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板前時代の思い出〜築地仕入れ担当①〜

こんばんは。

板前時代の思い出も、3回目の投稿になりますね。

この板前時代の投稿を、始めたのにはちょっと理由があるのです…

まだ今は言えませんが…f^_^;

18歳で赤坂の三河家さんに入り、最初の一年目は前回の投稿でも書きましたがあまり料理に、直に関わる仕事ではなく、下働きな感じの仕事が、主な役割でした。

そんな一年目の秋くらいだと思うのですが…(この辺はあまり記憶がなく…f^_^;)

三河家では、毎朝築地に仕入れに行って、食材を調達してから、メニューが決まる毎日でした。

その築地の仕入れは、親父さん(親方)と従業員1人が毎日、軽トラで仕入れにいきます。

当時、その築地の仕入れ担当の方は私より12歳年上の、当時、先付を担当している、小倉出身の兄弟子でした。


営業が終わって帰る時、その兄弟子に呼ばれ、「黒木ちょっといいかな」と…

突然声をかけられたので、やばい…
なにか失敗したのかな…と、怯えながら兄弟子に近づくと…

「黒木、築地(=食材)は興味あるか?」

私の父は魚屋で、毎日朝早く、築地に行って仕事をしていました。

その影響もあり、即答で、

「はい!興味あります!」

と…

「じゃあ来週から親父さんと仕入れに行ってくれ!」

と、築地の仕入れ担当に任命されたのです!

沢山の従業員の中から、親父さんと築地の仕入れに行くことが出来るのは、たった1人!

その貴重な経験をさせていただけるなんて…

兄弟子に任命を言われた後は、かなり興奮していた記憶があります…

毎朝6:00前に店に入り、弁当用のうずらの卵を400個、大きい鍋のお湯を沸かして、その中に卵をいれ、ヘラでかき回して、黄身を真ん中に固定させ、冷やすのが朝イチの仕事。

この火入れしたうずらの卵を剥くのが、一年目の追い回しの朝の仕事でした。

一年目はひたすらうずらの卵を剥いていましたね〜f^_^;

うずらを茹で上げた頃に、親父さんが来て、行くぞ!と…

軽トラを運転して、親父さんと、築地に買い出しに…

当時の築地は、それはもう忙しく、正面入り口ではなく、やっちゃ場の入り口から、入場するのですが、入り口前からもう渋滞で…

いざ入り口に入ってからも、車、人、台車、ターレットで、もう場内はグチャグチャ状態…

指一本入れられる隙間があったら、それを詰めて、ハンドルを切り、誰も入れさせない!という意識がないと、やっちゃ場(車を止める所)までかなり時間がかかるかかってしまい、店に戻る時間も遅れてしまうので、怒られてしまうのです😭

しかもマニュアルだったので、ハンクラにしながら、常に周りを見ながら直ぐに発進できるようにしていたので、その時間は足首が攣りそうになっていた記憶が…f^_^;

普通の運転とはかなり違っていましたね〜f^_^;

やっちゃ場(駐車場)についてからは先ずは青果によってから、鮮魚へ…

その間に、私は肉や雑貨なども買い出しに…

毎日築地に行くので、当時、魚屋だった実の父にも会う時があり、その時は、ちょっと大人になった感じで、おはよう!と、声を出さないで、右手を挙げて挨拶していた記憶が…
父親も右手を挙げるだけ…

お互い、ちょっとカッコつけてたんですね…f^_^;

でも、河岸(築地、昔は築地のことを河岸(かし)と呼んでいました)で会う父親はめちゃくちゃカッコよかったんです…

なんか河岸の漢(おとこ)みたいなオーラがバリバリで、ひよっこの私には、実の父親ながら、なんか憧れもありました。

当時、父親はタバコの火を指で消す、イケイケの親父でした(笑)

まだまだ書くことが沢山あるのですが、長くなりましたので、また次回の投稿で、築地のお話をしますね。

それではまた!


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