「The Perfect Humanity」第3話
3.再臨する狂気
ベロニカが言うところの"現場"への移動には、アンダートラムと呼ばれる乗り物を使った。それは地下を高速に移動するための、現代の主要な交通手段であり、核汚染後の人類は、地下の交通網を発展させるほか無かったのだと、乗車前にベロニカが説明してくれた。車窓から見えるのは、老朽化したコンクリートの壁と、おぼろげに光を灯すライトのみであった。
パブロとベロニカは終始無言のまま、アンダートラムの席に向かい合って座っていた。やがて目的地についたらしく、がたがたと車体を激しく振動させながら停車した。「どうぞ」とベロニカが下車を促してきたので、パブロは立ち上がって、開いたトラムのドアから一歩踏み出した。
そこはちょっとした商業施設の倉庫のような雰囲気で、広い空間の中に、いくつもの大型コンテナが置かれていた。
「このブロックのほぼ真上が現場です。そこのエレベーターで地上へ出ましょう」
地面から天井まで伸びているいくつもの柱の中から、ベロニカはひとつを指差した。近づいていくと、その柱には、操作パネルと大きな扉が付いている。操作パネルの上には、3326という数字と、"正常"と書かれたディスプレイがあった。
「この3326っていうのは?」とパブロが聞くと、ベロニカは「ああ」と言いながら操作パネルのボタンを押した。同時に大きなモーター音が聞こえてきた。
「それは住所を表す識別番号のようなものです。ここはXORセクターのディビジョン7ですから、その中の3326番地ということですね」
ベロニカの説明が終わると同時に、ベルのような金属質の高音が聞こえ、扉が開いた。
「我々は、地下のアンダートラムを使って目的のディビジョン区画まで行き、ホームからこのエレベーターを使って地上へとアクセスします」
ベロニカが扉の中へと進んでいくので、パブロも後に続く。内側はいわゆるエレベーターのような作りになっており、ベロニカがボタンを押すと、扉が閉まり、なにやら動き始めた。どうやら上昇しているようだ。
「これから上がる場所の放射能レベルが規定値より低く安全なので、"正常"とディスプレイに表示されているのです。地上に出てから放射能汚染されていることを知っても手遅れですからね」
やがて上昇感がおさまり、エレベーターの扉が開いた。パブロがまず扉から一歩踏み出し、周囲を見回した。そこは小さな雑貨店ほどの大きさの空間で、かつて商品が置かれていたであろうボロボロの棚が並んでいる。前方の大きくて割れたガラス窓の向こう側に、行きゆく人々の姿が見え、パブロは大きな安堵感に包まれた。ついにこの目で本物の人間の存在を確認できた。
「良かった、人類は本当にまだ絶滅していなかったんだな」
パブロの言葉にベロニカは眉をひそめた。「人類が絶滅しているなどとは、ひとことも言っていないと思いますが」
「情報生命体が俺をハメるための罠っていう可能性も捨てきれなかったからな」パブロは両手の指で銃のような形を作って、銃口をベロニカに向けた。「そうやって、ひとりずつ暗がりに連れていって殺すんだよ」
「あなたを陥れる理由が無いでしょう。それに、わざわざコールドスリープから目覚めさせたあなたを、またわざわざ殺すと思いますか?」
「どうやらヒューマノイド型ってやつには、ジョークを理解する能力は無いみたいだな」
不満げな表情を浮かべるベロニカを無視して、パブロは扉を開けて外へと出た。直後、強い風が吹きつけ、砂ぼこりやゴミの破片らしきものがパブロを容赦無く襲った。どこかから、ゴミと汚物のまざったような臭いがする。腕を口に当てて砂ぼこりをやり過ごしながら、パブロは周囲を見回した。そこはパブロも良く知っている場所だった。
「ここは……ニューヨークか」
ニューヨーク、タイムズスクエア。かつて人類が栄華を極めていた時代、大きなビルが立ち並ぶこの場所では、あらゆる大企業が広告を映した巨大ディスプレイをそこらじゅうに並べていた。
しかし今では、そのディスプレイは植物に覆われ、ビル群は所々が崩れ、廃墟と化していた。代わりにあるのは、大きな道路を3つの小さな通路へと変化させるほどに大量に敷き詰められたトレーラーと、それぞれが何を売っているのかを表現するネオンの看板が煌々と街を照らしていた。
あるトレーラーでは網の上で肉を焼き、あるトレーラーではジュエリーやアクセサリーを売り、またあるトレーラーはちょっとした屋台になっており、アジア系らしき人物が横並びに座って、なんらかのヌードルを食べているのが見えた。
パブロは改めて、自身が遠い時代へと来たことを思い知らされた。これが今の時代の人々の暮らしなのか。
「現場はこの辺なのか?」パブロの質問にベロニカは首肯した。「ここの裏手にあります。こっちへ」
* * *
