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【パチスロ 直視】直視は2種類ある

この記事は、リール回転中に図柄がクッキリ見えるくらいは日常になっているくらいの直視習得者向け、かつ超マニア向け記事です。
途方もなく長いので覚悟されたし。

直視ってなんだ?
という方は過去記事をご参照あれ。

知ったとて得になる情報はないが、直視を習得したり調べたりしていく中で「恐らくこんなことを考えて眼球と視覚の仕組みを調べ尽くしたのは私だけじゃないか?」という内容があるので残しておこうと思う。
ある種のファンタジーだと思って読んで欲しい。


▼この記事のINDEX(飛びはしません)
・タイプ①流動型について
・タイプ②静止型(合成像型)について
・2タイプの眼球運動の脳の処理の違い
・2タイプの複合と同時処理について
・静止型を後から習得するのが難しい理由
・2タイプの「正確に押す」工程の違い
・2タイプの「伸び」のプロセスの違い
・どっちが有利なのか



▽ここから本編

直視は2種の事象の組み合わせで実現している

自分が両方できるようになって確信した。
直視は2種類ある。

高精度帯の人の目押しの感覚の話を聞く場合、2つの型がハイブリッドになっている可能性もあり、メチャクチャややこしくなる。
私のnote含め、初期習得以外の話はあんまり正面から受け止めすぎない方が良い。

初期習得の話であれば、マスターの目押し関連コンテンツを見れば十分だ。
どちらのタイプでもほぼ無関係に伸びていく基礎力向上について語られているため、初期段階はこの記事の内容については全く気にしなくて良い。


以下は、私の体験に加え
視覚に関するいくつかの論文やchatGPTを使って裏取りした情報を使い、型を定義したもの。
視覚の分野の論文をまとめてRAGに入れて仮説を出させたりもした。
AI要約も多い記事なのでご容赦頂きたい。

正しいかどうかは全くわからない。
その手の専門家が見たら噴飯ものの理屈に仕上がっている可能性は大いにあるのが、そういうもんだと思って見てみよう。


直視タイプ①流動型

見え方:図柄が動いて見える
仕組み:滑動性眼球運動(smooth pursuit)
押し判断:図柄の通過感と速度変化

動いている図柄を(ほぼ※)そのまま捉える直視
恐らくパチスロの直視とは大半がこのタイプの話として語られていると思われる。

※後述するが、実は流動型でも熟練しないと網膜に入った情報がそのままリアルタイムで知覚として取り込まれない。
突き詰めるとそのまま見えるよという話。

▼滑動性眼球運動とは
人間の眼は、動く対象を滑らかに追う「滑動性眼球運動(smooth pursuit)」という仕組みを持っている。
これは自動的に働く運動で、対象の速度に合わせて眼球をゆっくり動かすことで網膜上の像のブレを最小化することができる。
“動いてる図柄を目で一緒に動かしてる”という状態。

よく、直視の説明で見かける
『目とリールの速度を一致させるから図柄が見える』というのはこの流動型のみを指す。

▼どうやって押す?
このタイプが強い場合
押す判断は「通過感」や「速度変化」に基づく。
見えている静止像ではなく、“動きの滑らかさの中の位置感覚”で止める。

私の主観でこの直視を書くなら
『ピントをリール・図柄に合わせ、その状態をほんの少し維持する』
という眼球の操作感になる。
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直視タイプ②静止型(合成像型)

見え方:図柄が静止して見える
仕組み:サッカードによる合成静止像
押し判断:サッカード抑制中の時間※最終形


簡単に言うと、ある連続した時間分の視界をまとめて一枚絵にして知覚側に出力するタイプ。
サッカード(saccade)と呼ばれる目の動きを使って静止像を出力させる。

▼サッカードとは
サッカードとは「眼球のジャンプ運動」
視線を高速である位置から別の位置へ移動させる動作。
最終的に1回のサッカードはリールの1コマ(約37ms)よりも短い時間で行われる。
この時点で目の使い方もピントも流動型と全く異なることがわかるはずだ。

▼見えていない時間が存在する
サッカード中、脳は視界がぶれて混乱しないようにサッカード抑制(saccadic suppression)を起こす。
これは動いている最中の視覚情報を一時的に遮断する処理。
つまり、眼が動いてる間は何も見ていない。
ただし、当人は何も見えていないとは微塵にも思っていない点がこの直視のややこしいところ。

