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14歳と4歳の兄妹だけで、君たちはどう生きるか?|54歳ではじめて『火垂るの墓』を見た私の映像回顧録|『火垂るの墓』を自分の人生に持ち帰るために


【映像回顧録 No.V00001】
 表題1:14歳と4歳の兄妹だけで、君たちはどう生きるか?
 表題2:54歳ではじめて『火垂るの墓』を見た私の映像回顧録
 使用 :自分の思考、ChatGPT
 目的 :世界の見方を変えて、体験を資産と捉えること
タイトル:「火垂るの墓」
作品形態:映画
 原作 :野坂昭如
 監督 :高畑勲
制作会社:スタジオジブリ
 配給 :東宝
 配信 :NETFLIX
鑑賞回数:1回




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14歳と4歳の兄妹だけで、君たちはどう生きるか?

54歳ではじめて『火垂るの墓』を見た私の映像回顧録

ずっと見ることを避けてきた映画があります。

『火垂るの墓』です

名前はもちろん知っていました。
名作だということも知っていました。
一度は見ておいたほうがいい作品だということも、どこかでわかっていました。

しかし、私は54歳になるまで、この映画を見ませんでした。

理由をうまく言葉にできなかったのですが、たぶん「怖かったのだ」と思います。

「映像が怖い」というより、『自分の心がどこまで揺さぶられるのか』が怖かった。

見終わったあと、『自分の中に何が残ってしまうのか』が怖かった。

  • 戦争

  • 家族

  • 子ども

  • 別れ

  • 守れなかったもの

そういうものが入っていると知っていたから、簡単には観ることができませんでした。

しかし、2025年の夏、私は、ようやくこの作品を観ることにしました。

今年は、自分にとって、避けてきたものに少しずつ向き合う年だったからです。

  • 今まで後回しにしてきたこと

  • 見ないふりをしてきた感情

  • 言葉にできないまま置いてきた記憶

そういうものを、少しずつ拾い直したいと考えていました。

だから今回、『火垂るの墓』を観ることにしました。

これは、映画の正しい解説ではありません
作品を評価する文章でもありません

54歳の私が、はじめて『火垂るの墓』を見て、何を感じ、何がわからず、どこで立ち止まったのか。

その記録です。

そして、同じように何かを見たあと、心の中に言葉にならないものが残ったことのある人へ向けた文章でもあります。


見終わって、最初に出てきた言葉

見終わったあと、最初に出てきた言葉は、

「今の私で、観てよかった」

10代で見ていたら、きっと受け止め方は違ったと思います。
20代なら、悲しみや怒りのほうが強かったかもしれません。
30代なら、親の立場に近づきながらも、まだどこかで目をそらしていたかもしれません。
40代なら、家族を守ることの重さに目が向いたかもしれません。

そして54歳の今、私はこの映画を観て、何度も思いました。

わからない・・・・・

  • 清太の気持ちが、わからない

  • 節子の本当の心が、わからない

  • あの時代の空気が、わからない

  • 自分が同じ場所にいたらどうしたのかも、わからない

しかし、その『わからない』が、『とても大切なもの』として残りました。

感想を書くとき、人はつい、何かを理解したようにまとめたくなります。

しかし、この作品については、『簡単にまとめてはいけない』気がしました。

わからないまま、胸の中に置いておく・・・

そのこと自体が、この作品との向き合い方なのかもしれない。

そう感じました。


蛍の光が、苦しいほど美しかった

冒頭、蛍の光の中から清太と節子が現れます。

その映像は、美しいのに苦しいものでした。
その映像は、苦しいほど美しかった。

清太が節子の肩にそっと手を置く。
その表情は、笑っているようにも見えるのに、どこか無理をしているようにも見えました。

  • たった少しの口元

  • わずかな目の動き

  • 静かな姿勢

それだけで、『言葉にならないもの』が伝わってきます。

美しい場面なのに、心は落ち着きませんでした。

  • きれいなのに、苦しい

  • 静かなのに、胸がざわつく

この映画は、最初から最後まで、その感覚が続きました。


自分がその場にいたら、何ができたのか

空襲の場面を見ながら、私は考えました。

自分がもし、その場にいたら、どうしただろう?

しかし、すぐに思いました。

本当にその場にいたら、考える余裕などなかったのではないか?

私は安全な場所で映像を見ています。
だから想像できます。
だから悲しくなれます。
だから胸を痛めることができます。

しかし、その場にいた人たちは、泣く前に逃げなければならなかった。
考える前に動かなければならなかった。

その差を思うと、自分の『想像の限界』を感じました。

  • 戦争の悲惨さを語ることはできます

  • 命の大切さを語ることもできます

しかし、その中で『生きた人の本当の感覚』は、簡単にはわからない。

そのことを、忘れてはいけないと思いました。


清太を責めることができなかった

見ながら、何度も思いました。

  • 清太、なぜそうするのか

  • なぜ、もっと頼らないのか

  • なぜ、戻らないのか

  • なぜ、助けを求めないのか

しかし、そのたびに、私は言葉を飲み込みました。

安全な場所からなら、いくらでも言えます。
大人の目線からなら、いくらでも判断できます。

しかし、清太は14歳です。

母を失い、父の消息もわからず、妹を守らなければならない。
自分も子どもなのに、守る側に立たされている。

その重さを、本当に想像できているのか?

