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【小説】もう一つの起源 第二話

第二話


一つは青白い光、もう一つは温かみのある黄色い光を放っている。二つの星は互いに引かれ合い、見えない絆で結ばれているように見えた。

「あれを見て。あれは二連星っていうんだ」

その様子は遠方からでもはっきりと見えた。ベニーは文献で宇宙の知識を深めていたところだったが、正面スクリーンに目をやると、導かれるように歩み寄った。

「ついさっき知ったものが、もう目の前にある……」

「夢じゃないぞ。あの二連星と僕たちの間に氷の惑星があるんだ。そこが最初の目的地になる。プローブスーツが必要になるな、すぐ準備をしよう」

「あの双子の星を見てると、何だか寂しくなくなるね」

「僕も感じたし、想像させるのは、無限の宇宙空間を彷徨いながら、長い間ずっと一人だったら、あの双子の星を見てどう思うんだろうって」

「本当の生命に映るのかも知れないね」

「そうだな……錯覚じゃなく、現実として」

ナビゲーション「星域侵入。重力場、大気組成解析。最短降下ルート計算」

二人はプローブスーツを着用していた。多層複合素材で編み上げられた惑星探査用スーツである。外観は淡いグリーンと関節部の黒いメッシュのツートンカラーで、背部の特殊なカメラに入力された映像が、スーツの前面に反映されることで迷彩機能も果たすものだ。

ナビゲーション「表面スキャン完了。着陸地点、最終確認」

「降下ハッチ前で待機するぞ」

「はい、今向かいますよ」

降下ハッチは船体中心部に設けられ、センサー感知により制御されたシステムが、ハッチの開閉やスロープの昇降を自動的に行う。

「手に持ってるのは何だ?」

「ネブラブリュー」

遠足気分のベニーを察して、皮肉をたっぷり含んだ口調で言った。

「そうか。喉が乾くかも知れないもんな。持っていくべきだ」

ナビゲーション「降下シークエンス開始。シールド最大稼働」

「ジーク、今はどういう状況?」

「大気圏を抜ける寸前だ。その後は降下スラスターで速度を調整しながら、ゆっくりと着陸地点に降下する」

「わかった。待ってればいいんだね」

「うん、衝撃はないはずだ」

ナビゲーション「グラビティーエンブレース。スラスター微調整」

「グラビ……なに?」

「惑星が持つ重力に接触したということだ。そうすると、惑星に強引に引っ張られ始める。だから、スラスターを調整して安全に地表に着陸できるように、姿勢を制御している。もうすぐ着陸脚が展開するよ」

ナビゲーション「サーフェスアンカーリング作動。最終安全確認」

「よし、着陸確認。エンジン停止確認。ハッチが開くよ」

ベニーが持つネブラブリューは一瞬にして氷結した。

ライフシーカーは小高い丘に着陸した。しかし、丘を下ったなら、更に高い氷の層が景観を遮り始め、目的の方向以外が徐々に閉鎖されていくような地形だった。

自動的に伸縮スロープが地表へ伸びていく。二つのプローブスーツが極寒の大気に晒されたが、プローブスーツは極限環境でこそ真価を発揮する。想定される大気の状況において、体感できるものは極度の風速くらいだろう。

地表は二連星のエネルギーを受けて、きらきらと氷の結晶が輝いていた。はるか遠方には、高さ10キロを超えるような氷山がそびえ立ち、頂上とふもとの間に白い霧が輪を作っていた。

「……言葉に出来ない」

「この惑星は、二連星の光に隠れて最近まで見つからなかったんだよ。でも、何らかの知性の痕跡が確認されていて、その証拠に、彼らに置き去りにされたクローンだけが生息してる」

「置き去りって可哀そうだね」

「上空を見てごらん、大気がよどんでるだろ。以前はもっと酷かったはずで、二連星の光をほとんど遮っていたんだよ」

「理由は隕石の衝突?少し勉強しましたけども」

「そうだと思う。二連星からの距離を踏まえると、衝突前は凍ってなかった可能性が高い。当時は何者かの手によってクローンが作られたはずなんだ」

「以前はどんな世界だったのか気になるね」

「ベニーも研究者向きだな、その好奇心が全てなんだよ。もしかしたらここには文明が栄えていたかも知れないしね。では行こうか」

「どこに行くんだっけ?」

「すまない、説明してなかったか。1キロ先にヘリウムとメタンが混じった湖がある。あのクレバスが矢印のように示してるね。あそこに落ちたら助けられないぞ」

「わかった。ジークから手を離さないよ」

進行方向の両側には、むき出しの氷の層が壁を作っている。壁の間は平地だが、広いとは言えない。その中心を分断するようにクレバスが口を開けて伸びていた。

二人はクレバスに目をやりながら、平地の片隅を一歩一歩確認するように進んで行った。

「ベニー、そんなに強く掴むな。重心が保てないだろ……」

二人は無事に湖に到着し、ジークはプローブスーツから小型の探査キットを取り出した。これはアクアクライオと呼ばれる装置だ。装置から伸びるナノチューブを湖に投下することで、先端に内蔵された機器が、目的に応じた生体反応の分析や採取を可能とする。ゴーグルのスクリーンを通して情報共有も可能だ。