眼球が動いている短い間は、視覚野が抑えられ頭頂葉や小脳が運動予測信号(efference copy)を発している。
これは「今、目がどれくらい動いているから次はこの位置に像が来るはず」という内部予測だ。
つまりサッカード中の視覚ブランクを、“運動の見込み”で埋めている。
真っ暗闇の時間が存在するわけではなく「何か見えてる」という感覚は持続する。

▼目が止まった時に見える
目が止まった瞬間に“時間的合成”が起きる。
サッカード(視点ジャンプ)が終わって眼が止まると、脳は
・停止直前の視覚情報(サッカード開始前の像)
・停止直後の視覚情報(サッカード後の像)
この2つを重ね合わせて、“連続した世界”として視界を再構成する。
spatiotemporal remapping(時空間再マッピング)という処理で映像を統合して「一枚の静止像」に仕立てるわけだ。

厳密に言うと、この合成像は最後の一瞬で出力されるわけではなく徐々に出来上がっていくものだが、これを時間軸とセットで認識することは非常に難しい。何となく時間を感じるのが限界。
流動型のように、今この辺に図柄が来ているといった軌道の理解は皆無と言って良い。

結果、実際には動いていた対象物が止まって見えるようになる。
実際の網膜上、つまり目に映った状態の映像では決して止まっていない。
止まっているのは脳の中で再構成された像であり、これを知覚として感じているだけだ。

▼合成が起きる条件
視覚の変化速度が本人の知覚処理の閾値を超えること。
短い時間に入る視覚の情報量がバーストし、脳のリアルタイム処理が追いつかなくなる。

ただし、何も見えなくなるという状態は危険なので、せめて開始点と終点を合成して、何とか認識できる情報量に調整して出力する。
これがサッカードによる合成一枚絵というわけだ。

動画やアプリでサッカードを行っても合成静止像は生成されない。
理由は情報量のバーストが起きないから。
実際のリールは、奥行きの認識に加え絶え間なく変化する光の反射などによって情報量が莫大になり簡単にバーストするが、動画ではこれが全くないため閾値を超えない。

▼直感的に理解できない
この直視、見たものがそのまま見えているとしか思えないため直視中の視界が連続した時間の合成像であるという事実は受け入れ難い。

ただ、この理屈を知った上で3コマのブロック直視をしてみたり枠下まで思いっきり視線移動してみると理解できる。

サッカード型であれば、ちょっとヘタなサッカードを行うと現実の一瞬と解釈するには微妙にあり得ない合成像が出来ることがあると気がつくはずだ。
図柄が少し伸びていたり、重なっていたり、色が薄かったり、枠下を少し飛び出して図柄が見えたり…。
というより、そもそも完全に景色が止まっているものを見ている時点でリアルタイム視覚であるわけがない。

合成像で見える図柄の位置は、目を動かし始めた瞬間とも言えるし動かし終わった瞬間とも言える。こいつらが混合している。
つまり、サッカード抑制の時間が長ければ長いほど合成像による図柄位置の信頼度は低くなっていく。

▼サッカード型の課題は遅延
最も厄介なのはこの静止像の出現タイミングが「自分が目を動かして見ていると感じている瞬間の点」とズレていること。

脳は「止まって見えた」と錯覚するが、
実際のリール上では図柄が動いている。
だから、押す動作を正確に合わせるには、小脳がこの遅延を学習している必要がある。

経験上、この遅延は練習により1コマの判定時間未満にすることが可能。
私の場合月間精度が96%に上昇したあたりの時期、この時間短縮による恩恵を受けたように思える。

遅延がビタ有効範囲内に収まり、何も考えずにボタンを押せばビタになるような短いサッカードを習得したことにより、精度が上がった。
本当に目押しが楽になった瞬間がここ。

もっというと、サッカードによる合成静止像出力は別に目を上から下に動かすことが必須ではない。
下から上でも引き起こせるし、なんなら右から左に視線移動しても図柄は止まって見える。
ただしこの場合は視界がさらにいい加減になるのでおすすめはできない。