そう考えると、清太を簡単に責めることはできませんでした。

正しい選択をできなかった人を、あとから責めるのは簡単です。

しかし、その人が、そのとき抱えていた『怖さ、孤独、意地、疲れ、誇り、幼さ』。

そういうものを全部見ないまま、正しさだけで判断するのは違う気がしました。


節子の「小ささ」が何度も胸に刺さった

節子は4歳です。

4歳の子どもが、空腹に耐え、不安に耐え、母の死を知り、それでも兄のそばにいる。

その姿を見るのは、とても『苦しいもの』でした。

  • 節子が泣く場面

  • 笑う場面

  • 黙っている場面

  • 小さな声で話す場面

どの場面にも、『子どもらしさ』と、『子どもでいられない痛み』がありました。

特に胸に残ったのは、『夜泣きの場面』です。

清太が節子を外へ連れ出す。
夜の中で、小さな妹をあやそうとする。

その姿を見たとき、私は『自分の子育ての記憶』を思い出しました。

長女がまだ小さかったころ、夜泣きをする子でした。
妻は何度も起きて、授乳をして、眠れない日が続いていました。

私は長女を車に乗せて、泣き止むまで夜の街を走ったことがあります。

行き先はありません。
ただ、泣き止んでほしかった。
妻に少しでも休んでほしかった。
自分にも、何かできることがあると思いたかった。

もちろん、清太と節子の状況とはまったく違います。

  • 私には帰る家がありました

  • 車がありました

  • 明日も食べるものがありました

  • 頼れる人もいました

それでも、小さな命を抱えて夜の中にいる感覚だけは、ほんの少しだけ重なりました。

人は、『自分が経験したことを通してしか他人の痛みに近づけない』のかもしれません。

だからこそ、『経験していない痛み』には、『わかったふりをしないこと』が大切なのだと思います。


母の着物と子どもの記憶

節子が、母の着物を手放したくない場面も忘れられません。

大人から見れば、それは物かもしれません。
食べるものに替えなければ生きていけない状況なら、仕方がないとも言えるのかもしれません。

しかし、子どもにとって、それはただの着物ではなかったはずです。

  • 母の匂い

  • 母の記憶

  • 母がそこにいた証

そういうものが、全部詰まっていたのだと思います。

私は、その場面を見ながら、『子どものころに大切にしていた服』のことを思い出しました。

  • もう小さくなっているのに、なかなか手放せなかった服

  • 大人から見れば古いだけなのに、自分にとっては特別だったもの

人は、物を手放すとき、物だけを手放しているわけではないのかもしれません。

記憶も、時間も、そこにいた誰かも、少しずつ手放している。

節子の小さな抵抗は、そういうものに見えました。


この映画が私に残したもの

火垂るの墓』を見て、私は大きな答えを得たわけではありません。

むしろ、問いばかりが残りました。

  • 人は何を守ろうとするのか

  • 守りたいものを守れないとき、人はどうなるのか

  • 助けを求めることは、なぜ難しいのか

  • 正しさだけで人を見ていないか

  • 身近な人の小さな変化に気づけているか

そして、自分の器は、どれくらいのものを受け止められるのか。

器とは、立派な人間であることではありません。
何でも平気で受け止められる強さでもありません。

私にとっての器とは、わからないものを、すぐに捨てずに置いておける広さです。

  • 悲しみをすぐに答えにしないこと

  • 怒りをすぐに誰かへぶつけないこと

  • 苦しさを見たとき、自分には関係ないと閉じないこと

それを少しずつ育てていくことなのだと思います。

【↑無料エリア】ここまでのまとめ

54歳で初めて見た『火垂るの墓』。

私は、この作品をすべて理解できたとは思っていません。

しかし、理解できなかったからこそ、『これから何度も思い出すのだ』と思います。

今の私に見えたものを、今の言葉で残す。
そして、いつかもう一度見たときに、違う自分が何を感じるのかを確かめる。

それが、私にとっての「映像回顧録」の意味です。

ここまでで、この記事はいったん完結です。


ここから先は、映画の感想をさらに自分の生活に持ち帰るために書きます。

作品を見て終わりにせず、『自分の言葉』『自分の行動』『自分の生き方』に変えていきたい方たちへ向けて、『具体的な考え方と書き方』をまとめます。


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【↓有料エリア】『火垂るの墓』を自分の人生に持ち帰るために

ここからは、映画の感想を一歩進めて、『自分の生活にどう持ち帰るか』を書いていきます。

【無料エリア】では、私が54歳で初めて『火垂るの墓』を見て、何を感じたのかを書きました。

【有料エリア】では、そこから、さらに進んで、次のような方へ向けて書きます。

  • つらい作品を見ると、心が持っていかれてしまう方

  • 感想を書こうとしても、何を書けばいいかわからなくなる方

  • 自分の感じ方に自信がない方

  • 映画や本を、ただ見て終わりにしたくない方

  • 自分の経験や感情を、これからの生き方に変えていきたい方

火垂るの墓』は、簡単に感動したと言える作品ではありません。

  • 泣ける映画

  • 戦争映画

  • 名作アニメ

そういう伝え方もできます。

しかし、私にとっては、それだけでは表現しきれませんでした。

この作品は、自分の中にある『未整理の感情を照らしてくる作品』でした。

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