「インフルエンザはドル箱なんです」85歳の元国立公衆衛生院幹部が静かに暴く、ワクチン政策の裏側と「断る権利」の危機
「ワクチンが必要なものの条件は、病気が重篤である事。軽いものを予防する必要なんてないんです。」
この言葉を、医学博士で元・国立公衆衛生院疫学部感染症室長だった母里啓子さんが、静かに、しかしはっきりと語っています。2019年の講演時に彼女は「もう引退させてほしい」と言いながら、やめられないと打ち明けます。なぜか。日本のワクチン行政が、戦後で今が一番厳しい局面に入っていると、肌で感じているからです。
私たちが日常的に「予防のため」と受け入れてきたインフルエンザワクチンや、さまざまな接種の裏側に、いったい何があるのか。母里さんの言葉と、彼女が長年関わってきた「ワクチントーク」の歴史を手がかりに、少し掘り下げて考えてみたいと思います。硬い専門用語をできるだけ避けて、誰もが自分ごととして感じられるように書いていきます。
ワクチンが本当に必要な条件とは何か
母里さんが繰り返し強調するのは、とてもシンプルな基準です。
「病気が重篤である事。軽いものを予防する必要なんてないんです。」
インフルエンザは、確かに一部の高齢者や基礎疾患のある方にとっては重い結果を招くことがあります。しかし、健康な子どもや大人の多くにとっては、数日寝ていれば治る程度の病気です。それなのに、毎年のように「打たないと危ない」という空気が作られ、学校や職場で接種を勧められる。このギャップに、母里さんはずっと疑問を持ち続けてきました。
かつて日本では、インフルエンザワクチンを学校で集団接種する政策が長く続いていました。母里さんたちが草の根で続けた「ワクチントーク」という活動は、その実態を丁寧に伝え、結果として学校現場から実質的に追い出すことに成功しました。接種者数が年間わずか6万人まで減った時期もあったそうです。これは、数字だけ見ると小さな成果に見えるかもしれません。でも、行政が推進する政策に対して、市民の側から「本当に必要か」と問い続け、実際に流れを変えた歴史的な事例です。
ところが今、その実績がなかったかのように、再び「接種率を上げる」ことが国家的な課題として位置づけられています。インフルエンザワクチンの接種率が43%、高齢者の肺炎球菌ワクチンが30%台であることを「由々しき問題」と捉え、100%に近づけようとする動きがある。ここに、母里さんが危惧する「大きな転換点」があります。
「どう宣伝したら国民が打ってくれるか」を議論する場
母里さんが語る中で、特に印象的なのが、インフルエンザ・ワクチン需要検討会での光景です。
「どう宣伝したら国民が打ってくれるか」を議論するんです。どうすれば病気を防げるかなどではなく。
この一文は、かなり重い意味を持っています。本来なら、感染症対策の会議では「流行をどう抑えるか」「重症化をどう防ぐか」「自然感染と接種のバランスをどう取るか」といった科学的な議論が中心になるはずです。ところが、実際に話されているのは「どうすればもっと多くの人が打つか」という宣伝戦略の方だったというのです。
母里さんはこれを、こう表現します。
「インフルエンザは政策です。」
「インフルエンザはドル箱なんです。」
検査で儲け、予防接種で儲け、薬で儲ける。この三つの流れが、ひとつの「ビジネスモデル」として成立している、という指摘です。病気そのものを減らすことよりも、病気に関連する検査・接種・治療の市場を維持・拡大することが優先されているのではないか。そう感じさせる言葉です。
もちろん、製薬会社や医療機関が利益を追求すること自体を全否定するつもりはありません。医療も経済活動の一部です。ただ、公衆衛生の名の下に「国民全体の接種率を上げる」ことが目標化され、個人の選択が後回しにされるとき、そこには危うさが生まれます。母里さんが危惧しているのは、まさにこの点です。
「断る権利」はどこへ消えたのか
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