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全ビジネスパーソン必須!ビートたけしのモノマネ術〜BTM(Beat Takeshi Method)入門〜

💡この記事の3行要約

  • ビジネスパーソンは、一発芸を一つ持つべきである。

  • 私が推奨するのは、ビートたけしのモノマネである。

  • 本稿は、その有用性と実践方法を体系化したBTM(Beat Takeshi Method)の解説書である。

📚この記事を読むと得られるもの

  • なぜビートたけしのモノマネが、ビジネスにおいて有効なのかを理解できる。

  • ビジネスシーンにおいて、適切なビートたけしのモノマネを発するタイミングと、その構文が理解できる。

  • 初対面や新しい環境で、人との距離を縮める考え方を学べる。

  • ビートたけしのモノマネを習得するための具体的な方法が分かる。

  • 仕事を真面目にやることと、仕事を窮屈にやることは違う。遊び心が仕事を変えるという、新しい視点を得られる。

📖 BTM(Beat Takeshi Method) 定義
BTM(Beat Takeshi Method)とは、ビジネスシーンにおけるビートたけしのモノマネの効果的な活用方法と、その習得方法を体系化したコミュニケーション理論および実践メソッドである。多数の独自概念および仮説に基づいて構築されていることを特徴とする。
実態は、ビートたけしのモノマネそのものを目的とするものではなく、それを媒介として人と人との最初の心理的距離を縮め、信頼関係構築の第一歩を踏み出しやすくすることを目的としたコミュニケーション理論である。主な適用対象をビジネスシーンとしていることから、Business Takeshi Methodと表記する場合もある。

※なお、本稿では「Beat Takeshi Method」を正式名称とするが、主な適用対象がビジネスシーンであることから、「Business Takeshi Method」と表記する場合もある。


※6-2から有料パートになります。


0. はじめに

ビジネスパーソンに求められる能力は数多い。
論理的思考力、コミュニケーション能力、プレゼンテーション能力、リーダーシップなど、その重要性については様々な場面やこのnoteでも各クリエイターの方々によって論じられている。

一方で、それらに比べるとあまり語られることはないが、私が個人的に重要だと考えている能力がある。
それは、一発芸である。

もちろん、一発芸が直接的に売上向上や利益創出に結び付くわけではない。
しかし、組織で働く以上、人と人との関係構築は避けて通れない。そして、その関係構築の初期段階において、笑いというものが持つ力は想像以上に大きい。

特に、初対面の相手との距離を縮める場面や、自分自身の人柄を短時間で理解してもらう場面において、一発芸は極めて有効なコミュニケーション手段となる。

このようなことは、優れたビジネスパーソンである読者諸兄の皆様においては至極当然であり、得意とする一発芸の一つや二つは、すでにお持ちのことと推察する。

では、数ある一発芸の中で、ビジネスパーソンが習得すべき芸とは何か。
それは、「ビートたけしのモノマネ」である。

これを読んで、
「おいおい、今さらビートたけしのモノマネかよ」

あるいは、
「うちにはうちのビートたけしのモノマネがすでにあるから間に合っているよ」
と思われた方も多いかもしれない。

だが、少し待っていただきたい。
某グルメ漫画の主人公のように、
「そんなものはまがい物のビートたけしのモノマネだ!
明日また来てください。本物のビートたけしのモノマネをご覧に入れましょう」
とまでは言わない。

しかし、長年のサラリーマン生活の中で実践と研究を重ねてきた、私なりのビートたけしモノマネ論をぜひ聞いていただきたい。
本稿が、読者の皆様の「ビートたけしのモノマネ観」に一石を投じるものとなれば幸いである。

ビートたけしのモノマネは、一見すると単なる宴会芸のように見える。
しかし私は長年にわたり実践と研究を重ねる中で、その有用性と汎用性に気付くこととなった。

さらに考察を進める中で、ビートたけしのモノマネには一定の再現可能な習得プロセスが存在することも明らかとなった。
私はこの習得手法を、
BTM(Beat Takeshi Method)
と呼んでいる。

本稿ではまず、なぜビートたけしのモノマネがビジネスシーンにおいてこれほど有用なのかについて論じる。

続いて、数あるビートたけし構文(フレーズ)の中でも、特に汎用性が高いと考えられる構文について分析を行う。

そして後半では、私自身が実践してきたBTMの理論と具体的な習得方法について紹介する。

なお、本稿には一部独自の概念や用語が登場する。
例えば、
・ダンカン依存問題
・ダンカン特異点
・たけしエントロピー問題
・シュレディンガーのたけしの挑戦状
・永遠のファッキンジャップ待ち問題
などである。

これらの用語については本文中で順次説明するため、現時点で理解できなくても特に問題はない。

最後まで読んでいただければ、読者の皆様もBTMを習得し、ビジネスシーンにおけるビートたけしモノマネの機会を適切に捉え、適切なタイミングで、適切なフレーズを発動できるようになるものと考える。

少なくとも私はそう信じている。


1.なぜビートたけしのモノマネはビジネスで有用なのか

本章では、ビートたけしのモノマネが
なぜビジネスシーンにおいて
有用であるのかについて論じたい。

読者の中には、
「モノマネなど単なる宴会芸ではないか」
と思われる方もいるかもしれない。

しかし私は、長年のサラリーマン生活を通じて、
ビートたけしのモノマネには他の一発芸にはない
独自の優位性があると考えるに至った。
以下、その理由について順に説明する。


