【聖なる経済学】 未来を考える①
訳者コメント:
ネイティブアメリカンの格言に、「どんなことでも7世代先のことを考えて決めなければならない」というのがあります。しかし、私たちの意志決定の基準となる金利は遠近法のようなもので、目の前にあるものより遠くにあるものの方が小さく見えます。金利を通して見る世界では、現在手元にあるお金よりも、将来のお金の方が小さく見えます。これを「将来のキャッシュフローの割り引き」と言います。7世代先は、年利1%で計算したら現在の8分の1ぐらいの重要性しかないのです。このために、将来の健全な生態系から永続的に得られる恵みよりも現在のお金を優先し、生態系を売却して破壊することを選ぶのです。マイナス金利の世界では、この誤った遠近法がひっくり返り、将来を高く評価するようになります。
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未来を考える
お金や金融に関するあらゆる技術的な詳細に目を向ける中で、この努力の本質を見失ってはなりません。それは、贈り物とニーズを結びつける手段として、そして人間の創造性を共通の目標へと導く魔法のお守りとして、お金を本来の目的に立ち返らせることです。お金が、私の心が望むもっと美しい世界の重要な要素であると言うのは、ちょっと奇妙な感じがします。なぜなら、お金はこれまで多くの破滅と悪の明白な原因として、私にとってずっと忌まわしいものだったからです。
しかし、私たちがお金に対して抱く嫌悪感は、お金がこれまでどうであったかに基づくものであり、お金がどうあり得るかに基づくものではありません。エコロジカルな経済において、神聖なものに裏付けられたマイナス金利貨幣は、〈高利貸しの時代〉の常識を根底から覆します。それはまさに革命的であり、人間の体験を根本的に変えるものです。この変革はあらゆるレベルに波及し、外的なものから内的なものまで、経済的なものから精神的なものにまで及びます。
第9章「価値という物語」で説明したように、現在の貨幣の創り出し方に関する社会的な合意は「貨幣は、もっと多くを稼ぎ出す者にのみ発行されるべきだ」というものであり、それは詰まるところ、財とサービスの領域を拡大する営みへの参加ということになります。社会のエネルギーが向けられるのは、貨幣と財産の領域、すなわち人間の領域、所有された領域を拡大する活動です。これは、自然の支配へと至る〈人類の上昇〉の一部です。
金利をゼロ下限以下に引き下げると、資本に対する収益率がゼロまたはマイナスの投資が可能になります。この考えは常識破りに聞こえるでしょうか。「投資」という概念全体に矛盾しているように思えるでしょうか。これは確かに直感に反するものですが、私たちの直感が何世紀にもわたる成長の文化によってあまりにも強く条件付けられてきたため、貨幣が別の機能を持つ可能性や、利益に依存しないビジネスモデルの可能性をほとんど想像できないだけなのです。(もちろん、今でも非営利団体は存在しますが、現在は営利企業と根本的に異なるものです。この区別はいずれ薄れていくでしょう。)
このことがいかに奇妙で直感に反するかを感じていただくために、例を挙げてみましょう。あなたが銀行に行って、こう言うのを想像してみてください。「事業資金を借りたいのですが、これが私の事業計画です。100万ドルを貸していただければ、4年後には90万ドルの利益が得られます。ですから、100万ドルをマイナス金利で貸していただき、4年間で90万ドルを分割払いで返済したいと思います。」
「あなたの事業計画は素晴らしいですね」と銀行は言います。「さあ、融資しましょう。」銀行がこの融資に同意する理由は何でしょうか。それは、100万ドルを現金のままにしておくと、例えば7%のようなもっと高い割合で価値が目減りし、4年後には約74万ドルしか残らないからです。この融資を行うことは、銀行にとって有利なのです。
減価する通貨の力学を理解するもう一つの方法は、インフレと同じように、将来のキャッシュフローの割引率を逆転させることです。『人類の上昇』の中で、私は次の例を挙げています。
利息が将来のキャッシュフローの割引を促進するのに対し、デマレージは長期的な思考を促します。現代の会計では、持続可能な方法で年間100万ドルを永続的に生み出す熱帯雨林は、今すぐ皆伐して5千万ドルの利益を得る方が多くの価値を生むということになります。(実際、割引率わずか5%で計算した持続可能な森林の正味現在価値は2千万ドルにしかなりません。)このような将来の割引の結果、生まれるのが企業の悪名高い近視眼的な行動で、四半期ごとの短期的な業績のために(企業そのものの健全性を損なってまで)長期的な繁栄を犠牲にします。利子に基づく経済ならこのような行動は完全に合理的ですが、デマレージの制度では純粋な私利私欲によって森林保護の決定を下すことになるでしょう。強欲が動機となって現在の利益のために未来を奪い取るようなことは、もうなくなるでしょう。第4章で説明したように、将来のキャッシュフローを指数関数的に割り引くことは必然的に地球全体の「現金化」をもたらすので、このデマレージの働きは非常に魅力的です。
あなたが「世界の大統領」で、宇宙人から次のような申し出を受けたと想像してみてください。「最高指導者閣下、持続可能な世界総生産(GWP)は年間10兆ドルです。私たちはあなたに提案をしたいと思います。地球全体で900兆ドルでどうですか。確かに私たちの計画では、地球の資源をすべて搾り取り、表土を破壊し、海を汚染し、森林を砂漠に変え、放射性廃棄物の投棄場として利用する予定です。しかし、考えてみてください。900兆ドルですよ。あなた方はみんな金持ちになりますよ。」もちろんあなたは断るでしょうが、今の私たちは集団として実質的にこの申し出にイエスと言っているのです。私たちは宇宙人の計画を完璧に実行し、今後10年間で恐らく900兆ドル(現在のGWPは年間90兆ドル)を稼ぎ出すでしょう。私たちは毎日無数の小さな選択を通して、地球を現金化しているのです。