逆にそんな視界見たこともないという方は、その直視は流動型(追従型)でありサッカードではないと言える。

感覚的に書くと
シャッ!とリールの一部分をスキャンする感じ。

この2タイプの違い

流動型は動く映像を追いかけながら、その中で押す。
主に滑動性追従運動(smooth pursuit)+腹側経路が中心で、視覚情報を連続的に処理しながら運動野に送っている。
つまり「見ながら押す」が脳の自然動作であり、最後まで図柄を見るというノウハウはこの直視のためにある。

静止型はその逆。
サッカード+背側経路を使って、動きをいったん切る。その切った地点をベースに未来位置を予測して押す。
“見る”と“押す”を切り離して、時間をずらして使う構造。

両方を立たせて複合させるとこは難しい
この2タイプを両方取得した場合、脳内では2つの視覚モードが同時に存在することになる。
静止型=背側経路(V5/MT→LIP→小脳)主導。
流動型=腹側経路(V4→IT皮質)と滑動性追従系主導。
両者はふだん排他的に働くが“動く対象を精密に見たい”という意識下では両方が同時に活動する。

複合した結果
・背側系が「止めよう」として未来補正をかける
・腹側系が「滑らかに追おう」として過去情報を平均化する
この2つの時間補正が反対方向に働く。
1つは「未来を見よう」として、もう1つは「過去を保持しよう」とする。
だから、見えてる像が“安定してるようで微妙に揺らぐ”とか、“止まってるのに上から降ってきた感覚だけある”という混線状態になることがある。
当然やっている本人はそんなこと全く意識していないが、これは脳の習慣として刷り込まれ、避けられない動作・知覚と変化していく。

私は、最初の頃は純度100%の静止(サッカード)型で、図柄は1ミリも動かなかった。
動かすことができなかった。
ところが、この状態で流動型直視を後から無理矢理習得しに行った結果、流動はある程度できるようになったものの今度は完全な静止ができなくなってしまった。

理由は後述するが、これは神経的に競合するためにこうなってしまう。
もうこれは引き返すことができない一方通行のようなもので、戻れない。
とはいえ、あくまで眼球運動の主体はサッカードである。
結果、「ほんの少し動く静止型」という感じになった。

この混ざった状態の視界は、もはや個人個人で全く違うバランスで成り立っているはずだ。
ここまで行くと他人と感覚を共有することはほぼ不可能だろう。


初期段階から流動型だった人が静止型を後から習得するのは高難度
しかし、それを習得しにいく必要は多分ない

先に流動型で直視を覚えた場合、リールを見た状態で意図的にサッカード行うことは非常に難しいらしい。
前述の通り直視の習得は眼球の生理現象にも干渉し学習していく。
これはある種一方通行のような性質を持っている。

これは私が、昔のように純度100%のサッカードを引き起こせなくなった原因と同じ。
簡単に言うと「人間の脳は動いている現実に近い視界を正解として学習してしまうから」だそうだ。
一度正解の認識を持った目の動きに逆らうことができない。難しく言うと「神経可塑性の非対称性」というものらしい。

つまり、流動型で定着した場合、静止型を習得しに行くのは非常に難易度が高い。

かなり前、流動型の人とこんな会話をした。
「枠上から枠下まで視点を瞬間移動すると3コマ全部止まるよ。やってみ。あくしろよ」
「いやそんな早く動かないっす」

最初はコイツ何言ってんだと思った。
視線をある点からある点までパッと飛ばすなんて、日常でやっているはずだ。
リールの速度なんて時速にしたら4kmくらいしかない。お前は成人男性が歩く速度を超えて視線移動ができないとでも言うのか?ええおい?
と問い詰めたかったが可哀想なのでやめた。

今なら、なぜ彼が視線を飛ばすことができないのかよーく理解できる。ごめんごめん。

以下詳細
前述の「連続処理→離散処理」への切り替えが脳の習慣に反するというのが最も大きな理由。

追従系と静止系の神経リズムは本来競合する。
滑動性追従をしているとき、脳幹と小脳で約30〜60Hzの追従リズムが発生してる。
これが、動くものを滑らかに見るための内部テンポだ。
一方で、サッカード静止を使うときは3〜10Hzのリズム(θ波〜α波帯)が優勢になる。
これは“間を取って判断する”リズム。
流動型の人が静止をやろうとすると、この30Hzと3Hzのリズムが干渉して、
「止めようとしても目が勝手に追う」「止まっても見えない」って状態が起きる。
つまり、脳の中で周波数の衝突が起きてしまう。