1-1 単純に面白い

まず最も重要な理由である。
面白い。
以上で説明は終わりである。

……と言いたいところだが、さすがにそれでは本稿の体裁上問題があるため、もう少し説明を加えたい。

ビジネスシーンにおいて、人間関係構築の初期段階で最も重要なことの一つは、「覚えてもらうこと」である。
仕事ができるかどうかは、その後に判断される。
まずは存在を認識される必要がある。

その点において、笑いは極めて強力な武器となる。
そしてビートたけしのモノマネは、多くの場合、一定以上の笑いを生み出すことができる。

もちろん、似ているかどうかは重要である。
しかし実際には、多少似ていなくても構わない。
なぜなら、周囲の人々は厳密なモノマネ品評会を求めているわけではないからである。

「この人、急にビートたけしのモノマネを始めたな」
その事実だけで十分面白いのである。

また、思い出してほしい。
ビートたけしのモノマネをする人なら誰でも一度はやる、あの独特のしぐさを。
首を少し傾けながら、コキッと首を回す動き。
声帯の奥を絞るようにして出す、かすれた低い声。
肩幅より少し広めに足を開き、上半身を反らせながら、わずかに体を傾ける独特のスタンス。

これらを組み合わせた姿は、それだけで強い破壊力を持つ。
少なくとも私は、これが面白くないわけがないと考えている。


1-2 フレーズ自体に力がある

ビートたけしのモノマネの優れた点は、声色やしぐさだけではない。
むしろ重要なのは、フレーズである。

例えば、
「ダンカン、バカヤロー」
という言葉を聞けば、多くの人は瞬時にビートたけしを連想する。
これは非常に強力である。

一般的なモノマネの場合、
・顔が似ている
・声が似ている
・仕草が似ている
など複数の条件が必要となる。

しかしビートたけしの場合は違う。
極端なことを言えば、
場合によっては声や仕草がまったく似ていなくても、フレーズだけで成立するのである。
つまり、参入障壁が低い。

また、フレーズというものは会話の中に自然に組み込むことができる。
これは後に詳しく論じるが、ビートたけしのモノマネがビジネスシーンに適している最大の理由の一つでもある。

少なくとも私はそう考えている。


1-3 世界のキタノというグローバル性

次に挙げたいのが、「世界のキタノ」ということである。

ビートたけしは単なる日本のお笑い芸人ではない。
映画監督として世界的な評価を受けており、「世界のキタノ」として知られている。

私は過去に中国へ駐在していた経験があるが、その際にもビートたけしの知名度の高さには驚かされた。
もちろん、日本国内ほどではないが。

しかし少なくとも、
「タケシ・キタノ」
という名前を知っている人は少なくなかった。
これは重要なことである。

仮に国内限定のローカルなモノマネであった場合、海外ではまったく通用しない可能性がある。

しかしビートたけしは違う。
BTMは、理論上、グローバル展開が可能なのである。

現在、多くのビジネスパーソンには何らかのグローバルな視点、あるいはグローバル対応力が求められている。
そのような時代背景を考えると、ビートたけしのモノマネというグローバル対応可能なコミュニケーション技術の重要性は、今後ますます高まるものと考えられる。

なお、現時点でBTMの海外展開事例は私以外に確認されていない。
今後の研究が待たれるところである。


1-4 ビートたけしの権威に乗っかれる

最後の理由は、権威である。

人は権威に弱い。
これは心理学的にもよく知られている。

そしてビートたけしは、日本のお笑い界における巨大な権威である。
また、先ほども述べたように、
映画監督としても世界的な評価を受けており、
映画界においても巨匠としての地位を築いている。
さらに、作家、司会者、俳優など、
多様な分野で実績を残している点も見逃せない。

当然ながら、ビートたけしのモノマネをするだけで
自分自身の能力が向上するわけではない。
しかし、ビートたけしという存在が持つ独特の空気感や説得力を、
一時的に借りることはできる。
これは非常に大きい。

例えば同じ内容を発言したとしても、
普通に言う場合と、
ビートたけし風に言う場合では、
なぜか後者の方がそれっぽく聞こえることがある。

もちろん気のせいかもしれない。
だが、人間社会とは案外そういうものである。

少なくとも私はそう考えている。


1-5 この章のまとめ

以上が、私がビートたけしのモノマネをビジネスパーソンに推奨する主な理由である。

改めて整理すると、
・単純に面白い
・フレーズ自体に力がある
・世界のキタノというグローバル性を有する
・ビートたけしの権威を活用できる
という4点に集約される。

もちろん、これらの主張に対して異論を持つ方もいるだろう。
しかし私は、これらの特徴を総合的に考慮した場合、
ビートたけしのモノマネは単なる宴会芸ではなく、
極めて実践的なコミュニケーション技術であると考えている。

少なくとも私はそう考えている。


2.ビジネスで使えるたけし構文大全

前章では、ビートたけしのモノマネがビジネスシーンにおいて有用であることについて論じた。

では実際に、我々はどのようなビートたけし構文を活用すればよいのだろうか。

ビートたけしのモノマネと一口に言っても、
その表現方法は数多く存在する。
読者の皆様も、それぞれ思い浮かべるフレーズがあるのではないだろうか。

私が考える代表的なたけし構文は、以下の5つである。

  • ダンカン、バカヤロー

  • こんな○○は嫌だ

  • こんな○○にマジになっちゃってどうするの

  • ファッキンジャップぐらいわかるよ、バカヤロー

  • アンビリバボー構文

本章では、これらの構文について改めて簡単に整理していきたい。


2-1 ダンカン、バカヤロー

おそらく最も有名なビートたけし構文である。
ビートたけしのモノマネを行う芸人の多くが使用しており、
認知度という観点では群を抜いている。

特徴は非常に分かりやすい。
名前を呼び、その後に「バカヤロー」と続ける。
これだけである。

シンプルでありながら、一瞬でビートたけしを想起させる力を持っている。
その意味で、たけし構文の原点とも言える存在である。


2-2 こんな○○は嫌だ

次に挙げられるのが、
「こんな○○は嫌だ」
構文である。

これは1985年から1996年において日本テレビ系列で放送されたバラエティ番組『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』などで広く知られるようになったフリップ芸であり、お題に対して回答を重ねることで笑いを生み出すスタイルである。

特徴は応用範囲の広さにある。
例えば、
「こんな上司は嫌だ」
「こんな会議は嫌だ」
「こんなAIは嫌だ」
など、あらゆるテーマに適用することができる。

現在でも大喜利の基本フォーマットとして広く活用されており、その影響力は非常に大きい。


2-3 こんな○○にマジになっちゃってどうするの

こちらも非常に有名なフレーズである。

元ネタはファミコンソフト『たけしの挑戦状』のエンディングメッセージとして知られている。

何かに本気になり過ぎている人や、自分自身の行動を少し俯瞰して眺める場面で使用されることが多い。

単なるツッコミではなく、
「そんなに真剣にならなくても良いのではないか」
という脱力感を含んでいる点が特徴である。

今日でもインターネット上で目にする機会の多い構文と言えるだろう。


2-4 ファッキンジャップぐらいわかるよ、バカヤロー

こちらは、ビートたけし(北野武)自身が監督・主演を務めた2000年公開の映画『BROTHER』において登場する印象的なフレーズである。

劇中では、ビートたけし演じる武闘派ヤクザ・山本が放つセリフとして用いられている。

ビートたけしらしい乱暴さと独特のリズム感を兼ね備えており、一度聞くと強く印象に残る。

また、
「○○ぐらいわかるよ、バカヤロー」
という構造自体も特徴的であり、ビートたけし構文の一つとして認識されている。


2-5 アンビリバボー構文

最後に紹介するのがアンビリバボー構文である。

本構文は、1997年よりフジテレビ系列で放送されているドキュメンタリー系バラエティ番組『奇跡体験!アンビリバボー』に由来する。

番組では、再現VTRや実話エピソードが紹介されるが、その合間に別スタジオからナビゲーターとして出演するビートたけしが、視聴者へ語り掛ける形で進行を行う。

その際、
「アンビリバボー」
というフレーズが繰り返し用いられることで、本構文は広く認知されるようになった。

驚きや意外性のある出来事に対して、
「アンビリバボー!」
と発する。
極めてシンプルな構文であり、ビートたけしを代表するフレーズの一つとして知られている。

なお、本稿において「アンビリバボー構文」と呼ぶ場合、単に「アンビリバボー」と発声する行為だけではなく、その前振りである
「なぜ〇〇は□□してしまったのか?」
を含めた構文全般を指すものとする。


2-6 この章のまとめ

本章では、代表的なたけし構文として以下の5つを紹介した。

  • ダンカン、バカヤロー

  • こんな○○は嫌だ

  • こんな○○にマジになっちゃってどうするの

  • ファッキンジャップぐらいわかるよ、バカヤロー

  • アンビリバボー構文

いずれもビートたけしを代表するフレーズであり、それぞれ異なる特徴を持っている。

しかし、ビジネスシーンにおいて実際に活用することを考えた場合、それぞれの構文には異なる長所と短所が存在するように思われる。

次章では、これらの構文を比較分析しながら、私が推奨する構文は、何なのかについて論じていきたい。


第3章 なぜアンビリバボー構文は最強なのか

前章では、代表的なたけし構文について整理を行った。
いずれの構文も優れた特徴を有しており、ビートたけしを想起させるという点において一定の有効性を持つ。

しかし、ビジネスシーンにおける実践的運用という観点から考えた場合、それぞれの構文には無視できない構造的課題が存在する。

私は長年にわたり、ビートたけしのモノマネを実践・研究する中で、
これらの課題を分析してきた。
その結果、複数の問題群が存在することが明らかとなった。

例えば、
・ダンカン依存問題
・ダンカン特異点
・たけしエントロピー問題
・シュレディンガーのたけしの挑戦状
・永遠のファッキンジャップ待ち問題
などである。

なお、ここで読者の皆様の中には、
「何を言っているのか全く分からない」
と思われた方もいるかもしれない。
安心してほしい。
私も文章を書きながら時々そう思っている。

しかし、研究というものは往々にしてそのようなものである。
少なくとも私はそう考えている。

以下、それぞれの構文について順番に検討していきたい。


3-1 「ダンカン、バカヤロー」の限界

まず最初に検討したいのが、
「ダンカン、バカヤロー」
である。

認知度という観点では、おそらく全たけし構文の中でも最上位に位置する。
ビートたけしのモノマネを行う際、多くの人が最初に思い浮かべるフレーズでもあるだろう。日本人であれば、誰でも一度は言ったことがあるフレーズではないだろうか。

しかしながら、ビジネスシーンにおいて実際に運用しようとした場合、本構文には大きく二つの問題が存在する。
私はこれを、
・ダンカン依存問題
・ダンカン特異点
と呼んでいる。


3-1-1 ダンカン依存問題

まず第一の問題は、
「ダンカンがいない」
ということである。
一見すると当たり前のように聞こえるかもしれない。
しかしこれは極めて重要な問題である。

そもそも本構文は、
「ダンカン」
という特定人物の存在を前提として成立している。
ところが、読者の職場を思い浮かべてほしい。
営業部にダンカンはいるだろうか。
経理部にダンカンはいるだろうか。
工場の組み立てラインにダンカンはいるだろうか。
役員会にダンカンはいるだろうか。
おそらく、いない。
少なくとも私のこれまでの会社人生において、ダンカンに遭遇したことは一度もない。

つまり本構文は、実用上極めて重要な発動条件を満たしにくいのである。
もちろん、
「山田、バカヤロー」
「鈴木、バカヤロー」
へ置換することも理論上は可能である。
しかしその場合、それはもはやビートたけしのモノマネではない。
ただの暴言である。
場合によってはパワーハラスメント研修案件へ発展する可能性すらある。

このように、本構文はダンカンの存在に大きく依存している。
私はこの問題を、

ダンカン依存問題
(Duncan Dependency Problem : DDP)

と呼んでいる。

つまり、この「ダンカン、バカヤロー」構文は、「ダンカン」が存在し、その「ダンカン」をトリガーとして初めて発動することができる、極めて限定的な条件下でのみ使用が許される構文だったのである。

その認知度とは裏腹に、実際の運用条件は驚くほど厳しい。
したがって、極めて有名なフレーズではあるものの、ビジネスパーソンが実際に使用できる場面は、理論上ゼロである。
少なくとも私が確認している範囲ではそうである。


3-1-2 ダンカン特異点

しかし、「ダンカン、バカヤロー」構文には、さらに根本的な問題が存在する。
それが、
ダンカン特異点
(Duncan Singularity)

である。

ここで読者の皆様に改めて考えていただきたい。
「ダンカン、バカヤロー」
というフレーズを聞いたとき、皆様は本当にダンカンという人物を思い浮かべているだろうか。
おそらく違う。

思い浮かべているのは、
ビートたけし
である。

つまり我々は、
「ダンカン」
という単語を聞いているにもかかわらず、
ダンカン本人ではなく、
ビートたけしを想起しているのである。

これは冷静に考えると極めて奇妙な現象である。
例えば、
「木村」
と言われたら木村を想像する。
「田中」
と言われたら田中を想像する。
しかし、
「ダンカン」
と言われるとビートたけしを想像する。

なぜなのか。
私は長年この問題について考え続けてきた。
そして一つの結論に至った。
それは、
ダンカンはもはやダンカンではない
ということである。

本来、
「ダンカン」
とは人物名である。
しかし長年にわたり、
「ダンカン、バカヤロー」
という形で使用され続けた結果、
ダンカンという言葉は個人を指す記号としての機能を失った。

そして現在では、
「ビートたけしっぽさ」
を表現するための概念へと変質している。

つまり、
ダンカンは人名から概念へ進化したのである。

私はこの現象を、
ダンカン特異点
(Duncan Singularity)

と呼んでいる。

さらに問題は続く。
仮に、
「ダンカン」
だけを発した場合を考えてみよう。
ほとんどの人は違和感を覚える。
逆に、
「バカヤロー」
だけでも何か物足りない。
しかし、
「ダンカン、バカヤロー」
になると急に完成する。

つまり、

ダンカンとバカヤローは既に分離不能なのである

これは化学で言う共有結合に近い状態であり、
もはや個別の単語として扱うことはできない。
このような状態に至った時点で、
ダンカンは実在人物から切り離され、
一つの独立した言語単位として再構成されたと考えられる。

その結果、
「ダンカン」を別の名前へ置換することも困難となる。

なぜなら、
「山田、バカヤロー」
は成立しないからである。
それはビートたけしではない。
山田への暴言である。

つまりダンカン構文は、
ダンカン依存問題によって発動できず、
ダンカン特異点によって置換もできない。
この時点で、ビジネスシーンにおける運用可能性は事実上消滅している。

少なくとも私はそう考えている。


3-2 「こんな○○は嫌だ」の限界

次に検討したいのが、
「こんな○○は嫌だ」
構文である。

前章でも述べた通り、本構文は極めて高い汎用性を持つ。
例えば、
「こんなTeams会議は嫌だ」
「こんな営業は嫌だ」
「こんなAI活用は嫌だ」
など、あらゆる対象に適用することが可能である。

実際、ここまで読んできた読者の中には、
「ダンカン依存問題を解決した最強構文ではないか」
と思われた方もいるかもしれない。

しかし私は、初心者には本構文を推奨していない。
理由は単純である。
高度すぎるのだ。


3-2-1 たけしエントロピー問題

まず、本構文の構造を整理してみよう。

本構文は一般的に以下の三段階で構成される。
① 対象(お題)を設定する
    ↓
② その対象に対して回答する
    ↓
③ さらにその回答について、面白おかしく詳細な説明を行う

