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「ジャーナリング」を2年間続けて、どんな変化があったのか?


ジャーナリングを続けたら、何かが変わった。

でも、変わったのは『思ってたところ』じゃなかった。

2年間、ほぼ毎日書き続けました。
感情が整理されたり、気持ちが楽になったりする変化はありました。

でも一番大きく変わったのは、
そういう「書いて整う」効果よりも、
もっと根本のところでした。

この記事では、僕が実際に試してきたジャーナリングの種類と、その限界、そして今にたどり着くまでの話をしたいと思います。


まず、「書いて整う」ジャーナリングにはどんな種類があるか


ジャーナリングといっても、実はいくつかのタイプに分類できます。それぞれ目的も効果もちがう。

①ポジティブ系(感謝日記)


感謝できることや、今日あった良いことを書くタイプ。幸福度の向上や、抑うつ症状・睡眠の質改善に効果があるとされています。

でも、注意点もある。辛い状況でも「感謝しなきゃ」と無理に書こうとすると、逆に認知的不協和が起きることがあります。「感謝できない自分はダメだ」という方向に向かいやすい。

②感情吐き出し系(エクスプレッシブライティング)


とにかく今の感情をそのまま書き出すタイプ。ストレス発散や感情の整理に効果的で、書くハードルが低いのも魅力です。

ただ、同じ感情をぐるぐると書き続けてしまうと、思考の反芻になりやすい。感情を出すだけで止まってしまうと、そこから先に進みにくい。

③振り返り系(リフレクションジャーナル)


1日や1週間の出来事を振り返り、気づきや学びを記録するタイプ。自己成長の実感を得やすく、行動の改善につながりやすいという特徴があります。

継続しないと効果が薄れやすい点と、「記録すること」自体が目的化してしまうと本質がズレることも。

④効率化系(ToDoリスト)


タスクを整理し、脳のメモリを開放するタイプ。集中力向上や、未完了課題の執着を手放す効果があります。

ただ、記録することに追われてしまうと燃え尽きに。「なんのためにやるのか」が抜け落ちやすいタイプでもあります。

⑤思考修正系(認知再構成法)


認知の歪みに気づき、修正していくタイプ。うつ・不安の症状軽減や、物事を客観視する力を育てます。

論理的な思考にエネルギーが必要なため、疲れているときには向きません。身体の状態によっては逆にストレスになることも。


僕は、全部試した。


正直に言うと、これ全部やりました。

モーニングページから始まって、感謝日記、エクスプレッシブライティング、認知再構築法。「これが合う」と思ったらしばらく続けて、また違うものを試して。時には組み合わせたりして工夫も入れながら書いていました。

それ自体は無駄ではなかったと思っています。どのやり方も、それなりに意味があった。
感情が少し楽になったり、タスクが整理されたり、確かに「書いて整う」感覚はありました。

でも、あるとき気づいたんです。


「整う」だけでは、人生は動かない。

これが、僕が長い時間をかけて実感したことです。

感情が落ち着いた。気分がポジティブになった。
でも、それで人生が前に進むとは限らない。
「ストレス軽減」と「いい気分」を手に入れても、行動が変わらなければ現実は変わらない。

もう一つ、「とにかく続ければいい・量をこなせばいい」という考え方にも限界がある、と気づきました。

僕は一時期、毎朝A4ノート1ページを2年間書き続けました。

それはとても意味のある時間でした。

でも今の僕が重視しているのは、量よりも取り組み方の質です。


量から質へ。そのきっかけになった、ランニングの話。


「量より質」に気づいたのは、ジャーナリングの話だけじゃありません。

マラソンを始めてしばらく経ったころ、
月に500キロを超えるペースで走るようになりました。
純粋に走ることが好きで、どんどん距離を伸ばしていったんです。
でも、その分だけ怪我も増えていきました。

