豆領事・ユースデン
函館駐在・英国領事リチャード・ユースデンは
幕末から明治にかけ14年間の長きにわたり
領事をつとめた

英国と函館のかけはしになり
人柄がよく体も小さいので
「豆コンシロ(consul・領事―豆領事)」の愛称で
市民に親しまれた

1968年(明治元)
旧幕府軍が蝦夷地に上陸し箱館戦争が勃発
榎本武揚は
箱館占拠の直後
英国領事ユースデンと会談した
榎本は
「徳川家の石高がわずか70万石となり
多くの旧幕臣が路頭にまよう窮状を打開するため
蝦夷地の開拓が必要」だと
その策を箱館入港中の英仏艦の艦長に
新政府との仲介をとってほしいと打診した
領事は
「軍艦と武器一切を新政府に渡さなければ
徳川家による蝦夷地の開拓が許される見こみは薄い」と
榎本へ助言した

明治になってから
「病の人には病院が必要なように
健康な人には養生所 公園が必要」との
領事のよびかけに市民も開拓使も賛同
豪商が資金や樹木などを寄付 し市民もモッコをかつぎ
1879年(明治12)
函館山のふもとに洋式の函館公園が開園した
桜の名所として今も市民の憩いの場である
ユースデンが母国へもどるときには
市民こぞっての送別会が
この函館公園でひらかれた
