【教育】拡張から淘汰へ―高等教育政策の自己矛盾と学問の行方
文部科学省が今回示した私立大学の選別方針は、単なる政策転換ではなく、これまで自ら推進してきた大学拡張路線の矛盾が一気に噴き出したものと受け止めるべきだと思います。大学数や定員の増加は偶発的に生じたのではなく、1970年代以降の高等教育政策の一貫した方向性でした。大学設置基準の大綱化、私学助成の拡大、大学を地域振興の装置として扱う政策など、文科省自身が「産めよ増やせよ」を主導してきた歴史があります。その総括がないまま淘汰に舵を切る姿勢は、どうしても「手のひら返し」に映ります。
今回の提言の中心には、理工農系分野の強化や産学融合、地域連携プラットフォームの構築などが掲げられていますが、これらは大学の多様性を尊重するというより、文科省が描く産業構造に大学を従属させる色彩が強いと感じます。特に理工系への転換は、設備投資や教員確保の難しさを考えると、文系中心の大学に対する事実上の構造転換命令に近いものです。
ここで深刻なのは、こうした政策が人文科学教育と基礎研究の持続性を危機にさらしている点です。人文科学は短期的な労働需要とは直結しにくいものの、社会の制度設計、文化理解、民主主義の基盤形成に不可欠な役割を果たしてきました。しかし、今回の提言では人文系の価値が体系的に位置づけられておらず、助成配分の重点化が進めば、研究基盤の弱体化や教員養成の縮小が連鎖的に進む可能性があります。基礎研究も同様で、産業界のニーズに直結しない領域は支援対象から外れやすく、長期的視野に立った知の蓄積が損なわれる懸念があります。
また、知事と学長が人材需要を共有する「地域連携プラットフォーム」は、一見合理的に見えますが、自治体の短期的ニーズに大学が左右され、研究の自由や学問領域の多様性が損なわれる可能性があります。大学を「地域の人材供給装置」として扱う発想は、大学の自治を弱め、特に人文系・基礎研究のように成果が長期的に現れる領域を周縁化する危険があります。
さらに、100法人への経営指導の強化は、事実上の「破綻予備軍リスト」の作成に等しく、行政が淘汰の主導権を握る体制を整えるものです。助成金の重点化や再編・統合の促進は、大学の自主的改革を促すというより、行政が望む方向へ誘導する圧力として作用するでしょう。その結果、短期的な「役に立つ学問」が優先され、人文科学や基礎研究のような長期的価値を持つ領域が切り捨てられる危険が高まります。
最大の問題は、こうした淘汰政策が、拡張政策の失敗に対する行政の説明責任を曖昧にしたまま進められている点です。大学乱立を促したのは文科省であり、大学誘致を地域振興策として推進したのは政治であり、少子化対策に失敗したのは政府全体です。にもかかわらず、淘汰の責任を大学側の努力不足に帰す構図は、政策史的に見ても不誠実と言わざるを得ません。
本来必要なのは、大学拡張政策がなぜ失敗したのかという総括と、人口動態・産業構造・地域社会の持続性を踏まえた長期的な高等教育ビジョンです。特に、人文科学教育と基礎研究を社会の基盤としてどう維持するかという視点が不可欠です。今回の提言は、大学を「供給過剰の調整対象」として扱う短期的な発想にとどまり、政策の自己矛盾を覆い隠したまま淘汰を進めようとしています。高等教育の将来を考えるうえで、行政の責任と学問の多様性を守る視点が求められていると考えます。