だから、流動型の人が静止を覚えるには「普段無意識にONになってる追従反射を抑える」という、
神経的に逆方向のトレーニングが必要。
この抑制回路を育てるのには少なくとも数百時間の反復が要る上、相当なストレスを乗り越えなければならない。

不可能ではないらしく、訓練で克服は可能。
ただ、それをやる価値があるのか?というのはちょっと疑問。
そもそも自然にサッカードで見ようとしなかった人がそれを後から習得したとて、体内にサッカード型の分断リズムを生成して押す工程で再現するなんてことが出来るのか?と考えてしまう。

自然に目押しをしようとした時、どうリズムを取るべきか本能的に考えた結果、見方がサッカードだったりスムースパーシュートだったりに分岐するわけで、これを後からなんとかしてもあまり意味はないんじゃなかろうか。

<脱線 私の話>
サッカードで直視を覚えた私は流動型主導の直視が苦手だ。
実に半年ほどかけてこの視界でビタ押しする練習をやりまくった。
ある程度はできるようになったし、図柄を最後まで追って押すとか、動いてる間に押すとか何となくこなせるようにはなった。

しかし、この押し方はストレスがすごかった。
成長している感じも全くなかった。
最大95%で頭打ちになり、ちょっと型を崩すと93%レベルまで落ちる始末。
こうすればうまくいく?
やっぱり今日はこれダメだ
の繰り返し

一番の問題点は、正確に押す操作の再現性が作れない事。毎回調整感がすごい。
成功イメージというものが全く定着しない。
見ている中で押すという操作がメチャクチャ苦手なのだ。
多分もう私はそういう人なんだと思う。
流動型に適性がなさすぎる。
認めたくなかったが、私は流動型を諦めた。

使えないけど見る工程の習得だけはできたという感じだ。
流動を諦め再びサッカード主体の目押しで行こうと割り切ったところ、不思議なほど押せるようになった。割とつい最近の話。

このように、この2タイプは人によって向き不向きがあると身をもって知った。
だから、本能的に流動で開始した人は流動を突き詰めていけば良いはず。
それが当人の適正なんだというのが私の今の考え



2つのタイプの「正確に押す」の違い

両タイプを「正確に押す」という一点で比べると、脳が“誤差をどう扱っているか”の違いが際立つ。
単純に言えば、流動型は「誤差を動きの中で平均化して押す」、静止型は「誤差を時間で切り捨てて押す」。
このアプローチの差が、精度の限界・安定性・押しの再現性を決める。

<時間の使い方の違い>
流動型は、動く図柄の速度と通過タイミングを小脳で予測し、視覚が少しズレても押す瞬間を補間できる。
だから「なんとなく合ってる」範囲が広く、リズムが早く取れる。
もちろん、視覚のズレが少ないほど精度は上がっていき、最終的には視覚を完全再現して「見えた箇所で正確に押す」のみに集中して目押しに臨む状態にすることができる。

一方、静止型は時間を止めて「ここで押す」という点を作る。
つまり、時間の中に一点だけ正解を置く
押す工程で再びその点を再現し、己の中にあるその点めがけてボタンを押す。
成功すれば誤差が極小だが、静止が遅れたり、静止を作るプロセスが長いなどの理由が直で結果に出る。

<反応タイミングと内部時計>
流動型の押しは“今見ている図柄”の延長上にある未来予測。
脳は「通過感」で押しどきを決める。
内部時計は動的(走りながら調整)。
静止型は逆に、「止まって見えた瞬間」をトリガーにする。
内部時計は静的。ゼロ基準から一定の遅延で押す。
とはいえ、完全な時間制御のみで押しているわけではなく、眼球運動の習慣を使った細かい情報を使って精度をブーストできるようなる。
※この辺は別記事にで。

