偽り続けた男
「西岡はさ、どこかオレたちのことを下に見てない?」
「別に。等しく『俺以外』と思ってるだけだよ」
日曜なのに空いているカフェのテラス席で、大きな男二人が向かい合って何を話しているのか。とりあえず頼んだアイスコーヒーは一口しか口にしておらず、舌の奥に残るモヤのような苦みを不快に感じながら、やはりブラッドオレンジジュースにするべきだったと思っていた。
向かいに座っているのは顔なじみの江藤。小中の同級生で、高校で進路が分かれてからも、何かと俺を誘っては色々な場所に連れ出しやがる。友達が少なくてさぞかし寂しいのだろう。
返答を聞いたか聞いてないんだか、いつもは砂時計のような役割を果たす彼のアイスコーヒーが、既に半分を切っていた。空高くから日光が差し込んで、席は確かに暑い。
「そういうのさ、そろそろ止めた方がいいよ」
細くした目を俺に向けて、江藤は言った。ちょっと、よしてくれよそんな目。ドキッとしちゃうじゃないか。
「……服装も、いつもそのジャージでしょ?」
「だって変える必要ねえじゃん」
「だから、ジャージで外を出歩かない方がいいよ」
「はあなんで。手間なだけじゃん」
何度繰り返された問答か分からない。でも勝つのは決まって俺だ。
「お前こそ意味のねえ、そんな首飾りやめろよ」
江藤の頬にくっと力が入った。
「これはネックレスだよ。年頃になったら誰でも着飾るもんなんだよ」
「女捕まえるためにだろう。なんで俺と会うだけなのにそんなもんが必要なんだよ」
すると江藤はネックレスをシャツの下に隠した。きっと胸に直だ。
みんな俺を変人扱いする。でも俺は何も変わってない。変わったのは全部そっちなんだよ。
ネックレスを言われて傷ついたのか、それからはたと江藤の口が止まった。暑い、がコーヒーは口に合わない。やはりオレンジジュースを頼み直すかな。でもそれなら、何か甘い物の方が食べたい。テラス席にはなぜかメニューが置いてなくて、店内のカウンター上にある黒板みたいな一覧から探す必要があった。俺は身を捩りながら、店内の暗い字がうまく見える角度を探した。
「オレさ、もう当分西岡とは会わないと思うんだ」
江藤が呟いた。その時すっと、舌の奥にあった苦みが引いたことに、俺は気がつかない。
「最近忙しくて時間も取れないし、何かもう、会う必要もないかなって」
カフェ店内には黒い幕が下ろされたように、外の街並み側は光で消失してしまったみたいに、俺はそのはざまで江藤のことを見ていた。江藤は俺の胸元辺りを、まるで首飾りでもあるみたいに見つめるから、一応確認して。でも当然何もなくて、掠れたスポーツメーカーの白いロゴだけがあって。
「まあな」
江藤が俺の胸元から顔を上げる。
「意味、ないよな」
何でこんな関係を続けていたんだか。江藤との近況報告に、うんちくに、価値観のぶつけ合いに、何の意味があったんだろう。そうだ、俺は徹底的に無駄を省くように生きてきたのに、なぜそんなことに気づかなかった。
「江藤くん」
知らない声がした。振り向くと、消失したはずのテラス外の世界に若い女が立って居て、日差しを受けながら手を振っている。その江藤は「あ、かおりちゃん」と手を振り返していて、その横顔に、身の毛のよだつ思いがした。
「こんな場所で会うなんて、奇遇ね」
女が隣の俺の顔を見る。笑うでもない、眉を顰めるでもない。表情が微動だにしない。そして江藤に向き直り柔和な笑顔を見せると、すました足取りで去って行く。
江藤は、残りわずかのアイスコーヒーを、ズズズとストローを鳴らすことなくうまく飲み干して、席を立ち上がった。
「ごめん。じゃあ行くね」
俺は元に戻っている江藤の顔を、だが今までのようには見られなかった。江藤が足を止める。
「連絡してくれるなってわけじゃないけど、このままじゃ会わないから」
「ああ」
店内の陰と同化した背中をいつまでも見送りながら、江藤の言葉を頭の中で反芻した。テラス席の横を通るかなと思ったけど通ることはなかった、回り道をしてかおりちゃんに会いに行ったのだろう。
アイスコーヒーを少しだけ喉に通した。液体であれば何でもよかった。街に面したテラス席で、PCを使うでもなく一人。早く帰ればいいと思う。でもどうしてだろう、俺は席を立つことができない。陰る店内からの視線と、陽る街からの視線と。ジャージのほつれが気になりだす。俺か俺以外か。元よりこんな感じだったじゃないか。今更一人消えただけで。
消えただけで。
