プラネタリーヘルス特集④:持続可能な「健康都市」を国内外の事例から考える
プラネタリーヘルス特集は、日本医療政策機構主催のプラネタリーヘルスアカデミー(2025年8〜11月)で行われた全6回の講義について、私の視点から各回をまとめたものです。なお、この記事は東京科学大学名誉教授であり、プラネタリーヘルスアライアンス日本ハブ理事を務める中村桂子先生の講義に基づいています。
「健康」とは?健康に与える都市環境の影響とは?
健康第一、心と体の健康、健康に気をつけた生活、家族の健康を願う。「健康」はいろいろなシーンで使われますが、そもそも「健康」って何なのでしょうか?
WHO(世界保健機関)の定義では「単に病気や障害がないということでなく、身体的、精神的、社会的に優れて良好(ウェルビーイング)な状態にあること」と説明されています(世界保健憲章)。
その健康に医療が与える影響はごく一部で、実は大部分は住んでいる街の空気、水、住環境、そして人のつながりが決めているとされています。つまり、どんな街に暮らすかということが、わたしたちの健康に大きく関わるということです。
ということで今回は、「持続可能な健康都市」ということにフォーカスをあててみます。
都市が抱える「3つの危機」とわたしたちの暮らし
今、世界中の都市が「3つの危機(トリプルクライシス)」ー「気候変動」「生物多様性の損失」「環境汚染」ーというものに直面しています。
気候変動といえば皆さんが思い浮かべる主犯格は温室効果ガスですよね。世界的に温室効果ガスの排出が増加しているのはよく知られていますが、特に東アジアでの増加の仕方は他の地域に比べると突出しています。

また、この30年間で一人当たりの平均緑地面積は世界的にみても半分以下に減少しています。

となると生態系の変化が起きていることはだいたい予想できてしまいますね。実際、鳥類やカエル、ホタルなどの種類や個体数が大きく変化した実態が報告されています(Uchida, et al., Nat Sustain, 2025)。
大都市での二酸化窒素や粒子状物質(PM10)問題、水質汚濁、廃棄物処理問題、ヒートアイランド現象など、都市部における環境問題もだいぶ前から指摘されています。
「健康都市」を実践する日本と世界の都市の事例
では都市が抱えるトリプルクライシスにどう向き合っていけばいいのでしょうか。そのひとつの答えが「健康都市(ヘルシーシティ)」という考え方です。
WHOはこれを「都市の物理的・社会的環境を常に整え、人々が互いに支え合い、それぞれの能力を最大限に発揮できるよう、地域の資源を拡大し続ける都市」と定義しています………と言われてもピンとこない。。。
要は、健康は医療だけで成り立つのではなく、空気、水、緑、公園、交通、食、地域のつながりなど「街そのもの」によって支えられるという発想です。
では、日本と海外の健康都市を実践している例を見ていきましょう。
静岡県袋井市:給食で地域と子どもをつなぐ
「日本一健康文化都市」を掲げる袋井市では、学校給食を通じた地産地消の取り組みが注目されています。市の職員が農家に直接声をかけ、給食用の野菜を作ってもらう仕組みを構築したところ、地場産物の使用金額は350万円(2012年度)からなんと3526万円(2022年度)に増えました。
また、規格外で本来捨てられるはずだった約4300kgの野菜を活用し食品ロスの削減を実現しています(2022年度)。そもそも、これだけの食品ロスが生じるという事実が衝撃ですね。4300kgというと、全盛期の小錦関15人分に相当するようです。
子どもたちが市内産野菜を収穫体験し、その野菜を翌日の給食で使用する取り組みもあります。現場ではいろいろと大変なことは多いだろうけど、地域としてのプライドのようなものを感じますね。
東京・隅田川:水辺から街の健康をつくる
花火大会で有名な東京の隅田川も、ヘルシーシティを体現しています。水辺空間を市民が集える場として整備し、オープンカフェやコミュニティガーデンの設置、歩行者空間の拡充、花壇の整備など、行政と民間・地域が一体となった取り組みがなされています。
これはまさに、かつては近づきにくかった水辺を人々の生活空間にし、街の活力と人の健康を同時に引き上げた好例ではないでしょうか。

オランダ・ユトレヒト:自転車で実現する「10分都市」
ヨーロッパでは「●分都市」と呼ばれる街づくりが広がっています。オランダのユトレヒト市はその代表例です。「買い物や通勤、通学、医療など生活に必要な機能に自転車や徒歩で10分以内にアクセスできる」というビジョンを掲げていて、自動車中心の道路を人が歩きやすい空間へ転換しました。
かつては大気汚染や騒音が課題だったユトレヒトは、毎日10万台の自転車が行き交う街になっています。

こういった都市の健康づくりには、行政や地域、住民が連携して交通・食・緑地計画などを統合的に進めることが重要です。
公共交通機関や自転車利用の促進は、CO2削減だけでなく、運動不足解消・生活習慣病の予防、コミュニティの強化にもつながります。また、地産地消や都市農業、暑熱対策としての緑化や水辺整備は、環境負荷を減らしながら健康で暮らしやすい都市づくりに役立ちます(こういった「環境にも健康にもプラスになる効果」を"Co-benefit"といったりします)。
健康都市を広げていく取り組みとつながり
ここで見てきた健康都市の取り組みは、世界各地で広がりつつあります。
国連人間居住計画(UN-Habitat)は、都市を気候変動の被害を最も受けやすい場所である一方、解決策を生み出す「ハブ」だとしています。特に、洪水や暑熱の影響を受けやすい高齢者や低所得者などの「脆弱な集団」を守る政策や、緑地・水辺整備など自然に基づく解決策を強調しています。
またWHOは健康都市づくりを進めるための「20のステップ」を提案しています。これは、行政・専門家・住民が連携する体制を整え、横断的に行動に移すもので、交通や緑地、防災、福祉などを「健康」という視点でつなぎ合わせていくステップです。
世界各地域にはヘルシーシティネットワークというものがあって、「15分都市」をどう実現していくか、などを意見交換したりしています。また、C40(世界大都市気候先導グループ)という、世界の大都市で気候変動対策を進めるネットワークもあるのですが、日本では東京と横浜が加盟しています。
さいごに
今回は、世界の健康都市の取り組みを見てきました。
地元の野菜を買う、ちょっとした移動を自転車に変えてみる、など無理せず個人レベルでできることが広がっていくといいですね。案外、自分の住む街も歩いてみると、自然との調和を意識して整備されているところがあることに気づくかもしれません。