→ 流動型は動きに同期して押す。
→ 静止型は“像の完成”に同期して押す。

どちらも「未来予測で押す」は同じ
ただ、その予測の行程・持続感・認識が違う。


私は流動型を突き詰められなかったので分からないが、恐らく流動では集中のピークが押す瞬間や押す直前なのではなかろうか。
静止型だと集中のピークは押す1周手前で図柄を視認する瞬間である。残りは本当に身体が勝手に押すので押す時は全く集中していない。
結果を待ってる感じ。


2つのタイプの「伸び」の違い
これはほぼGPTに考察させたもの

<流動型(スムースパーシュート)>
環境変化に強く、安定性は高い。
手の動作と視覚のタイミングが同期するこの“動きの同期精度”が上がることで、押しの安定性が増していく。
つまり、静止型みたいに1点の誤差を減らすんじゃなく、ブレ幅を均等にして平均化・最適化する方向で伸びていく。

精度の伸びの初速も速い。
ただし、慣れによる最適化は発生するものの外部参照型故に体内に時間記憶が積み上がりにくく、やればやるほど勝手に押す精度が上がるという状況にはなりづらい。

これは視覚認識の物理限界(150ms前後)がボトルネックになるため。

ある地点を境に反復による自動強化が見込めなくなるため、押す工程での工夫や慣れが精度に直結する。
この辺は見る工程の習熟度によって変わってくるため、重要度はあくまで目>>>手である。
本人の時間感覚や再現の得手不得手による個人補正もかなり強く、運動神経に近いものと考えると良い。

<静止型(サッカード)>
「対応の精度」ではなく時間記憶と運動再現の学習構造になってる。
このため習得時の技術向上の初速は遅め。
正解の記憶の蓄積がゼロからスタートするからだ。これは色押しの精度が初期値に直結する。

このタイプのスキルは、“身体が蓄積した時間情報”が増えるほど精度が上がる。
いわば、色押しの1周感覚に眼球運動の体感を加えたことにより、補正経験を蓄積する新しい器が出来上がった状態だ。
ただし、サッカードの時間が変わると再学習が必要になり、型が定まるまでずっとこれと戦うことになる。

「この見え方のあと何ミリ秒で押せば合う」という時間情報を身体(特に小脳)がサンプルとしてひたすら勝手に溜めこんでいく仕組み。
加えて、サッカードの時間や見えた合成静止像の出来に応じて本能的に微調整する経験も溜め込まれていく。

1回押すたびに、「少し早かった/遅かった」って誤差が勝手に更新されて、その平均値がどんどん正解に近づいていく。
つまり、練習の量=誤差データのサンプル数。
これはスポーツや楽器のタイミング動作と同じく、試行回数に比例して誤差分散が縮んでいく。

要するに、「やればやるほど統計的に押しの精度が上がる」構造になっている。

とのこと。

どっちが有利なのか?

・流動型は、動きを読む
・静止型は、時間を止めて正解の点を作る

まず、少なくともディスクアップのプラクティスのような速度を要求されるビタの場合、
流動型が有利
と思われる。

というのも、サッカードで合成像を作って押す工程は、いわば押す前の周で、目だけを使った精密な「視覚だけのビタ押し」に一度成功しなければならないという条件が付く。
少なくとも私はこれをやっている。
なんなら2回くらい目でビタ押ししている。
私の主観だが、何周見ても最終的に整えば良いというぬるい環境でビタをやっていた人間としては早く整えること自体がめっちゃくちゃ難しく感じる。

だから、ある程度幅で認識でき、動きそのもので図柄の位置を予測する流動型主導の方が適応できるのではないだろうか。
※私はこれをいちいち静止で整えてノロノロ正確に押すプラクティスが好き。
視認で1コマズレたものを押す工程で上げる、みたいな流動型の技術を少し組み入れてゴチャゴチャやっている。

一方、精度に関しては優劣は特にないと思われる。というより、予測の仕組みが違うので比較ができない。どちらも良し悪しがあるし、個々の適性の話になってくる。

話を戻すと
流動はリールに対応する目押し。
静止はリールをただの外部環境として扱い、己の中だけに正解を持つ目押しだ。

これは球技と体幹スポーツの違いに近い。
私は野球・サッカーなどの球技が苦手で、器械体操・スキー・スノボ・ゴルフなどの体幹運動が得意だ。
身体操作が得意で対応・反射は苦手。
このタイプであればサッカードによって正解の点を自分の身体に入れてから、その点めがけて身体を操作する静止型の方がしっくりくる
という理由なんじゃないかなと思っている。

