【さが戦国武将隊結成(勝手に)応援企画】嬉野忍者について③
前回の続きです。
この度佐賀県で龍造寺隆信を中心とする「さが戦国武将隊」が結成されました。その応援企画として、佐賀県嬉野市に実在した3人の忍者(田原安右衛門良重、弁慶夢想、古賀源太夫)をご紹介したいと思います。
*前回のnote記事はこちらです。
(註:この記事は嬉野忍者調査等の研究発表を拝読し纏めたもので、私のオリジナル研究ではありません。末尾に参考文献等を明示。)
ー第3回 古賀源太夫の巻ー
古賀源太夫(生没年不詳/蓮池藩火術方、聞合方)
幕末期、長崎港に頻繁に外国船が出没するようになった頃、情報探索のために2度長崎へ派遣された蓮池藩の詳細不明の下級武士。2度の外国船探索に際してのみその名が現われるそうです。
翻刻されている『蓮池藩日誌』を確認すると以下の記述がありました。
①「安政三年(1856)(八月)七日長崎港に英吉利船来航ス。公其事情探索トシテ古賀源太夫ヲ派遣ス。」
②「嘉永六年(1853)(八月八日)外国船来航ニ依リ成富謙兵衛、古賀源太夫ヲ出崎セシメ事情ヲ探索セシム。」
③「安政三年(1856)(八月)六日長崎港ニ英吉利船三隻来航ス。即チ平士・堤文左衛門、手明鑓・陣内卯一郎及ヒ足軽拾五名ヲ半関船ニ増出セシム。古賀源太夫ヲ長崎ニ派遣シ外船来航ノ事情ヲ探索セシム。」
*公=第9代蓮池藩主、鍋島直紀。
*英吉利船=イギリス船
嘉永6年(1853)といえば、6月にペリー率いる4隻のアメリカ艦隊が浦賀に来航し開国を要請した年で、その翌月には長崎へプチャーチン率いる4隻のロシア艦隊が来航しています。翌安政元年(1854)になるとロシア船、オランダ船のほかイギリス船等も続々と入港するようになります。
周知のとおり、長崎に近い佐賀藩は福岡藩と共に、幕府の鎖国政策の下で「長崎警備」の大役を担っていました。少し遡ること文化5年(1808)のフェートン号事件(オランダ国旗を掲げたイギリス船が長崎港に不法侵入し、オランダ商館員らを人質に取り薪水を要求した事件。長崎奉行、松平康英は事件の責任を取り切腹。)に際しては、幕府より長崎警備に怠慢があったとされ、佐賀藩は藩主、鍋島斉直は百日の閉門、重臣等数名も切腹するなどの屈辱を味わっています。
*フェートン号事件の責を負い切腹した松平康英(図書頭)に関する記事はこちら。
事件を契機に佐賀藩の長崎警備体制が大幅に改革され、ひいては次代藩主、鍋島直正の近代化へとつながっていきますが、この様に佐賀藩において外国船入港の情報探索は非常に重要な任務だったことがうかがえます。
また、佐賀戦国研究会 深川直也氏の研究によると、古賀源太夫に関して、一次史料である蓮池藩の『請役所日記』(未翻刻)より次のことが判明しているそうです。
・安政2年(1855)正月に「火術方」、同年6月には「御作事方」の職にあった。
・同年7月、「聞合方御用」(諜報)のため長崎に派遣され、翌年4月に帰藩。長崎滞在中に病気になり薬代がかさんだので、その補償を申請している。
三重大学の山田雄司教授によると、古賀源太夫が忍者に認定された理由は「幕府や他藩でも幕末期に忍者が外国船の情報収集に当たっており、古賀源太夫はそれに類するものと考えられる。」とのことでした。
(他藩の例の1つとして、近年研究が進んでいる弘前藩の「早道之者」という忍者集団があり、蝦夷地警備の役を担っていた弘前藩では、幕末期には情報探索のため増員までしているそうです。)


オランダ、中国の船が来航する貿易港、長崎はまさしく“人と物と情報が行き交う”地であり、幕末期には、勤王の志士や各藩の要人が訪れた地でもあります。おそらく古賀源太夫以外にも、幕府や他藩の忍者が訪れていた可能性が高いと思われます。長崎出身の私としては、その痕跡が何かないのかなぁ、と考えたりもしています。
また、これは全くの私見ですが、古賀源太夫が2回も外国船の情報探索のために派遣されたということは何か専門的な能力・・たとえば外国語や蘭学の知識があった・・のかもしれません。その後の足跡が全くつかめない人物ゆえイロイロ想像もふくらみますね。
以上、投稿に際しあらためて嬉野忍者調査の資料等を読みましたが、忍者研究は非常に奥が深く今後も郷土史上の新発見の可能性も十分有りうるのではないかと思いました。

「さが戦国武将隊」は、忍者隊3名と武将隊3名(龍造寺隆信・彦寿・九郎)で構成されるそうです。次は龍造寺隆信についてご紹介したいと思いますが、私の手には余りそうですので、スコ~しお時間をいただければと思います。
では、最後までお読みいただきましてありがとうございました。
<参考文献>
『そろそろ本当の忍者の話をしよう』(2018.9/山田雄司監修/㈱ギャンビット)
「嬉野忍者調査報告」(NPO法人 九州忍者保存協会HP)
「2019 年度前期 三重大学伊賀連携フィールド市民講座第2回 令和元年5月18日(土) ここまで分かった!佐賀の忍者史」レジュメ (佐賀戦国研究会 代表深川直也作成/佐賀の戦国史(佐賀戦国研究会)HP)
『トピックスで読む長崎の歴史』(2007.3/江越弘人著/弦書房)
*「嬉野忍者調査報告会」「第2回国際忍者学会」「特別出張講演 ここまで分かった佐賀の忍者史」のyoutube動画も参考にさせていただきました。
*さが戦国武将隊のHPはこちら。オーディション情報もアリ!
*出島のHPはこちら。
*嬉野忍者調査を担当された佐賀戦国研究会のブログ「佐賀の戦国史」はこちら。
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければサポートお願いします!いただいたサポートはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます。