【論説】チョコプラ松尾の「素人はSNSをやるな」に思うこと
文責:高橋東千
「素人」という表現
「素人」という表現。芸能人がよく言うその表現に私は昔から、違和感を持っていました。
まず、彼は決して「SNSの素人」はSNSをやるなと言っているのではないという点をおさえなければなりません。
彼が言っている「素人」とは、「非芸能人」です。
SNSとは「情報の民主化」
SNSとは、誰もが表現者になれるツールです。今までは、誰かに自分の意見を広範囲に伝えられるのは、それこそ芸能人などの限られた特権階級の人しかできなかったことです。それを全ての人々に「解放」したのは他でもないSNSです。まさにこれは、堀江貴文等がよく表現する「情報の民主化」。要はそれまでは民主化されてなかったんですよね。専制政治だったわけです。
もちろん、SNSの発信者には色んな人がいます。人気がある人から、誰も見ていないようなアカウントも。でもそれは人気の違いであって、身分の違いではないんですよね。今までは、芸能人とそれ以外という、明確な「身分の違い」があったんです。
確かに、彼らのいう“素人”の中には問題のある人もいるでしょう。
でも、実際の民主主義だってそうでしょう?それなら、庶民には問題のある人がいるかもしれないから選挙権を取り上げますか?
芸能界ムラ
「素人は〜」という発言は、残念ながら「芸能界ムラ」の人たちにいまだ特権意識、選民意識があるのだと思われても仕方がないものだったのではないでしょうか。
そして、何も彼一人が特別に特権意識をもってるということでもないでしょう。芸能人の多くの皆様はきっと、我々“素人”を自分達と異なる下の世界の者と思ってることでしょう。
みんな何かの「プロ」
でも、世間には実は“素人”なんてほとんどいないんです。芸能人のように陽を浴びた存在でなくても、みんな何かしらの仕事の「プロ」です。
それらは芸能人の様に華やかなものではないかもしれません。でもどれもが社会にとって必要不可欠で、決して蔑ろにされていい仕事ではない。何にも芸能人に劣りません。
なのに、芸能人の皆さんは「素人」という言葉を、安易に「芸事の素人」という意味以上のものを持ってそれを使いがちじゃないでしょうか。
しかし、近代前夜がそうであったように、時代の大きな流れは誰にも変えられません。
大手の芸能プロダクションに所属する本物の芸能人よりも、どこにも所属してないがSNSでものすごいフォロワーを持っている“素人”の方が世間を動かすことがあるし、今の子供達はそっちに憧れるのです。
みんながテレビや芸能人の言うことにただ流される時代はとうに終わっています。
現にこうして彼は炎上しているわけです。良くも悪くもですが。
