【教科書に載っていない世界一周】〜2-1中国東北区編
上陸初日にトラブル発生!
大連に上陸後、中国大陸を体感しながら陸路でチベットを目指します。
🚢 大連に上陸!
さっそくエネルギッシュな中国人出稼ぎ者から受けた洗礼とは?
韓国・仁川(インチョン)を出発して2日。
出稼ぎ帰りで満員のフェリーは中国の大連港に入港。
船が接岸すると、山積みした荷物を押し出す人々の波が入国ゲートに向かって一気に駆け込んだ。人間の大波に飲み込まれたかのように、ぼくも押し流される。
その中で、ひときわ目立ったのは背が小さくて愛想よい40歳くらいの中国人お姉さん。どうやって一人で持ち込んだのか想像できないくらい、山のような荷物を引きずっている。
重そうな荷車を必死に押し出しながらも、人懐っこい笑顔で愛想を振りまいている彼女に、周りにいた人達は
「しょうがない、ちょっと手伝ってやるか」
と誰からともなく、手分けして税関まで荷物を運んであげることに。
成り行きで、僕もその一員に。
これが密輸品とかであれば、手伝った僕らも大変なことになるけど
そんな怪しげな感じは全くなく、和気あいあいとした雰囲気。
中国語が飛び交い、日本語はおろか、英語も全く通じない世界。
🎒 中国商人のお姉さんからの予期せぬご褒美
その姉さんは、仕入れのために韓国に渡った商人。税関を抜けた僕らに、「こっち、こっち」とそのまま荷物を運ばせた。
僕らは汗だくになりながら、気がつくと、港の脇にある事務所まで大きな段ボールを運ばされていた。
「はい、ご苦労さん」
と事務所のイスに座らされると、目の前には、切ったばかりのスイカが山盛り。
「食べてって」と言われ(た気がする)
周りを見るとみんな当たり前のようにスイカにかぶりついている。
戸惑いながらも、ぼくもおんなじようにご馳走になる。
汗を流した仕事のあとの、スイカは格別だった!
しばらくゆっくりし、「じゃあ、僕はこれで」という感じで別れを告げると
「はい、ありがとね」という感じで、何かをぞんざいに手渡された!
意外にも、それは中国元。日本円で500円くらいで、バイト代だった。
金額は大したことないかもしれないけど、想定外の臨時収入。
わざわざ両替所へ行って並ばなくても街の中心部まで向かうお金が手に入ったのはラッキーだった!
「運び屋」の報酬をしっかりと握りしめ、荷物と共に足取り軽く、中心部へ向かうバスに飛び乗った。
🚌 旅順への道 ― まさかのバスの逆方向!
大連は、巨大な近代的ビルが立ち並ぶ大都市。
その長距離バスターミナルから、次に目指したのは念願の旅順だ。
日露戦争の歴史的な舞台で、その港を制圧できたことが
日本の勝利に直接繋がった重要な場所。
「あの港を一目見ておきたい!」
そんな思いで、フェリーで出会った韓国人に行き方を相談。
この日のために直前に中国語を独学してきたが、現地では全く通じない。
行き先も出ていないバス停探しでは
カタコトの日本語が話せた彼に頼るしかなかった。
中国通の彼は「モンダイアリマセン、ボクニマカセテ」と自信満々。
「旅順イキノバスデス」と案内してバスに乗せてくれた。
「どうもありがとう、元気でね〜」
と彼に感謝してバスが出発してから約1時間。
安易に人を信じた自分を反省した。
まだGoogleMAPなどない時代。
方角は太陽の方向で判断することが多いのだが
バスの右手にあるはずのお日様が、ずっと左にあるのだ!
「どうも、おかしい」
と気づいた時にはもう手遅れだった。
結局ノンストップの長距離バスが、夜になって到着したのは瀋陽という街。
結局、韓国人の彼とは日本語は通じていなかったのだ。
もはや数百キロ離れてしまった旅順は諦め、先を急ぐことにした。
日本とは全く勝手の違う国の旅が始まった。
🏙 瀋陽 ― 清の都、そして歴史の舞台
瀋陽(しんよう/旧奉天)は、想像以上に現代的な都市。巨大で美しい建物が立ち並んでいた。
そして、日本統治時代の名残も残る街。
ここは、清の都だったところでもあり、翌日は世界遺産の「故宮」などを観光。さほど驚きもあまりない街をを淡々と見て、北京行きの長距離バスに乗り込んだ。
🚌 バスの旅 ― 「アメリカ映画」と共に走る中国の道
瀋陽から北京へ向かう高速バスは途中、日中戦争の激戦地を通過。
そこは現在、巨大でピカピカなハイウェイが通り、車内では「ホームアローン」がビデオ上映されていた。
90年前には日中で多くの兵士の命が失われた場所で、両国の国民がコメディ映画を見てゲラゲラ笑いながら通過する。
複雑な心境だが、歴史というものは、思った以上に早く変わり、そして忘れられるものなのだと、しみじみ感じる瞬間だった。
✈️ 次回:北京・上海の大都市を巡る旅へ
ここからは中国全体を効率よくまわれるように
沿岸部を南下。その後内陸へのルートを進みます。
次回は、中国の首都北京や、経済・文化の中心である上海へ。
中国の都市の違いと、現代の経済と歴史の交錯を感じながら、
更なる目的地へと進んでいきます!

【おまけ】中国東北区(遼寧・吉林・黒竜江)について
かつての「中国の工業心臓部」、今や再生の試練に立つ
中国東北部は、旧満洲。北から順に、遼寧(りょうねい)・吉林(きつりん)・黒竜江(こくりゅうこう)の3つの省で構成されている。
戦後のソ連式の工業化で鉄鋼や製鉄、石油化学などを中心に、1980年代までは「共和国の長男」と呼ばれるほど進んでいた地域。
訪れた印象は、とても「落ち着いた」地域で、他で感じることになる「人々のエネルギッシュさ」はほとんど感じられなかった。
ただ、市民のマナーなどは、他の地域よりもよく、日本と文化的に近いと感じる地域だった。
かつては栄華を誇ったこの地域も、今や成長の波から取り残され
❶ GDP比で中国全土のわずか7%未満(人口比とほぼ同じ)
❷ 工業の地位は、昔の3分の1以下に
❸ 農業のみが「最後の砦」
でも、その農業はめっぽう強くて
・トウモロコシ(全土の3割)
・大豆(全土の4割)
・ジャポニカ米(中国版コシヒカリとして有名)
の3本柱が国内では際立っているのが特徴だ。
