「蓮のうた#27」【創作大賞2026】【#エンタメ原作部門】
寺の門の外には見慣れぬ侍たちが馬を連れ、待機している。
何事かと気になった蓮は、そっと近づき耳を傾けてみた。
「しかし、九条頼成様から直々にお声が掛かるとは…さすがですな」
藤丸が感慨深気に言った。
「藤丸さま、大覚さまのご指導あっての事です」
若い修行僧は、恐縮したように頭を下げた。
天翔寺では年に一度、他寺の僧兵たちとの旗試合が催される。その折、武家屋敷から侍たちが見物に訪れることも多かった。腕の立つ者を見定め、士官を勧める事も念頭にあるようであった。
やがて修行僧は、大門の外にて別れの挨拶を玄道たちと交わし始めた。
「七年もの間、本当にお世話になりました」
これ以上話すと、涙が溢れてしまう…と言うように声を詰まらせ、横を向いて耐えている修行僧を見て、阿門が先に涙を流しているのが見えた。
そのやり取りの最中、一人の侍が大覚に告げた。
「九条様が、大覚に来て欲しいのだが…良い返事を貰えんといつも嘆いておられますぞ」
すると大覚は笑みながら
「私は、天翔寺に仕えると決めておりますので」
大覚が言うと
「はははっ…承知しております。はて、もう何度お断りされたことやら」
侍はそう言うと、肩をすくめながら笑った。
修行僧は、玄道をはじめ共に修行の日々を送った僧兵たちに見送られ、武家屋敷から遣わされた馬に跨った。やがて迎えの侍たちと共に手綱を取ると、静かに去っていった。
「蓮も、あのお馬さんに乗るでござるか?」
いつの間にか庄助が隣りに立っていた。
「はい…でもまだ剣術すら難しく、馬など夢のまた夢です」
修行僧を乗せた馬が土煙を残して去って行く。見送りの僧たちも引き揚げていったが、蓮だけはいつまでもその背を追うように立ち尽くしていた。
玄道はそんな蓮の姿を、目を細めながら静かに見守っていた。
…それから半年ほど過ぎたある日のこと…
蓮の剣術は、驚くほどの速さで上達していた。
なかでも身のこなしの速さは群を抜いていて
山で駆け回って育ったから…と言う蓮の言葉も
それだけでは説明のつかぬものがあった。
稽古相手が踏み込んだと思ったときには、すでにその脇へ回り込んでいる…その動きは、藤丸でさえ舌を巻くほどであった。
一方、大覚はと言うと、蓮の剣術が気になるのか、時折りこっそり見ている物の、目が合いそうになると怒ったように逸らす事を、繰り返しておった。
変わらず蓮とは目を合わさず、必要な挨拶以外は口を利かない…
二人の間に漂う険悪な空気に、時折り藤丸が間に入りながら場を収めていたある日のこと。
玄道が大覚を呼んだ。
「お呼びですか」
大覚が来ると、玄道は阿門と部屋で何やら話し合っていたが、大覚を見やると
「おお…来たか」
と言ってから、改めてこう告げた。
「すまぬが、蓮の帰宅に沿うてやってはくれぬか」
玄道が言った。
蓮は月に二度ほど、清治たちの元へ顔を見せに帰っていた。雪野とも会い、皆で近況を語り合ったりするのを常としていた
「雷牙は?」
いつもは雷牙が送り迎えに出ているはずである…大覚は、よりによって何故自分が…と訝し気に聞いてみた。
「今日は来れぬそうだ…明日から梅雨入りで雨が続くらしい。今日中に行かんとならんのに、藤丸も非番でおらん。大覚、頼まれてくれぬか」
「…分かりました」
大覚は誰とも視線を合わせぬまま応じると、黙って支度に取り掛かった。
山門で待っていた大覚を見て驚いた蓮は、辺りを探すように見回した。
「えぇっと雷牙は来れぬらしく、私が共をする事となった。ここ暫く山賊や大蛇も出ぬらしいが、念のためこれを」
大覚は、少し大げさな程、大きな声で早口に話すと、蓮に短刀を手渡しながら先に歩み始めた。
その出立ちは、いつもの姿ではなく、粗末ながらも藍色に染められた衣の下には野袴をはき、その背には長い槍を背負う様に縛りつけていた。
腰には蓮と同じ短刀を差し、歩きながら白い袈裟頭巾を被る姿は、まるで戦国の世から抜け出して来たかのような、迫力があった。
二人は長い石段を降り、森の奧へと足を進めて行った。会話はないが、互いにつけた熊避けの鈴が、まるで二人の代わりに言葉を交わすかのように鳴り響いていた。
時折り、逃げるように飛び立つ鳥以外は特に変わった様子もなく、沢から流れる水音と、六月特有の湿り気を帯びた土を踏み締める音が、森に響いた。
「さっきから誰だ…」
大覚がいきなり声を荒げたので、蓮は思わず自分がまた、喧嘩でも振られたのかと身構えた。
「人ではない足音が一つ…」
そう言いかけて直ぐ、大覚が短刀型の手裏剣を木の間に投げ込んだ。
「多いんだが…⁉︎」
ガサガサガサッッ!!
枝葉が揺れ、何かが素早く走る音がした。その音に驚いた鳥たちが鳴きながら飛びたった瞬間、いきなり黒い塊が目の前に飛び出して来た。
ギイイイイッッ!!!
