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毎週ショートショートnote 『曼殊沙華は恋をする』

 傘の持ち手を汗、短いソックスを雨で濡らしながら、私は長い道のりを歩いていた。長く俯いていた傘をグッと持ち上げると、ちょうど目的地の名が付いたバス停で、バスを待っている一回りくらい若い女の子と目が合った。格好は肌寒そうだけど、その佇まいと目力が私に残酷な現実を突きつけているように感じた。私は目線を前に、上がった息を奥歯で噛み殺しながら彼女の横を通り過ぎる。彼女は彼氏らしき隣の男に何か耳打ちをしたけど、雨に掻き消され聞こえなかった。

 私の出身地に花見の名所があることを知ったのか、付き合って半年ほどの彼が「曼殊沙華を見に行こう」と言った。むこうが日取りも決めて計画も立てて、よほどナイスアイデアと思っていたらしい。私が何度も訪れている可能性は一切考慮していなかった。
 そして当日、雨を気にしながら待ち合わせ時刻に向けて支度を進めていると、彼から連絡が入った。雨が酷いから一旦様子を見るかどうか、電車から車にするかどうか、いっそのこと場所を変えるかどうか……。うまく体裁を保っているつもりでも、本音はスケスケ。私が『日を改めましょうか?』と甘い言葉を送ってみると、しっぽを振ってすぐに返信が来た。それはそうよ。誰も進んで雨の日にお花見なんて行きたくないわよ。それでも私は予定通りに支度を終えて、唯一靴だけは楽なランニングシューズに替えて、冷たく暗い町に出た。

 そして地面一杯の曼殊沙華を目にした時、私は思わず息を呑んだ。どこまでも続く、胸に手を当てたくなるような赤色。その一つひとつが雨に打たれながら咲き誇っている――彼はきっと知らないのだろう、曼殊沙華が一週間ほどしか咲かない花であることを。改める日なんて元より存在していないことを。私は、雨の中花見を楽しむ人々に紛れて唇を噛んだ。ではどうして彼にそう告げなかったのか。衝突を避けたかった。面倒だと思ってほしくなかった。でもそれを繰り返して、最後耐えられなくなるのはいっつも私じゃないか。私はそれでも笑顔を絶やさない曼殊沙華を静かに見下ろして「お互いに、今日が雨でなければ良かったのにね」と小さく零した。
「あのう、すみません」
 背後の低い声にびっくりして振り返ると、そこには白髪交じりの上品なおじさまが立っていた。藍色のポロシャツに白のパンツ、そして傘と反対の手には大きなカメラが握られていた。
「……何でしょう?」
「いやあ、さっきですね、あなたの後ろ姿とこの曼殊沙華の景色があまりにも素敵でしてね、ついシャッターを切ってしまって」
 ピッピッとカメラのいかめしさに釣り合わない音がする。
「この写真なんですが……」
 見せられた写真には、一面を埋め尽くす曼殊沙華の中心に赤い傘を差す私の姿があり、目を見張るほど鮮やかな一枚だった。空が暗いだけでなく、周りの見物客の傘や服装が暗めだったことも相まって、写真の中で曼殊沙華と八角形の赤い傘だけが生き生きとして見えた。
「一応あなたには許可を取っておこうと思いまして」
「顔も写ってないですし、全然大丈夫ですよ。すごい! 私も欲しいくらいです!」
「あれ、それならあげようか」
 おじさまは意外にもハイテクだった。私のスマホに指定のアプリをインストールさせると、またカメラから可愛らしい音を何度か鳴らして、一分とかからずに先程の写真と、他数枚の美しい曼殊沙華の写真が送られてきた。
 話をすると、おじさまは福島から車で来たみたいだった。写真が趣味で、桜のシーズンは毎年ここを訪れているけど、秋に来るのは初めてのようだった。
「でも、雨だと残念ですね」
 会話の自然な流れで、私はそう言った。
「いやいやあ、そんなこともないよ」
 おじさまは嬉しそうに話す。
「雨のおかげでこんな力強い写真が撮れたんだ。雨に感謝しなきゃならないくらいだよ」
 おじさまと目があった時、ふと次は自分が、なぜ一人で訪れたのか話さなければならないのでは、と案じた。でもおじさまは目を細めてニコッと笑っただけだった。まるで「大丈夫」とでも言ってくれているみたいに。
「では、よい一日を」
 あまり聞き慣れないフレーズに私は一瞬硬直して、おじさまの後腐れがない背中に遅れて挨拶をした。
 私はもらった写真をまじまじと見つめた。本当によく撮れてる。何かのイメージや宣材写真と言われても不思議じゃないのに、この傘の持ち主が私とは信じられなかった。傘の赤色も曼殊沙華の赤色も、確かに力強い。私は昔から赤が好きだったけど、何でだったかな。朧げな記憶に思いを巡らせつつ、自然と笑みが零れていた。

 雨は降り続いている。今日一日は降り続ける予報だ。私は来た道を引き返しながら彼に連絡をしていた。返答はどっちだっていい。一日はまだまだ長いのだ。

終わり(1911字)



今回、たらはかに様のお題発表の記事から『幸手権現堂秋祭り』なるものが開催されていることを知りまして、せっかくの機会ですのでこのお祭りにも参加させて頂きたいと思います!

・たらはかに様の記事


・『PJ』作詞作曲/プロデューサー様 幸手権現堂秋祭り

二つの企画同時並行! と息巻いて始めたのですが、途中で「410字は無理だ」と悟りました。わざわざハッシュタグ外すのも変なので付けますが、今回毎週ショートショートnoteへの参加は形だけということで(汗)

よろしくお願いします!


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