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【各国の本質⑨🇾🇪イエメン】内戦と外国の介入で国家が崩壊し、世界最貧国となった山岳海洋国家

アジアとアフリカの2つの大陸を隔てる紅海。その入り口に位置するのがイエメンだ。

紅海の出入口(バベルマンデブ海峡)を🇩🇯ジブチと挟んでいるのがイエメン

🧭 イエメンという国

イエメンという国の本質は、次の一文に集約できる。

「地理的には自立可能だった"山岳海洋国家"が、部族政治と外国の介入により国家機能を喪失し、内戦と分断を通じて極度の貧困に陥った国」

この国は決して、最初から貧しかったわけではない。
むしろ中東のなかでは珍しく、🌾農業もでき、⚓️海上交通の要衝にも位置する、潜在的には“成立可能な国”だった。にも関わらず国家が崩壊したのは、自然ではなく、人間のつくった政治と構造の問題だった。

では、その構造を順に見ていこう。

🗺 国土:「砂漠の国」ではない

イエメンの人口は約4,000万人
関東とほぼ同じ規模であり、しかもこの40年で3倍以上に増加している。面積は🇯🇵日本の約1.4倍で、🇫🇷フランスとほぼ同じ。

激しい地形が特徴で「西は山、東は荒涼、南は断崖の海岸高地」。
西には🗻富士山とほぼ等しい標高3,665mのアラビア半島最高峰があり、首都サナアの標高も約2,200m。世界の高地首都トップ10に入る。

人口の密集する山岳地帯には降水があり、段々畑などによって農業が行われている。イエメンは、一般にイメージされるような単なる砂漠国家ではなく、中東では珍しい「🌾自給農業が成立する国」だったのである。

さらに、紅海の入口(バベルマンデブ海峡)を押さえる要衝にあり、歴史的にはコーヒー文化の発祥地でもある。沖合にはソコトラ島という、アフリカの地質を持ち、独自進化を遂げた“ガラパゴス的な島”も存在する。

このように見ると、イエメンは本来、農業と交易によりある程度維持できた国だったことがわかる。

ただし、重大な弱点もある。現在では地下水の枯渇が進み、食料の多くを輸入に依存している。そのため貿易が断たれると存続不能に陥る構造だ。

🧑‍🤝‍🧑 社会:国家より部族が強い

イエメン社会の最大の特徴は
「国家よりも部族が信頼されている」こと。

北部の🏢首都サナア(約320万人)と南部の⚓️港町アデン(約100万人)が政治的な中心だが、人々の帰属意識は国家ではなく、部族や地域に向いている。

この国の宗教はスンニ派が約6割シーア派が約4割。ただし、シーア派といっても多くは”ザイド派”と呼ばれる、穏健でスンニ派に近いシーア派。北部の山岳地帯にはザイド派、南部や沿岸部にはスンニ派が多く、宗派は地理で異なっている。

つまり、地形そのものが社会を分断する国だったが、現在はさらに複雑。(🇮🇷イランが支援する)北部のフーシ派、(🇸🇦サウジアラビアが支援する)南部の政府、(🇦🇪UAEが支援する)南部の分離派、そして各地の部族勢力が並び立っている。

これはもはや一つの国家というより、1500年代の⚔️日本の戦国時代のような群雄割拠の時代と考えた方が理解しやすい。

首都サナアの旧市街

🏛 歴史:もともと一つの国ではない

現在のイエメンは、もともと一つの国だったわけではない。

北部(西部)は🇹🇷オスマン帝国の支配から1918年に独立し、伝統的な部族社会を基盤とする国家となった。

一方、南部は🇬🇧イギリスの植民地であったが、1967年に独立し、その後は社会主義国となる。

つまり、制度も価値観も全く異なる二つの国家が存在していたのだ。

ところが、冷戦の終結によって南部を支えていたソ連が消滅すると、南は単独では生きられなくなる。その結果、1990年に南北は統一される。

しかしこの統一は対等なものではなく、石油資源を持つ北が南を実質的に取り込む形だった。この時点で、国家としての基盤はすでに不安定だった。

💥 内戦:国家が崩壊したプロセス

2011年の「アラブの春」によって長期独裁政権が崩壊。国家の統治能力は急速に弱まる。その混乱の中で、2014年反政府勢力のフーシ派が首都を掌握し、政府は崩壊した。

さらに2015年には、🇸🇦サウジアラビアが弱体化した政府を支援して軍事介入し、🇮🇷イランがフーシ派を支援することで、内戦は国際的な代理戦争へと拡大する。

この戦争により発生したのが

  • 海上封鎖による食料輸入の停止

  • 石油収入の消滅

  • インフラの破壊

  • 通貨の崩壊

その結果、イエメンは国家としての機能そのものを失い極度の貧困に陥った。

💰 経済:分断された“二つの国”

この内戦のすごいところは、💵中央銀行まで分裂したところだ。
中央銀行が北(サナア)南(アデン)に分かれ、それぞれが別々に紙幣を発行しているのだ。つまりこの国では、同じイエメン・リヤルでありながら価値の異なる2つの通貨が並存している

その結果、地域ごとに物価が異なり、経済が分裂するという異常な状況が生まれている。まるで南北朝時代だ。

そして一人当たり名目GDPは、内戦により大きく落ち込み、2025年時点で約420ドル(IMF)。🇦🇫アフガニスタンを下回り、世界193ヶ国で”最下位”の水準にある。

🧩 まとめ:なぜここまで崩れたのか

イエメンは、地理的に見れば決して恵まれていない国ではなかった
農業ができ、交易の要衝にあり、本来は自立可能な条件を備えていた。
それでも国家が崩壊したのは、

  • 部族中心の社会構造

  • 南北統一の不完全

  • 外国勢力の介入

が重なり、国家という仕組みが社会の上に定着しなかったため。

🎯 イエメンの本質

イエメンとは、まとまりにくい社会を、無理に一つの国家にしたことで、成立できたはずの社会が、成り立たなかった国といえる。

そしてその原因は、自然ではなく、政治と構造にあった。部族政治と外部介入により国家機能を喪失し、内戦と分断を通じて極度の貧困に陥った国が現在のイエメンであるといえるのではなかろうか。

イエメンの本質:「地理的には自立可能だった"山岳海洋国家"が、部族政治と外国の介入により国家機能を喪失し、内戦と分断を通じて極度の貧困に陥った国

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