「何かいるね……」

「全体は平べったくてピンク色。周囲に短い突起物が五本。中央で開閉してるのは口だろうか?全身の筋肉の反動で進んでるような感じだな」

「ちょっとこれ……見ていられないわ」

「おや、さっきの好奇心はどこへいった」

「私は景色を調査するから」

「残念だが、このキットの使用中は映像が共有されるんだ。オフにすることは出来るが、暫く目を閉じていてくれればいい」

「閉じていても、目の前にいると思うと余計に怖い気がする」

ナノチューブの先端から、採取用の針がピンクの物体を突き刺した。

「ごめんよ、痛かったかな。これは何だ、白い液体……と思ったら管のようなものが口から出てきたな。傷口を治してるのか、いや、熱を発してる?」

「とても聞いていられない……」

「よし、とにかくうまくいった。他に生体反応はなしと。いいかい、これは貴重なサンプルなんだ。いにしえの彼らがこのクローンを製造できるまでどれほどの年月がかかったのか、想像するだけで涙が出そうだ……」

ベニーは想像力が豊かなのだろう。彼女にとって好ましい内容ではなく、なるべく耳を逸らしていた。しかし、ジークの熱意がこもった言葉の数々に、彼女の心は少しずつ動かされ、やがて、自分の愚かさに気づいた。

「はっ!ジーク、ごめんなさい。私の為の作業なのに、私はなんて酷いことを言っていたんだろう……」

「いや、怖いものは怖い。そう素直に伝えてくれた方が安全なんだ。この先も長い旅だしな」

ベニーはまたしても彼の懐に飛び込んだ。その勢いにジークはのけ反ってバランスを崩し、毒々しい湖に落ちる寸前だったが、かろうじて一命を取り留めた。その時、ベニーの肩越しに異様なものが映る。

「ベニー、動くな……」

「な、なにあ…..わ、わかった。目を閉じればいい?」

クレバスの中から五本の触手が地表に腕をかけていた。本体を見るまでもなく巨大だ。少しして一本の腕に力が入ると、気色悪い音とともに、表皮のようなものをべったりと地表に残し、弓なりに持ち上がってはべったんべったんと何度も地表を叩きつけている。

「待つか、それとも進むべきか……どうするベニー」

ベニーは、自分の手に握るそれを見て閃いた。

「ネブラブリューを餌にして、引き付けてる間に突破できないかな」

「まだ持ってたのかよ。そんな無謀な賭けに乗れるか。好むかどうかわからないし、どう見たってあいつは気が狂ってるだろ」

「だって他に投げれるものないでしょ、氷は硬いし」

「それはそうだが……確かに栄養価のあるものはそれしかないか。様子を見てる間に詰めてこられても嫌だしな。瞬発力も未知数だしな、よし」

「こんなところで死ぬのはご免だが、ベニー、覚悟はいいのか」

「ジークと一緒ならいつだって」

「ではどっちが投げる?」

「ジークは利き手がなくなっちゃったじゃない」

「そうか、では任せる。もう少し近づいて触手の奥の地表に投げ込むんだ。穴に落とすなよ。あいつはキャッチが苦手かも知れないんだ」

氷の壁を背にした二人は、クレバスを見つめながら、音を立てないようにすり足で近づくと、ジークの目の合図でネブラブリューを力いっぱい放った。

「見たか?キャッチには失敗したが強い意思を感じた。真ん中の腕が追いかけ始めてるが、どこか痛々しいな」

「いまのうちに抜けちゃおうよ」

二人は死神を背負った思いで、どうにでもなれと駆け抜けた。全身全霊で走り続け、ライフシーカーまでもうすぐのところで、心の中にかすれたような音が聞こえ、ぴたっと二人は立ち止まった。

「聞こえた?」

「……うん、『待ってくれ』と聞こえた」

哀願するような響きは二人の心を安堵させた。二人は静かに振り返ると、五本の太い腕がうねうねと波打って目の前まで迫ってきた。

一本の腕はネブラブリューが入ったボトルをしっかりと掴み、何かを確認するように上下に振っている。それをゆっくりとクレバスの亀裂面まで降ろすと、穴の中から白い管がぬうっと顔を出した。

「出た……見ちゃいけないもの。やっぱり行こうよ」

「僕の知る限り、呼び止めておいて危害を加える生物は聞いたことがない。様子を見る価値はあるだろう」

白い管は、独自の意識を持っているかのような素振りで、ネブラブリューを見回している。すると突然、管の先端が発光し始めた。白い管は仕事を終え、クレバスの深淵へと消えていった。

「一本こっちに来てるんだけど……どうすんの、挨拶すんの」

「じっとしてればいい」

「ちょっと……なんで私に来るの、こ、こんにちは?」

「ベニー、忘れものってことだよ。もらっておけ」

「返していただき、感謝いたします……ネブラブリュー」

ベニーは受け取った。すると、太い腕はまるで握手を求めるような動きを見せたが、彼女が露骨に見ないふりをしたためか、得体の知れない生物は、全ての腕を静かにクレバスに沈めた。

「ジーク!これ、凍ってた。これ、溶けてる」

「やはりか、僕もそんな気がしていた。再凍結しない謎は残るが」

「溶かしてくれたのかあ。見た目よりいいやつだったね」

「見ちゃいけないとか言ってなかったか。ともかく、僕は研究者としてこう思った。彼らは置き去りにされたんじゃなく、託されたんだ。今もその創造者のために、少しずつ氷を溶かしている。どうやら僕は間違っていた」

「じゃあ、時がきたら帰ってくるんだね」

「きっとな。その時にまたこの惑星に足を運べたら良いけど。それから、このサンプルに名前があると都合がいいんだが」

「ネブラにしようか。あいつもネブラでいいよもう」

「功労者だしな。では行こう、サンプルを解析しなくちゃいけない」

ナビゲーション「離陸準備に入る。エンジン起動プロセス開始」


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