発プロセスは急速にコモンディティ化しており、Web開発で培った知識や経験を活かせる場面は数多くあります。しかし、ヒューマノイドを開発する以上、機械工学、制御工学、電気電子、物理、センサー、モーター、リアルタイム制御など、これまで触れてこなかった領域を学び続けることは避けて通れません。
実際、ソフトウェアエンジニアであっても、「なぜこのモーターは目標角度まで動かないのか」「なぜこのモデルでは狙った精度が出ないのか」「このセンサーにはどのような誤差や特性があるのか」といったことを理解していなければ、本当に良いソフトウェアは作れません。ソフトウェアの中だけで完結していた問題も、ヒューマノイドでは実際のハードウェアを含めて考え、トラブルシューティングしていく必要があります。ソフトウェアとハードウェアの境界を越えて課題を解決することが、エンジニアとしての価値につながります。
もちろん、最初からすべてを理解している必要はありません。実際にロボットを動かし、失敗し、原因を調べ、少しずつ知識を積み重ねていけば十分です。そうして新しい分野を学び続けられる人にとって、ヒューマノイド開発は他では味わえないほど知的で刺激的な領域だと思っています。
垂直統合で勝てる開発組織を作る
これからのヒューマノイド企業は、「ロボットメーカー」というよりも、ソフトウェア企業とハードウェア企業が融合した存在になっていくと考えています。機械設計や電気設計が「身体」を作り、ソフトウェアが「神経」と「知能」を作る。そして、AIとデータを通じて、その身体は出荷後も進化し続けます。これから競争力を左右するのは、「どれだけ優れたロボットを作れるか」だけではありません。どれだけ速く学習し、どれだけ速くソフトウェアを改善し、その改善を世界中のロボットへ届けられるか。この「学習速度」と「改善速度」こそが、競争力そのものになっていく時代です。
だからこそ、ソフトウェアエンジニアはヒューマノイド開発の中心的な役割を担うようになっています。これまでWebサービスを作っていた人が、モーターやリンク機構について議論する。機械設計者がCI/CDや自動テストを当たり前に使う。AIエンジニアが実機を動かし、組み込みエンジニアがクラウドのデータ基盤を理解する。そんなふうに、お互いの専門性を持ち寄りながら、新しい分野を学び続けることが日常になります。
ヒューマノイドは、機械・電気・制御・AI・ソフトウェアが、本当の意味で融合する数少ないプロダクトです。だからこそ、一つの専門性に閉じるのではなく、未知の分野へ踏み込み、自分の視野を広げながら、世界最高のロボットを仲間と一緒に作り上げる。それこそが、この仕事の一番の面白さだと私は思っています。
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