見出し画像

物理的な圧がかからないと満足できない

これまでと違う環境で、理学療法士を始めました。
そうしたら、患者の求めるものも変化します。
そこは「マッサージ」のような関わりを望む層が多いのです。

そこの理学療法士が、「正直かなり悩みました」と言われていました。
じゃあわたしはどうか?
「ならば、リラクゼーションを極めよう」
『郷に入れば、郷に従え』こんな時に使う言葉ですね。

リラクゼーションと言っても、どこをどうアプローチするのか?
手順などはなく、相手に応じて状態で組み立てるのですが。
よく言われます、「もっと強く」ってね。
理学療法士としては全く恵まれていない体格、小柄な私は全体重を乗せても
「もっと強く」を満たすことはできません。

ここから声を最大にして言いたいのですが、
「そもそも、からだに逃げ場がないのに、強く圧すのはよくない」。
これはからだを更にいじめている行為です。

ここで、かんがえていきたいのですが、
「なぜ人は強圧を好むのか」という点です。
これは以前音叉マッサージを紹介した先で言われた「触れて欲しい人が多い」という点とつながります。

強圧を好む最大の理由として、感覚がマヒしている事です。
からだを感じることが出来なくなっている、痛くないと触れられていると感じられない、だから痛いくらい触られないと緩んだ「気分」になれないことです。

ただ注意しないといけないのは、「痛み」は生存反応の中で、「回避」しなければならない刺激です。それを「気持ちいい」「良くなってる」となるこの状況、だいぶ良くないです。

痛みは逃避と言いました。痛みを生むと、逃避が起こります。
「気持ちいい」とどこか安心感が得られますが、からだのどこかに、確実に「逃避」が起こっています。

例えば、筋や骨格、周辺の軟部組織が痛いと感じられないなら?
「痛い」刺激は、もっと深く、感じることが出来ない「臓器」へたまるかもしれません。

「臓器だって感じることが出来る」と思いますか?
その時は目に見えるものになっているので、待っているのは外科的なものか、内科的なものか、でしょうね。

そして、圧は強くなくていいけれど、「触れて欲しい」「動かしてほしい」と思うことがどういうことなのか。

触れると人は安心します。赤ちゃんがそうですよね、泣いて抱っこしてもらって、安心して眠れる。つまり、触れてもらうというのは、存在を認めてもらう、愛をもらうという行為でもあります。

なので、自分の存在を触れられることで確かめて、安心したいという心理がそこにはあります。自分への愛を外に求めている状態です。「誰かに自分を大事にしてもらうことで、自分を大事にしていると感じられる」ということ。

そんな状態の人達に、振動でゆるむ音叉マッサージやかざす音叉セラピーなんて「信じられない」ということなのです。

だから、なかなか音叉セラピーが浸透していかないのよね、と思った出来事でした。
とても深い気づきが「強圧を求める世界」にはありました。そして、今の場所で働くようになったことには意味があるんだなと思いました。

「全てはつながっている」、そこから何を得るのか、私は地に足をつけてやっていきたいと改めて思ったのでした。


いいなと思ったら応援しよう!