例えば、
「こんなTeams会議は嫌だ」
というお題に対し、
「絶対に寝っ転がって参加しているやつがいる」
という回答を出したとする。

ここまでは比較的容易である。
実際、多くのサラリーマンは日々の業務経験から、いくつかの回答であれば問題なく生成できるだろう。
問題はその先にある。

本構文の本体は、
実は③なのである。
回答そのものよりも、
その回答をどれだけ面白く膨らませられるか。
そこに本質がある。

例えば、
「絶対に寝っ転がって参加しているやつがいる」
という回答に対して、
「カメラはオンなんですよ」
「でも画角がずっと下からなんですよ」
「背景が明らかに布団なんですよ」
「たまに天井しか映らなくなるんですよ」
「それでも本人は一切説明しないんですよ」
「もう隠す気もないんですよ」
などと話を広げていく。

あるいは、
「背景が布団なんですよ」
「しかも枕まで映ってるんですよ」
「もう在宅勤務じゃないんですよ」
「在宅就寝なんですよ」
などとさらに発展させることも可能である。
笑いの本体は、この③の部分に存在する。

しかし、ここで問題が発生する。
難しいのである。
一般人でも②までは何とかなる。
それこそサラリーマンあるあるであれば、いくつかは回答できるだろう。

しかし③は違う。
ここでは純粋な話術が要求される。
回答を広げる力。
観察を笑いへ変換する力。
テンポよく展開する力。
これらが必要となる。
芸人ではない一般サラリーマンにとって、長尺のトークを成立させることは容易ではない。

このように、
「こんな○○は嫌だ」
構文は極めて優秀なフレームワークでありながら、その本質部分に高度な話術を要求する。

私はこのような素人に対してあまりに負荷が高すぎるこの問題を、
たけしエントロピー問題
(Takeshi Entropy Problem : TEP)

と呼んでいる。


3-2-2 たけしドリフト

さらに問題は続く。
仮に③を成立させるだけの話術を持っていたとしても、
今度は別の問題が発生する。
長尺になりやすいのである。

そして長尺になるということは、
長時間のビートたけしモノマネを要求されるということでもある。
ビートたけしのモノマネは、長く続ければ続けるほど粗が出る。
これは避けられない。
最初の10秒は耐えられるかもしれない。
しかし30秒。
1分。
2分。
と時間が経過するにつれ、徐々にビートたけしではなくなっていく。

私はこの現象を、
たけしドリフト
(Takeshi Drift)

と呼んでいる。

これは長時間のモノマネ継続によって、本来のビートたけしから徐々に逸脱していく現象である。

一般的なモノマネであれば多少の誤差は問題にならない。
しかしビートたけしの場合、声、リズム、首の角度、体の傾きなど、多くの要素によって成立している。
そのため長時間維持することは想像以上に難しい。
結果として、演者は徐々にビートたけしから離れていく。
そして本人だけがそのことに気付いていない場合も多い。
これは極めて危険な状態である。


3-2-3 たけしノーリターン現象

さらに危険なのは、たけしドリフトが進行した先に存在する状態である。
ビートたけしを維持しながら説明を重ねる。

さらに説明を重ねる。

さらに説明を重ねる。

すると演者自身も、
自分がビートたけしなのか、
サラリーマンなのか、
だんだん分からなくなってくる。

私はこの状態を、
たけしノーリターン現象
(Takeshi No Return Phenomenon : TNRP)

と呼んでいる。

たけしドリフトが臨界点を超えた結果、
演者が元の状態へ復帰できなくなる現象である。

現在までに確認された症例は存在しない。
しかし、確認されていないだけで存在しないとは言い切れない。
科学的には極めて慎重な姿勢が求められる。
場合によっては帰って来られなくなる可能性もある。

どこから帰って来れなくなるかは、私にも分からない。
しかし危険であることだけは確かである。

以上の理由により、
「こんな○○は嫌だ」
構文は極めて優秀なフレームワークでありながら、
一般ビジネスパーソンが実践するには難易度が高すぎる。
ビートたけしモノマネは、用法と用量を守ることが重要である。

少なくとも私はそう考えている。


3-3 「こんな○○にマジになっちゃってどうするの」の限界

3-3-1 シュレディンガーのたけしの挑戦状

本構文の出典は、ファミコンソフト
『たけしの挑戦状』
のエンディングである。

しかし、読者の皆様に冷静に考えていただきたい。
果たしてこのフレーズを、
リアルタイムで実際に見たことがある人はどれだけ存在するのだろうか。

かくいう私の実家にも、
なぜか『たけしの挑戦状』のカセットが存在していた。
誰が買ったのかは知らない。
少なくとも私ではない。

少し脱線するが、昭和という時代は不思議な時代であった。
買った覚えのないファミコンカセットが
一家に一つは普通に存在したのである。
しかも、そのようなカセットの裏には、
聞いたこともない人の名前がマジックで書かれていたりした。
今思えば、古き良き時代である。

