ベトナムは本当に“親日国”なのか?
こんにちは。
ベトナムでオフショア開発会社を経営している10KN COMPANY LIMITEDの猪俣です。
ベトナムに関わる日本人であれば、一度は聞いたことがある言葉だと思います。
「ベトナムは親日国」
実際に現地で生活していると、「日本が好き」と言ってくれる人に出会うことは多いですし、日本語を学んでいる若者や、日本企業で働きたいと考えている人も少なくありません。
そうした場面に触れるたびに、「やっぱりベトナムは親日国なんだな」と感じることも多いと思います。
ただ、その認識は本当に正しいのでしょうか。
ここでは一度、ベトナムで会社を経営する日本人経営者の立場から、“親日国”という前提を疑ってみたいと思います。
ベトナム人の「日本が好き」の正体
ベトナムで生活していると、「日本が好きです」と言われる機会は本当に多いです。日本語を勉強している人や、日本の文化に興味を持っている人も多く、日本に対するポジティブな印象の強さを感じる場面は少なくありません。
実際に「なぜ日本が好きなのか?」と聞いてみると、答えはある程度共通しています。アニメや漫画が好き、日本の文化が好き、日本人の真面目さや礼儀正しさに好感を持っている。どれも、日本にとってはとても嬉しい評価です。
ただ、ここで一度立ち止まって考えてみる必要があります。
その“好き”は、どれくらい深いものなのか。
例えば、日本のどんなところが好きなのかをさらに聞いていくと、「なんとなく良いイメージがある」という言葉で止まることも少なくありません。
つまり、“なんとなく好印象”というレベルに留まっているケースも多いというのが実感です。

もちろん、それ自体は悪いことではありません。ただ、「日本が好き=強い親日感情がある」と捉えてしまうと、少しズレが生まれます。
この“好き”の正体を正しく理解することが、このテーマを考える上での出発点になると感じています。
日本は“選ばれている側”という事実
「日本が好き」という声は確かに多く聞かれます。ただし、その多くは「なんとなく好印象」というレベルに留まっているケースも少なくありません。
では、ベトナムは本当に“親日国”と言えるのでしょうか。この問いに対して、現場で感じる実態は、もう少しグラデーションがあります。
確かに、日本を特別な存在として捉えている人も一定数います。日本での就労経験がある人や、留学経験がある人。実際に日本で生活し、日本人と働いた経験を持つ人たちは、日本に対して強い信頼や愛着を持っていることが多いです。
そうした人たちにとって日本は、“なんとなく好きな国”ではなく、“実体験に基づいて信頼できる国”になっています。
一方で、そうした直接的な接点を持たない層にとっては、日本はあくまで数ある国の一つです。韓国、中国、シンガポール、欧米諸国。これらと同じように、フラットに比較される対象に過ぎません。
つまり、“日本は好かれてはいるが、全員に特別視されているわけでもない”というのが、より実態に近い表現だと感じています。
そして今のベトナムでは、後者の層のほうが多いのが現実です。情報はインターネットやSNSを通じて簡単に手に入り、国ごとの違いや魅力も日常的に比較される時代になりました。
その中で、「どの国が自分にとって良いのか」が冷静に判断されています。つまり、“親日だから日本を選ぶ”という構造にはなっていないということです。
この前提に立つと、日本の立ち位置も自然と見えてきます。日本は選ぶ側ではなく、数ある選択肢の中から選ばれる側にあります。
そしてその判断は、“好意”ではなく“比較”によって決まるというのが、今のベトナムのリアルです。
なぜ「親日国」という認識がズレるのか
ここまで見てきた通り、ベトナムにおける「親日」という感覚は、決して一枚岩ではありません。
それにもかかわらず、日本人の多くが「ベトナム=親日国」と認識しているのはなぜでしょうか。
大きな理由の一つは、“ポジティブな接点だけを切り取って見ている”という点にあると感じています。
例えば、現地で出会う人たちは、もともと日本に興味がある人や、日本語を学んでいる人、日本企業と関わりがある人であるケースが多いです。当然ながら、そうした人たちは日本に対して好意的です。
そのため、「どこに行っても日本は好かれている」という感覚が生まれやすくなります。ただ実際には、それはあくまで“そういう層と接しているから”に過ぎません。
もう一つの理由は、日本人側の前提にもあります。日本はこれまで長い間、アジアの中で経済的に先行してきた国であり、多くの国から憧れを持たれてきました。
その成功体験があるからこそ「日本は好かれているはずだ」という前提が無意識に残っています。
しかし今のベトナムは、かつての延長線上にはありません。経済成長とともに選択肢が広がり、他国との比較が当たり前になっています。
つまり、“過去の認識のまま、現在を見てしまっている”ことが、ズレの正体です。このズレがあると、現場で起きている出来事の解釈を誤ります。
なぜ期待通りにいかないのか。なぜ思ったよりも距離を感じるのか。
その違和感の多くは、“前提のズレ”から生まれています。だからこそ重要なのは、「親日かどうか」というラベルで捉えるのではなく、“今のベトナムを、そのまま見ること”だと感じています。
ベトナムは本当に親日国なのか
ここまでの内容を踏まえて、改めてこの問いに向き合ってみたいと思います。
「ベトナムは親日国なのか?」
この問いに対する僕なりの答えは、シンプルです。
“親日ではあるが、一様ではない”
これが、現場で感じる最も実態に近い感覚です。そもそも「親日」という言葉は、日本という国そのものというよりも、“日本人に対して好感を持っているかどうか”という意味合いで使われることが多いと感じています。
その前提に立つと、見え方は少し変わってきます。

確かに、日本人に対して好意的な印象を持っているベトナム人は多いです。真面目、勤勉、約束を守る。そういったイメージは、今でも広く共有されています。
一方で、すべての人がそう感じているわけではありません。
例えば、日本に技能実習生として行った際に、受け入れ先企業で嫌な思いをした人。あるいは、日本人街で出会った日本人とのトラブルで、不信感を持ってしまった人。実際にそういった話を聞くこともあります。
つまり、“日本人に対してネガティブな印象を持っている人も一定数いる”というのもまた、事実です。
だからこそ、「ベトナム=親日国」と一括りにしてしまうと、本質を見誤ります。
好意的な人もいれば、そうでない人もいる。そのグラデーションの中に、今のベトナムのリアルがあります。
そして個人的には、日本が必ずしも“特別な存在”である必要はないとも思っています。
無理に選ばれる必要も、過剰に期待される必要もない。
ただ、日本人が持っている価値そのものには、大きな意味があると感じています。勤勉さ、誠実さ、責任感。いわゆる“武士道精神”のようなものは、どの国においても通用する普遍的な価値です。
だからこそ、ベトナムで会社を経営する一人の日本人として、その価値をしっかりと体現しながら、ベトナム人のメンバーを育てていきたいと思っています。
日本が好きかどうかは、人それぞれです。
ただ、日本に関わる人が増えていけば、その中で日本に対してポジティブな印象を持つ人も、自然と増えていくはずです。
そしてその結果として、日本社会で活躍できる人材が増えていく。
それが、オフショア開発会社を経営する立場として、自分が実現したいことの一つです。