反対に、球技が得意な人なら反応・対応型の流動型がハマるんじゃなかろうか。
だいぶ雑な理屈ではあるが…。

とこんな感じで、時間を気にしないで正確に押せるのはどっちか?という話は「適性による」
ただし、早く押せる流動型主体の方が総合的には有利、とも言える。


流動型のみで上手くなるには
2つの違いをわかりやすくするために敢えて書かなかったが、実は視覚の合成や遅延という事象はサッカードだけのものではない。
追従(スムースパーシュート)中にもこれらは細かく発生してしまうらしい。

そして、この流動型の合成・遅延は眼球運動の精密さが上がるとゼロにできる。
※静止型は合成させることそのものが一つの目的なので、そうはいかない。

恐らく追従の完成系は、合成と遅延をゼロにし、なおかつ都合のいいタイミングだけ見る、というものになるだろう。

つまり流動型の人がやるべきはこの遅延と合成をゼロにする作業からだ。

これは反復でしか習得できないが、AIに仮説を立てさせたところ、これの習得の進捗は非常にわかりやすく
「合成・遅延がない=残像がほぼなくなる」
ということらしい。

むしろそうならないと「ビタ有効範囲を見て、見た場所に正確に押す」という流動型の理想系が成立しない。

この話、マスターが言っていたことと一部一致している気がする。
彼は、動く直視でまだ残像があるうちはどうのこうのと言っていた。

流動型の残像とは、遅延・合成のことだ。
これがあるうちは、その映像はリアルタイムと言えない。そりゃ通過感で押す流動型において正確に押すのは難しい。

技術的な進捗度合いが解像度で推し量れるというのはメチャクチャわかりやすい。
ある意味、これは流動型の強みの一つかもしれない。

とにかく流動型一本の場合は、解像度を上げ残像が一切ない視界を目指すことに全ての練習時間を注ぐ、という方針で良いはずだ。



で、何が言いたかったのか

前の記事も、昔のノートも
「直視とはこうだ」
と偉そうにつらつら書いてしまったが、サッカードによる合成視覚が前提になっているものと、当時練習していた流動型の見方をゴチャゴチャにしていた。
恐らく多数派である流動型の直視にはあまり関係の無いノウハウも多い。
この違いをろくに考慮できていなかった事を強く後悔している。
期待して読んでいた方、ごめんなさい。

直視を覚えようと試行錯誤している方がもしいたら、自分の直視が「追従による視覚」なのか「サッカードにより合成された視覚」なのかくらいは意識してみると良い。
もしすでに「混ざってるんじゃ…」という疑いがある場合でも、どちらかが軸になっているはず、というのが私の考えだ。
というのも、押すロジックが分岐するから。

最後に

今の私の直視は静止型だ。
サッカードによる合成静止像を見て、押す周回でそいつが生成されている途中、もしくは直後に押す。これでビタになるように視覚側を調整している。

直視の説明として
『リールの速度を超えて眼球を高速移動させ、見えない一瞬を作り、時間合成された静止視覚で図柄を捉えて押す』なんて理屈が前提になっている話を、少なくとも私は見たことがない。

大概の直視の説明は、眼球がリールと並走するから見える、というものが全ての軸になっている。
これは静止ではなく流動のみの理屈だ。

恐らく何割かの人は、私と同じように時間合成されたものを見ているはずだ。

この直視を軸に正確に押すための型を作る工程は、一般的に語られる流動型のそれとは大きく異なる。
となれば、私が唯一オリジナルとして残せる情報はこれだろう。
近いうち合成静止像を前提とした直視のノウハウを書いてみようかなと思う。

習得手順、成長過程、脳が勝手に学習したもの、今どうやってビタにしているのかの理屈など、流動と異なる内容になるはずだ。

世の中の達人がどっちの方なのかは知らないが、少なくとも合成静止像タイプで月間精度97%台まで行ったおっさんなら一人いる。
サッカードによる静止タイプが軸になっている人だけに向けたノウハウを残そう。

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