……閑話休題、話を本筋へ戻そう。

この買った覚えのない『たけしの挑戦状』に、
私自身も何度か挑戦した記憶がある。
しかし、
エンディングは見ていない。
むしろ一面すらクリアできていない。

なぜなら毎回飛行機が落ちるからである。
当時の私には、
なぜ飛行機が落ちるのか理解できなかった。
今でもよく分かっていない。

とにかく私にとって『たけしの挑戦状』とは、
会社に辞表を提出し、
妻に離婚届を渡し、
パチンコを打ち、
道行く人を殴り、
その後、海外行きの飛行機に搭乗し、
そしてその飛行機が毎回墜落する、
というゲームである。

少なくとも当時の私には、そのように認識されていた。

このように、『たけしの挑戦状』は伝説的な難易度で知られる作品である。
当時クリアできた人は決して多くなかった。
いや、いなかったといっても過言ではない。

このクリアした人がほとんどいない、という状況が
「こんな○○にマジになっちゃってどうするの」構文を使う上での
最大の障壁になっているのである。

そして現代において本作を知る人の多くは、
ゲームそのものではなく、
近年、ネット記事や動画から、このエンディングの画面を知識として得て、
知っているだけである。

つまり、
みんな知っている。
しかし誰も見ていない。

ということは、
この
「こんなゲームにマジになっちゃってどうするの」
というフレーズも、
実際には見ていないのである。

これは極めて奇妙な状態である。

私はこの現象を、
シュレディンガーのたけしの挑戦状
(Schrödinger's Takeshi no Chōsenjō)

と呼んでいる。

箱を開けるまで猫の生死が確定しないように、
ゲームをクリアするまで、
ビートたけしが本当にそのフレーズを言ったのかどうかは確定しない。

もちろん、理屈の上では言ったのであろう。
エンディングに存在するのだから。
理論上は存在する。
しかし理論上の存在と、実際の観測は別問題である。
実際に見た人がほとんど存在しない以上、
我々はそれを観測できていない。