狐のように見えた黒い塊は、鼓膜が破けそうな程に不気味な声を上げ、二人の目の目の前で粉々に砕け散った。
黒い砂は、湿り気を帯びた地を蠢きながら這い回った後、見上げる程の高さへと起き上がった。
そこには無数の目が点在し、瞬きを繰り返したかと思うと、一斉にこちらを凝視し始めた。
ビシュッ!!!
「危ない!」
大覚は蓮を庇うようにして、木の間に転がり込んだ。
「…よりによって私の苦手な妖怪の類いとは!!」

大覚は、真っ黒な目玉の化け物を見やると、悔しそうに、蓮に言った。
「私は人や獣、大蛇の類は慣れているが、妖怪を一人で倒した事がない…蓮、短刀を持ち、今まで習った事を思い出しながら身を守れ!」
(雷牙や藤丸なら、術で難なく倒したであろう、低級な妖怪•百目如きに手こずるとは…)
一人なら如何様にも逃げる事が出来たのだが、蓮を置いては行けぬ…
大覚は縛っていた槍の紐を解き、しっかと手に握りしめた。
ワシャアッ!!食う…!!
「う…うわぁ!」
蓮が足元をすくわれた。
「蓮!構えろ!」
ズザーッ!!
背後に回り込んだ百目が覆い被り、蓮はショックで気を失ってしまった。
「くっ!やはり蓮の素早さを持ってしても、妖怪には勝てぬか」
百目は、気を失った蓮を掴んだまま、振り回している!
「くそっ!!離せ!」
大覚は槍を振り上げると、勢いよく振り下ろした。
ブワッッ!!と砂塵のように粉々になるが、また地を這い回り、ウネウネと湧き上がっては巨大化する百目…大量の目玉と、その不気味な動きに、正気を保つのが精一杯なほど、醜い姿である。
「蓮!頼む!目を覚ましてくれっ!!」
大覚は何度も吹き飛ばされ、口から血が滲み出したが、やっとの思いで蓮を掴んで抱き寄せた。
「掴んだぁぁああ!っつしゃあっ!!」
大覚の目が変わった
「一点突破!覚悟おおっ!!」
ズシャアアッ!
手ごたえがあった。
ギャァアッ!!
真っ黒な狐になったかと思うと砂塵のように
消えていった。
「蓮!しっかりしろ!!」
蓮は頰を引き攣らせ、苦痛に耐えながら、少し目を開けた。
「気をしっかり持て!とにかく退避…」
大覚が全て言い終わらぬうちに、大覚の頭上から百目が落ちて来た。
「くっ…苦し」
「大覚!!」
見ると黒い塊は、大覚の首に取り付き、手足をも掴んでいた。
「蓮!に…逃げろ」
大覚が息も絶え絶えになり始めたのを見て
蓮の全身の血が逆立ち始めた
「や…やめろ!やめろおっ!!」
風が荒れ狂うように吹いた!百目は粉々に砕け散り、鋭い破片が飛び散った。空を切り裂く音、地面に叩きつけられる音に舞う砂塵…百目はひとたまりも無く消え去ってしまった。
「蓮…今のは術か?」
まだ息が荒れたままの大覚が聞いた
「分かりません…祖父を殺された時も、血が逆立ち人を吹き飛ばした事があり、自分は普通の身では無い事を自覚しました。その力を諌める為もあり寺に来たのです」
大覚は、蓮の生い立ちを知らなかったのもあり、改めて聞いてみた。
「…侍になりたいと、浮かれたガキだと勝手に思い込んでいた…それに、あの時も笑ったし
初めて会った時、蓮に」
と大覚が告げた。
「いえ…大覚どのを笑ったわけではありません!風が読めたので、つい嬉しくて」
「風?」
「はい…昔から、その者の動きが止まって見えたり、異様に動作が遅く見える瞬間がございます。私が速いわけではなく、周りが遅くなるのです。恐ろしいほどに」
「何と…生まれついてそのような事が出来るのか?勝てぬわけだな…」
「でも、さっきの妖怪の動きは読めませんでした…初めて妖怪を見たのもあるかも知れませんが」
「蓮どの…」
大覚は土下座した
「私は、あなたを誤解しておりました。名のある酒屋の裕福な立場で、武士になりたいなど、生意気だと…また、人を嘲笑う嫌な奴だと…本当にすまぬ。許して下され」
大覚は頭を下げた。
「やめて下さい…私も厳粛な寺に来て浮かれ過ぎました。剣術も馬術も…夢のようでしたから」
大覚は、蓮が差し出した手を取り立ち上がった。
「しかし、この山にあんな妖怪が出るとは、聞いた事がない…嫌な感じがするので、一度引き返し、雷牙や藤丸と出直しましょう。役に立てず…本当に申し訳ない」
大覚は、蓮を見やりながら謝ったが、蓮は何やら気まずそうにしていた。
「蓮どの?どうされました?参りましょう」
「蓮『どの』はやめて下さい。それに謝り過ぎです。今まで通りで」
大覚は笑むと、口を開いた。
「では蓮!一つあなたに約束します。私は必ずあなたに勝つ。これは修羅の心からでは無く…
己の未熟さや傲慢さを教えてくれた感謝の思いと、やはり指南役の面目も兼ねて…だな」
顔を上げ、初夏の風のように爽やかな笑みを浮かべながら大覚が言った。
「では大覚どの!私にこれからも剣術を教えて下さい!誰よりも強くなって次は正々堂々と剣で勝ちたい!」
「分かりました。手加減しませんよ?」
大覚は、イタズラでも思いついた子どものように笑った。
生まれや育ちは違う物の、互いにどこか似ている気がして、胸が熱くなるのであった。
互いの約束を胸に刻むように、二人は並んで帰路についた。
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