【教科書に載っていない世界一周】〜2-6もう一つの中国へ〜チベット入境編(過酷な標高5000mへの旅路)
🚂 【ここからが中央アジア!】
中国は、東西南北に広がる広大な国。
ミャンマー国境に近い雲南省から東北区(旧満州)にかけ一本の線を引く。
すると、その「線」の東半分に全国民のなんと96%が居住している。
そこではどこへ行っても人ばかり。中国で最も目にするのは”人”だった。
一方で、「線」の西半分は全くの別世界。ほとんど人のいない地域なのだ。
これまでとはまったく異なる風景と人々が待ち受けていた。
西安からの夜行列車を降りると、そこは蘭州(ランジョウ)。
甘粛(かんしゅく)省の省都。
目の前には初めて目にする黄河。
川幅は東京の荒川くらいだが
ミルクティーのような茶色い水流で
ぜんぜん黄色くはなかった!
世界四大文明の発祥としての歴史的な重みはあまり感じられず乾燥した土地に囲まれた単に薄汚れた川だった。

そんな標高1500mに位置する蘭州は
中央アジアの玄関口だ。
これまで見てきた緑豊かな中国とは
全く異なる景色に気持ちが一新された。
ここから西へ進むと、もう“中国本土”とは呼べないような場所が広がる。
民族も言葉も違う。
チベット人、ウイグル人、そして多くの地域は漢民族に支配される前にそれぞれの文化が根付いていた場所だった。
20世紀に入り現政府のもと、食べ物も文化も大きく変わった地域だ。

🏞️ 【9月なのに雪舞う世界へ】
蘭州からさらに西へ進み、西寧(シーニン)に到着。青海(ちんはい)省の省都。
西寧は標高2300mに位置しており、
昼夜の気温差が激しい。
まだ9月末というのに朝晩は震えるほど寒く、セーターが手放せなかったが
昼になると気温が急上昇。
Tシャツで過ごせるほどだった。
まさに大陸性気候の極み。
街を少し外れるとチベット仏教の寺院が断崖にへばりついており、その風景がとても印象的だった。
街のあちこちには「冬虫夏草(とうちゅうかそう)」という干物が。
冬は昆虫(イモムシ)だが、夏になるとそこから寄生した草が生えてくる、という生き物と植物の間の不思議な生き物。
がんの特効薬らしい。
まさに、"食べ物と人々の文化が交錯する場所"といった雰囲気だった。
ここから西海湖(せいかいこ)という大きな湖へ行き、湖を眺めながら乗馬を楽しんだ。
その美しい風景の中、3500mの峠を越えたその先で、ついに雪が舞い始めた。
一週間前の猛暑の長江からは想像もできない、
冷気と雪の世界に突然変わったのだ。
まさにユーラシア大陸の広さを感じた。

🏔️ 【高山病に耐えた者のみが辿り着く秘境】
日本を出発してちょうど40日が経ち
ようやくチベット高原へ。
ここは標高4500mを超える世界最大、
そして最高の高原地帯。
憧れ続けた場所であり、訪れることができる人は限られている。
チベットは中国にとって戦略的に重要な場所であり、独立運動が起きるなど、その入境はとても厳しく制限。
そんなチベットに、陸路でたどり着く当時の唯一の方法は、高原北方のゴルムドからの1200kmのバスのみだった。
最果ての町という感じの小さな町ゴルムド(標高2800m)をバスで出発。
しばらくすると、車窓からは次第に荒涼としたツンドラの風景が広がり、標高が上がるにつれて植物は枯れ、標高4000mを超えたあたりからは、苔のようなものが目の前に現れる。
「これが地理で習ったツンドラか〜」
と感慨深かった。

その後、車窓には雪が舞い、氷河が道路の近くまで迫ってきた。
寒さは想像以上で、靴下を二重に履き、ダウンジャケット含め上着を6枚重ね着しても耐えられない寒さだった。
さらに、高地独特の症状がじわじわと体に襲いかかる。
4500mを超えると頭が重くなり、呼吸が苦しく、目の前がぼやけてくる。
「これが高山病というやつか〜」
更に5000mを超えると毛細血管の一部が破裂し、鼻血が出てくる。
気分はどんどん悪くなる。気が遠くなり、意識も朦朧とした時間が続いた。
乗車してから30時間以上が経過し、気がつくとバスは停まっていた。
そこが終点のラサだった。標高3600mの天空の都は神の土地とも呼ばれ
途中で通った5200mの最高地点に比べるとかなりの低地。
高山病の症状もかなり和らいで、天国にいるように幸せな気分になった。
苦しみ抜いた後に到達したラサは、他の中国の都市とは別世界だった。
まず日本で想像していた以上に発展していて、何不自由ない生活が送れた。
観光客も多いためか、世界各国の料理が手頃な値段で楽しめる。
(詳しい見聞は次回に譲るが) 温かい料理やお茶を楽しみながら、ここに来るまでの苦しみが、すっかり報われたように感じた。
チベットへは成都から空路で来ることもでき、それが一般的なルートになっている(ただし到着後に高山病でダウンする人が多い)。
また、最近はレールも敷かれ、鉄道に乗り込むだけでラサまで辿り着けるようになった。
しかし空路や鉄道で辿り着いてもこの喜びと達成感は得られないだろう。
陸路で辿り着いたからこその、満足感だった。
⏭️ 次回予告
次はラサでの見聞をお伝えします。
赤い袈裟をまとった巡礼者たちが五体投地で祈りを捧げる姿に出会う。
しかし、そこで僕が目にしたのは「お金こそ最大のご利益」という、意外すぎるチベット仏教の現実だった。
さらに衝撃を受けたのは、亡骸をハゲタカに捧げる葬儀「鳥葬」。人の死をどう捉えるか――価値観の違いに目を開かされる瞬間だった。
そして、まだ18歳の少女ガイドが語った「投獄の記憶」。
そこには、中国という大国の強権と、チベット人の苦悩があった。
どうぞ次回をお楽しみに。
9/29 19蘭州: 夜行列車12時間
20西寧: バス6時間
10/1 21ゴルムド: 夜行列車16時間
10/4 22ラサ: 夜行寝台バス33時間
(トップの写真はラサ)