「あんたがパブロ?」
パブロとベロニカを一瞥して、警察の制服と思しきものをまとった大男はそう尋ねた。
「そうだが」とパブロが答えた直後、男が小さく舌打ちしたのをパブロは聞き逃さなかった。男は「へえ、あんたが例のね……」と気だるそうに言ってから、何か小さな声でぶつぶつと独り言を呟いた後で、ようやく「俺はウォン・フィウンだ」と大きな手を差し出してきた。
パブロはそのまま手を取り握手したが、相手が想像以上に強く握り返してきたので、思わず全身に力が入った。
「彼はここディビジョン7のセクターポリスです」ベロニカがウォンの方を凝視したまま言った。
「それにしても……」ウォンはパブロの手を固く握りしめたまま、視線をパブロからベロニカの方へと移した。「あなたがたH.A.Cが来てくれて助かりましたよ。こんな辺鄙な所じゃ、なかなか顔も見せてもらえないもんですから」
ウォンの口調から、パブロは明確に皮肉を感じ取った。ウォンとベロニカ、すなわちセクターポリスとH.A.Cの関係は、恐らく良好とは言えないのだろう。
「我々は極力あなたがたの捜査に介入しないよう努力しています」ベロニカが事務的に答えた。「今回のケースは、早期解決のためやむを得ず、このようなプロセスを踏ませていただくことにしました」
「早期解決ね。それはどうも」そう言って、ウォンはパブロの手をようやく離した。「確かに、このヤマは我々としても早く問題したいところだし……」ウォンは額に右手を当てた。「正直なところ、我々の手には余る事件だ」
「現場に入っても?」ベロニカがそう言って、ウォンの背後にあるトレーラーハウスの方へ右手を伸ばした。その周囲一帯には、KEEPOUTと書かれた黄色いテープが張り巡らされている。
「もちろんですとも、捜査官殿」ウォンはふたたび皮肉めいたトーンでそう言って、両手を広げた。
ベロニカが目でパブロを促し、テープを持ち上げて中に入っていく。パブロもそれに続いた。テープの先には小規模なトレーラーハウスの入り口があった。このトレーラーの左右や前後にも小規模なトレーラーが所せましと並んでいるため、トレーラーハウスによる、ちょっとした住宅街のような趣さえ感じられる。目的のトレーラーハウスに近づいていくと、一気に鼻を突く臭いが漂ってきた。
「この臭い……殺人か?」パブロは少し懐かしい気持ちにさえなりながら、ベロニカの方を見た。
「"殺人事件"と一言で表せるような状況なら良かったのですが」ベロニカは終始真剣な表情で歩いていく。
トレーラーハウスの扉に手を掛けたところで、ベロニカはパブロの方を振り返った。パブロが無言で頷くと、ベロニカもそれに頷き、ゆっくりとトレーラーの扉を開いた。
小さなトレーラーの内部、特に床に至っては、足の踏み場も無いほどに、酒のビンやファストフードのゴミなどで埋め尽くされていた。一方で、部屋の中央に置かれたソファの上と、その向かいの小さなテレビ、そのふたつの間にあるガラスのテーブルだけは、定期的に掃除されているような形跡があった。そして、そのソファの上には、遠目に見ると、さながらリラックスな姿勢でテレビを見ているひとりの人影らしきものがあった。
パブロはポケットから出したハンカチを口元に当てながら、ソファの背後から覗き込むように、その人影の顔を見た。それは、人間の頭部、胴体、腕、脚の組み合わせで構成されているが、それぞれの部位は、明らかに別々の人間のものだった。頭部はさらに、顔の中心から上下左右に分割するような形で、4人の人間と思しき顔が縫合されていた。
パブロは振り替えり、ガラスのテーブルの上を見た。そのテーブルには、土が入った大きい鉢が置かれている。最初にここに入ってきたときから、その鉢の存在は認識していたものの、そこに植えられているものについては意識を向けていなかった。
だが、たった今それがなんであるか認識した。これは明らかに人間の指だ。人差し指や小指が最低でも20本ほどが、あたかも土から伸びる芽のように、角度をつけた状態で円形に配置されている。そして、その指群の円の真ん中には、いくつかの指を縫合されて作られたと思しき、盆栽の木のようにジグザグと伸びるオブジェが植えられていた。
パブロの意識はさらに、その奥にあるテレビ周辺へと導かれていく。肘から切り落とされたと思しき8本の腕が、テレビの周囲から放射状に伸びているように、テレビの背後に接着されていた。
解体した人体を使い、アート性を主張するかのように特徴的なオブジェを現場に残す手口。それは、明らかにニルヴァンの殺害手口と酷似していた。
「ありえない」パブロは思わず、背後に立つベロニカの方を見た。ベロニカは腕を組んで、右肩を軽く上げた。
「数多のコールドスリーパーの中から、何故あなたが選出されたのか。これでお分かりいただけたでしょう」