つまり、
このフレーズをビートたけしのモノマネ構文として採用すべきかどうかを、十分に検証できていないのである。

安定を是とするサラリーマンが、
このような未検証技術へ安易に飛びつくことはできない。

ゆえに、
「こんな○○にマジになっちゃってどうするの」
構文を、
ビジネスシーンにおける主力たけし構文として採用することは難しいのである。


3-4 「ファッキンジャップぐらいわかるよ、バカヤロー」の限界

続いて検討したいのが、
「ファッキンジャップぐらいわかるよ、バカヤロー」
構文である。

本構文は、ビートたけし(北野武)自身が
監督・主演を務めた映画『BROTHER』に由来する。

その語感は非常に良い。
勢いもある。
さらに最後の
「バカヤロー」
によって見事にビートたけしへ着地している。

構文としての完成度は高い。
しかしながら、本構文にも重大な問題が存在する。


3-4-1 永遠のファッキンジャップ待ち問題

本構文の最大の問題は、
リアクション芸、すなわちカウンター技である
という点にある。

本構文は、
まず相手から
「ファッキンジャップ」
と言われることを前提としている。

そして、
それに対して
「ファッキンジャップぐらいわかるよ、バカヤロー」
と返すことで成立する。

つまり、自ら発動することができない。
ファッキンジャップあっての、バカヤローなのである。

ここで読者の皆様に問いたい。
最近、
「ファッキンジャップ」
と言われたことはあるだろうか。

少なくとも私は無い。
最近どころか、人生において言われた記憶がない。
おそらく多くの読者も同様ではないだろうか。

もちろん言われない方が良い。
国際親善の観点からも良い。
コンプライアンスの観点からも良い。
会社としても、その方が望ましい。

しかし困ったことに、
言われないと構文が発動できないのである。

つまり本構文は、
「発動条件依存型」
なのである。

発動条件を自分でコントロールできないフレームワークは弱い。
ビジネスにおいても同じである。

私はこの問題を、
永遠のファッキンジャップ待ち問題
(Eternal Fuckin' Jap Waiting Problem : EFJWP)
と呼んでいる。

発動機会を永遠に待ち続ける。
しかし、その機会は訪れない。

名前だけ聞くと、
未解決の数学上の難問のようである。

実態は違う。
ただ単に、
誰もファッキンジャップと言ってくれないのである。
なお、本問題については現在も解決に至っていない。


3-4-2 応用可能性の検討
では、
本構文は応用できないのだろうか。

例えば最近のビジネスシーンを考えてみる。
会議の中で、
「アジャイル」
という言葉が出てきたとする。

そこで、
「アジャイルぐらいわかるよ、バカヤロー」
と言う。

あるいは、
「KPIぐらいわかるよ、バカヤロー」
「OODAループぐらいわかるよ、バカヤロー」
でもよい。

一見すると応用可能に見える。

しかし冷静に考えてほしい。
これはモノマネではない。
ただの感じの悪い人である。

場合によっては会議の空気が悪くなる。
場合によっては会議終了後に上司から呼び出される。
場合によっては人事部案件となる。

ここで、
なぜ我々はビジネスシーンにおいてビートたけしのモノマネをするのか、
という原点に立ち返ってほしい。

そう。
人々を笑顔にし、
円滑なコミュニケーションを実現するためである。

このような使い方は、
本来の目的と手段が完全に入れ替わっている。
いわゆる、
「目的と手段の逆転現象」
である。

我々賢いビジネスパーソンは、

ビートたけしに使われてはいけない。
ビートたけしを使いこなさなければならないのである。

というわけで、
このような誤ったビートたけし運用は、
ビジネス利用には適さないのである。


3-4-3 この構文の評価
以上より、
「ファッキンジャップぐらいわかるよ、バカヤロー」
構文は、
・語感
・完成度
・破壊力
の面では極めて優秀である。

しかし、
・発動条件を自ら制御できない。
・そして無理に応用すると、ただの感じの悪い人になる。
この二つの問題は致命的である。

ゆえに本構文を、
ビジネスシーンにおける主力たけし構文として採用することは難しい。
少なくとも私はそう考えている。


3-5 この章のまとめ

以上、本章では代表的なたけし構文について検討してきた。
その結果、

  • 「ダンカン、バカヤロー」構文は、ダンカン依存問題を抱えている。

  • 「こんな○○は嫌だ」構文は、たけしドリフトおよびたけしノーリターン現象の危険性を抱えている。

  • 「こんな○○にマジになっちゃってどうするの」構文は、シュレディンガーのたけしの挑戦状問題を抱えている。

  • 「ファッキンジャップぐらいわかるよ、バカヤロー」構文は、永遠のファッキンジャップ待ち問題を抱えている。

いずれも有名な構文でありながら、
ビジネスシーンへの適用を考えた場合、
何らかの構造的課題を有していることが分かった。

では我々は、ビジネスシーンにおいて
ビートたけし構文を活用することを諦めなければならないのであろうか。

答えは「否」である。


第4章 アンビリバボー構文最強説

ここまで私は、有力なたけし構文の数々について検討してきた。
しかし、その結論は一貫していた。

使えないのである。

もちろん全く使えないわけではない。
使おうと思えば使える。

しかし、
ダンカンは存在しない。
ファッキンジャップとも言われない。
長時間のたけしモノマネは危険である。
そして、そもそも出典を観測できていない構文まで存在する。

このような状況を鑑みると、
「ビートたけし構文は、ビジネスシーンでは実用に耐えないのではないか」
という悲観的な結論に至ってしまいそうになる。

だが、まだ希望は残されている。

そう。
我々には、
アンビリバボー構文
がある。

ビートたけしモノマネという名の「パンドラの箱」。
その底には、
アンビリバボー構文という
最後の希望が残されていたのである。

私は長年の研究と実践を通じて、
このアンビリバボー構文こそが、
ビジネスシーンにおいて最も有用なたけし構文である、
との結論に至った。

そして、その優位性はこれまで検討してきた構文の欠点を、
ほぼ全て克服している点にある。
本章では、その理由について詳しく論じていきたい。


4-1 そもそもアンビリバボー構文とは

ここで改めて、
アンビリバボー構文とは何か、整理していきたい。

アンビリバボー構文は、一見すると単純である。
多くの人は、
「アンビリバボー!」
という最後の一言だけをイメージするかもしれない。

しかし、それは本質ではない。
本当に重要なのは、
その前段階である。

私はアンビリバボー構文を、
上の句

下の句
の二部構成で捉えている。

まず上の句で、
「なぜ〇〇は□□してしまったのか」
という問いを提示する。

その後、
「常識では考えられない出来事、アンビリバボー」
という下の句によって締める。

基本形は以下の通りである。
なぜ〇〇は□□してしまったのか。
常識では考えられない出来事、アンビリバボー。

これだけである。
極めてシンプルである。
しかし、このシンプルさこそが本構文最大の強みなのである。


例えば、
なぜ私の企画書は上司の承認を得られなかったのか。
常識では考えられない出来事、アンビリバボー。

あるいは、
なぜこの製品は予想を超える売上を記録してしまったのか。
常識では考えられない出来事、アンビリバボー。

さらには、
なぜこの会議は三時間も続いてしまったのか。
常識では考えられない出来事、アンビリバボー。

いずれも成立する。

ここで注目して頂きたいのは、
下の句は”固定“ということである。

固定の下の句につなげる、可変の上の句をどうするか
というのがアンビリバボー構文の肝なのである。

つまり、
ビジネスパーソンに求められるのは、
アンビリバボーそのものではない。
アンビリバボーを発動する機会、
“上の句”を発見する能力なのである。


私はこの発動機会のことを、
『アンビリバボーチャンス』
略して
『バボちゃん』
と呼んでいる。

例えば、
誰かが
「なぜ?」
「なんで?」
と発言した瞬間。
これは極めて分かりやすいバボちゃんである。

また、
誰も「なぜ」と口にはしていないが、
会議室全体が
「なんでこんなことになったんだ……」
という空気に包まれている場合もある。
これもまたバボちゃんである。