そしてこれはすべて完全に経済的なことです。現在の率だと、900兆ドルは少なくとも年間20兆ドルの収入を生み出します。『人類の上昇』の中で、私は何人かの著名な経済学者の意見を引用しましたが、彼らは農業のGDPに占める割合はわずか3%に過ぎないため、地球温暖化や農業の50%減産はさほど問題にならないと主張しています。せいぜいGDPは1.5%しか低下しないでしょう(思い出してください、これが「善」の総量なのです)。ばかげているように思えるでしょうが、高利貸しの理屈の中では、これは非常に合理的なことです。1997年のネイチャー誌の記事で、生態経済学者のロバート・コスタンザは地球の生態系を33兆ドルと評価しましたが、これはその年のGWPよりわずか20%高いだけです。彼に悪意はなく、地球を保全するための(道徳的な理由だけではない)経済的な理由を提供したかったのですが、同じ理屈、つまり「価値」の論理によれば、もっと高値で売れるなら地球を保全しない方が私たちの利益になるのです。
さらに言えば、貯め込むお金のためだけに生態系を保全すべきだという議論に頼るのは、気が滅入ると思わないでしょうか。この議論は、そもそも多くの問題を引き起こしている基本的な前提、つまり、お金は適切な価値基準であり、すべてのものの測定・数値化は可能であって実行すべきであり、数字の計算によって最良の選択ができる、という前提に立っているのです。
「持続可能性」という言葉は、あまりにも長い間流行語として使われてきたため、ほとんど陳腐な決まり文句になってしまいました。誰もが賛成しているにもかかわらず、持続可能性は利益追求との戦いで苦戦を強いられています。森林は枯れ、湖は干上がり、砂漠は拡大し、熱帯雨林は皆伐によって次々と失われていきます。環境保護活動家たちが50年にもわたって最善を尽くしてきたにもかかわらず、そのペースはほとんど鈍化していません。あらゆる局面で闘うことになるお金の力は、自らの長期的な存続を犠牲にしてでも短期的な利益を追求するのです。レーニンはやや異なる文脈でこう書いています。「資本家が我々に売る縄で、彼らを吊るすことになる」。資本の近視眼的な性質は、非常に深いところで利子から生じたもので、それが将来のキャッシュフローを割り引くことを必要とするのです。
金利がゼロを下回ると、正反対の考え方が主流になります。もう一度、あなたが世界の大統領だと想像してみてください。今や、宇宙人の提案はそれほど魅力的に見えません。実際、マイナス金利では、地球を現金化するにはどんな金額でも足りません。なぜなら、未来のお金は現在の同額のお金よりも価値が高く、その将来価値は時間とともに指数関数的に増加するからです。あなたは宇宙人に「どんな値段でも地球は売りません」と言うでしょう。
これこそ、経済が文明と生命そのものの生態学的基盤に値段をつけることを強いる今、私たちが言うべきことではないでしょうか。これこそ、限りなく貴重なものを有限の金額と交換しようとするあらゆる行為に対しても、私たちが言うべきことではないでしょうか。今こそ、美しさ、生命、健康、そして子供たちの未来を「金で売る」のはもうやめるべき時だと私は思います。
地球を現金化するというのは突飛な例だと承知していますし、それに対する経済的な反論も可能でしょう。私が言いたいのは、マイナス金利によって「経済的」な行動というものが根本的に変わるということです。30年後、50年後、あるいは100年後に利益をもたらすような活動、さらには「7世代先」にも利益をもたらすような活動が、経済的な動機を持つようになります。しかし、今という時代にそのようなことをする人は、理想主義者しかいません。マイナス金利と減価する通貨によって、私たちの理想と経済的な利己心が対立することはなくなるのです。
実際的な例を考えてみましょう。あなたが自分の事業の電力供給のためにソーラーパネルを設置するかどうか検討しているとします。初期費用は例えば10万ドルで、年間1,000ドルの節約効果が得られます。現状では、年間1,000ドルの正味現在価値は10万ドルよりもはるかに低いため(たとえ金利が非常に低い場合でも)、設置は経済的に見合いません。しかし、金利がゼロまたはマイナスであれば、経済的に見合う決定となります。今日、人々は経済的に見合わないにもかかわらず、すでにそのような決定を下しています。なぜなら、私たちの心の奥底にある真実が経済論理と矛盾しているからです。私たちは心の奥底で、お金を善と同一視するイデオロギーが間違っていることを知っています。私たちに必要なのは、お金と善が一致する本来の姿を取り戻すことです。
もう一つ例を挙げましょう。あなたが森林を所有しているとします。破壊的な皆伐と採石のために売却して今すぐ100万ドルの利益を得るか、持続可能な方法で伐採して永続的に年間1万ドルの収入を得るか、どちらかを選べます。そうですね、100万ドルから得られる利息は、持続可能な伐採による収入の少なくとも2倍はあります。ですから、現金化した方が賢明でしょう。しかし、金利がマイナスの場合、この論理はもう成り立ちません。
外部コストの内部化は、マイナス金利通貨と相乗効果を発揮して、お金を善のための力へと変えます。前者は私的な利益と公共の利益を一致させ、後者は短期的な思考よりも長期的な思考を促進します。どちらも現在の制度よりは改善されているものの、どちらか一方だけでは持続可能な世界を保証してくれません。両者を併用することで、経済的な意思決定が社会と地球の長期的な利益と一致するようになるのです。
(②に続く)
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原文リンク:https://sacred-economics.com/sacred-economics-chapter-12-negative-interest-economics/
翻訳メモ:
logical construct:理屈。直訳すれば論理的構築ですが、理屈をこねる、こねた理屈のことです。
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