膝、足首、腸脛靭帯。走れなくなるたびに、「なんで怪我したんだろう」と悔しくて。
そこで始めたのが、身体の日誌をつけることでした。

今日はどこに痛みがあるか。前日のトレーニング内容は何か。ケアはどうしたか。疲労感はどの程度か。それをノートに細かく書き残すようになったんです。

最初は純粋にランニングログのつもりでした。でも続けていくうちに、気づいたことがありました。

「体の状態を言語化する習慣」が、自分の内側の変化にも敏感にしてくれた。

痛みの場所を正確に書こうとすると、自分の体をちゃんと「観察」しなくちゃいけない。
どんな感覚か、どこが重いか、今日の体はどういう状態か。

それを毎日繰り返していると、走っていないときも、自分の体のサインに気づきやすくなっていったんです。

「なんかザワザワする」「胃が少し重い」「肩が上がってる」——そういう小さな体の声を、以前よりずっとキャッチできるようになりました。

これが、後にBEATジャーナリングへつながる、もう一つの原体験です。


質を求めるようになって、出会ったのがBEATだった。


ジャーナリングを続ける中で、心理学や脳科学を深く学ぶようになりました。そこで「なぜ行動できないのか」「なぜ同じパターンを繰り返すのか」という問いに、ある視点が答えをくれました。

それが、BEATフレームワークです。

BEATとは、人間の反応の連鎖を4つで理解するための枠組みです。

|頭文字  |意味         |具体例                |
|-----|-----------|-------------------|
|  B  |Body(身体感覚) |心拍が上がる、手に汗をかく、胃が締まる|
|  E  |Emotion(感情)|不安・興奮・怒り・安心        |
|  A  |Action(行動) |逃げる・近づく・立ち止まる|
|  T  |Thought(思考)|「自分には無理だ」「やっぱり必要だ」 |

僕たちの行動の95%は、実は「無意識」が動かしています。

「考えて決めた」と思っていても、
実際には体が先に反応し、感情が動き、行動が起きて、最後に思考が「後づけで意味を付ける」だけのことが多い。

だからこそ、思考だけを変えようとするのは最も難しいアプローチなんです。

そして、BEATがBodyつまりBody(身体感覚)から始まる理由が、走りながら体の日誌をつけてきた僕には、すごく腑に落ちました。

感情より先に、体はもう動いている。

ランニングで体の声に耳を澄ませてきたことと、BEATの「出発点はBody」という考え方が、僕の中でぴったり重なったんです。


BEATを意識したジャーナリングで、何が変わったか


以前の僕は、感情を書き出すことで「なんとなく楽になった」で止まっていました。

今は、BEATの流れを意識して書くようになっています。

「今日、なんかザワザワしていた。どんな体の感覚だったか。どんな感情だったか。その後どんな行動をしたか。どんな思考が出てきたか。」

この順番で紐解いていくと、自分がなぜそういう行動をしたのかが、後から見えてくる。

責めるためではなく、理解するために書く。

そのスタンスが変わっただけで、ジャーナリングの質が全然ちがってきました。

ランニングの日誌で「今日の体の状態」を書くことに慣れていたのが、ここで活きてきた気がします。
体の感覚を言葉にすることへの抵抗が、もうなかった。

そして、BEATの面白さは「上流に働きかけると全体が変わる」ことです。

体(Body)を整える——姿勢を変える、深呼吸する、歩きながら考える。そうするだけで、感情が変わり、行動が変わり、思考が変わる。書くだけでなく、書く「前」の自分の体の状態にも意識が向くようになりました。


僕の中でジャーナリングが変えてくれたもの

僕の人生は、ジャーナリングと一緒に歩んできたと言っても過言ではないです。

高校時代の怪我と挫折のとき。離婚したとき。副業がうまくいかないとき。マラソンで思うように走れなくなったとき。何度も落ちました。でも、そのたびに必ずノートと向き合いました。

書くことで感情が整理されて、自分の本音が見えてきて、また「自分にはできる」という感覚が少しずつ戻ってくる。

そのレジリエンス(回復力)と自己効力感を育てる場所が、僕にとってジャーナリングでした。

そして今は、ただ感情を吐き出すだけでなく、BEATの視点で自分の反応パターンを理解しながら書いています。

感情より先に体が動いているということを、
走ることを通じて体で知ったからこそ、
Bodyから入ることが自然にできるようになりました。
以前より格段に、自分のことがわかるようになった気がしています。


最後に


ジャーナリングに正解はないと思っています。

でも、「書いて整う」だけで止まらず、その先に「自分を理解する」「行動が変わる」というステップを目指したいなら、BEATの視点を持つことはとても有効だと感じています。

どんなやり方も試すことに意味があります。
自分に合う合わないを知ること自体が、自己理解のプロセスです。

もし今「ジャーナリングを続けてるのに、
なんか変わらない」と感じているなら、
ぜひ一度、書く内容よりも「どんな視点で書くか」を変えてみてください。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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