薔薇と雪原の足跡「掌の童話」
のぞみさんは子どものころ、中国たいりくのとうほくぶの、とうじ まんしゅうとよばれていたところの 国境のちかくのまちに すんでおりました。
お父さまが たいりくの 鉄道のしごとに たずさわられていたからです。
お父さま、お母さまとのぞみさんの 家族三人で、たいりくにわたりました。
たいりくにわたってから、その土地の おばあさまに、おてつだいに きてもらうようになりました。
おばあさまは とてもやさしく しんせつなかたでした。
うす茶色のりくちがひろがっている そのまちは、のぞみさんがいたころは たいそう にぎわっておりましたが、のぞみさんの家は まちはずれにありました。
花や草木 といったようなものは ほとんどみあたらない土地にも、春には 白い 野薔薇が さきました。
空には、ひるまには おひさまと青空、夜は まんてんの星が みわたせました。
はるかとおくの 地平線あたりに 国境があるそうで、いくつかの うす黒い かまぼこのようなかたちのたてものがあり、いつも てっぽうをかついだ 異国の兵隊さんが あるいておりました。
のぞみさんは まだ おさなかったので、毎日 お人形さんとあそんだり 窓から 景色をながめたりして すごしておりました。
お母さまとおばあさまが、水餃子を つくって たべさせてくれました。
お父さまは 毎日 朝はやくにでかけ、夜おそくにかえってこられました。
きびしいかたでしたので、のぞみさんは お父さまと、ほとんど おはなしは できませんでした。
のぞみさんに とても 記憶にのこったことがありました。
吹雪の 翌日のことです。
冬には 氷点下に なります。
いまのように すぐれた だんぼうきぐはありませんでしたので 家のなかも、とても寒うございました。
夜には 雪と風がものすごく、おはなしで きいたおぼえのある 雪女が あれくるっているのではないかと おもわれました。
おそろしく、こごえて、おふとんのなかで まるまって、夜どおし 吹雪の音を きいたようにおもっていたのですが、いつのまにか ねむっておりました。
翌朝は 昨日の吹雪が うそのようにしずかで 晴れわたっておりました。
すきとおった空気には ダイヤモンドダストが キラキラとかがやいて 真っ白な雪原が まぶしく 窓から ながめられました。
その雪原に こちらから 国境にむかって 一本の 黒い あしあとが つづいていたのです。
とても ふしぎな こころもちがしました。
のぞみさんが おばあさまに たずねると
「オオカミのあしあとであります。オオカミは あのように あるくのです」と おしえてくださいました。
のぞみさんにとってふしぎなことでも、おばあさまにとっては あたりまえのことであったようです。
前の夜の あれくるう 吹雪のなかを、いっぴきのけものが トボトボと あるいてゆく姿を みたようにおもえました。
夏のある日のことです。
国境をこえて 兵隊がやってくるからと、お父さまは、のぞみさんとお母さまに、日本に かえるようにいわれました。
おばあさまにも おひまを だされました。
お母さまにおんぶされたり、きのとおくなるほど あるき、ぎゅうぎゅうづめの船で ようやっと日本の港につきました。
それから のぞみさんとお母さまは 汽車にのり 故郷へかえっていったのですが、ちょうど 富士山のみえるあたりで、のぞみさんは みじかい命をおえました。
薔薇の育種家であった のぞみさんのおじさまは、そのことをたいそうあわれんで、ながねん 品種改良をかさね 美しい一重の薔薇を 作出され、 「のぞみ」と なづけられました。
その姿は ちょうど 中国たいりくで のぞみさんがみた 野薔薇のように、つつましく かれんなのだそうです。
お母さまは 中国のおばあさまにおそわった 餃子の店をいとなみ くらしておられましたが、お父さまは シベリアに よくりゅうされたそうで かえってはこられませんでした。
註)大陸の雪原でオオカミの足跡を見た、餃子の店を営むおばあさんから作者が直接聞いた話と、「のぞみ」という薔薇を作出された育種家の方の逸話を合わせて、創作したものです。
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