つまり、
アンビリバボー上級者は、
言葉だけでなく、
空気からもバボちゃんを検知するのである。

さらに高度な運用も存在する。
それが、
マッチポンプ型
である。

これは、
バボちゃんが存在しない場合、
自ら創出する手法である。

例えば、
私は最近非常に体調が良い。
なぜ私は最近体調が良いのだろうか。
常識では考えられない出来事、アンビリバボー。

そして、その後に理由を説明する。

つまり、
自ら問いを生成し、
自らアンビリバボーへ接続するのである。

高度な技術である。
しかし習得できれば、発動機会を外部環境へ依存しなくなる。
これはBTMにおける大きな強みと言える。


以上より、
アンビリバボー構文とは単なるモノマネではない。

問いの発見、
空気の察知、
そして状況の再解釈を行うための、

極めて汎用性の高いコミュニケーションフレームワークなのである。

そして何より重要なのは、
本構文が、これまで検討してきた他のたけし構文とは異なり、
発動条件をほとんど選ばないという点である。

ダンカンの存在も必要ない。
ファッキンジャップと言われる必要もない。
長時間のモノマネを継続する必要もない。
たけしの挑戦状をクリアしている必要もない。

必要なのは、
「なぜ」
だけである。

そして、この「なぜ」は、
ビジネスシーンにおいて驚くほど頻繁に発生する。
というより、このトリガーになる「なぜ」すら、
自ら生成することができるのである。

言い換えると本構文は、
制御できない外部環境への依存度が極めて低い。

すなわち、
外乱に対して強固である、といえる。

これはBTM(Business Takeshi Method)において、
極めて重要な意味を持つ。

なぜなら、優れたフレームワークとは、
理論的な美しさではなく、
実際に運用できることによって評価されるからである。

その意味において、
アンビリバボー構文は現時点で確認されているたけし構文の中でも、
ビジネスパーソンにとって最も実践的な構文であると言えるだろう。

少なくとも私はそう考えている。


4-2 バボちゃん検知理論

アンビリバボー構文の優位性については、前節までで説明した通りである。

しかし、ここで一つ問題がある。
アンビリバボー構文は優れている。
汎用性も高い。
外乱耐性も高い。
だが、どれほど優れた構文であっても、
発動できなければ意味がない。

ここで重要となるのが、
アンビリバボーチャンス
略して
バボちゃん
の存在である。

私は長年の研究と実践を通じて、
バボちゃんの検知能力には
明確なレベル差が存在することを確認している。

初心者と上級者の違いは、
ビートたけしのモノマネの上手さではない。
バボちゃんを発見できるかどうか。
そこの差ある。

以下、その発動条件における代表的な3段階のレベルについて解説したい。


4-2-1 レベル1 直接発動型
最も基本的な検知方法である。

誰かが、
「なぜ」
あるいは
「なんで」
という言葉を発した瞬間に反応する。

これを私は、
直接発動型
と呼んでいる。

BTM初心者に最も推奨される方式である。

例えば、
上司
「なんでこの案件遅れてるの?」
という発言があったとする。

その瞬間、
あなたの脳内では警報が鳴る。
バボちゃんである。

そこで静かに前へ出る。
そして、
「なぜこの案件は遅れてしまったのか……」
(少し間を置く)
「常識では考えられない出来事、アンビリバボー」

発動成功である。

比較的難易度は低い。
なぜなら、
相手がすでに「なぜ」を提供してくれているからである。

いわば、
落ちているバボちゃんを拾う作業である。
まずはここから始めると良いだろう。


4-2-2 レベル2 空気察知型
しかし、
実際のビジネスシーンでは、
常に
「なぜ」

「なんで」
が明示的に発言されるとは限らない。

むしろ多くの場合、
人々は口には出さない。
ただ、
「なんでこうなったんだ……」
と思っているだけである。

ここで必要になるのが、
空気察知型
である。

例えば、
営業部長
「今月の売上が前年比300%になりました」
という報告があったとする。

会議室には驚きが広がる。
誰も、
「なぜ売れたのですか」
とは言っていない。

しかし全員の顔には、
「なんで?」
と書いてある。

ここでBTM中級者は気付く。
バボちゃんである。

そこで、
「なぜこの商品はここまで売れてしまったのか……」
(少し間を置く)
「常識では考えられない出来事、アンビリバボー」
と発動する。

重要なのは、
言葉ではなく空気を読むことである。

つまり、
アンビリバボー中級者は、
会話を聞くのではない。
場を読むのである。

BTMの本質は、
モノマネではなく観察力である。
私はそう考えている。


4-2-3 レベル3 マッチポンプ型
そして最終段階が存在する。

それが、
マッチポンプ型
である。

ここまで来ると、
もはや「なぜ」を待たない。

そもそもバボちゃんが存在しないのであれば、
自ら創ればよい。
という発想である。

例えば、
私は最近非常に体調が良い。
という話をしたいとする。

普通の人は、
「最近体調が良いんですよ」
で終わる。

しかしBTM上級者は違う。

まず自ら問いを生成する。
「私は最近非常に体調が良い」
(少し間を置く)
「なぜ私は最近体調が良いのだろうか……」
(さらに間を置く)
「常識では考えられない出来事、アンビリバボー」

そして、
「毎日23時に寝るようになったからである」
と続ける。

完全に自作自演である。
しかし理論上は何の問題もない。

なぜなら、
自ら問いを生成しているからである。
アンビリバボー構文は、
本質的に「なぜ」に反応する構文である。

ならば、
その「なぜ」を自ら生成しても構わない。
むしろ理論的には自然な拡張である。

この段階に到達すると、
発動機会を外部環境へ依存しなくなる。

つまり、
バボちゃんの完全内製化が
実現されるのである。


4-2-4 バボちゃん検知能力こそがBTMの核心である
以上、バボちゃん検知理論の三段階について説明した。

  • レベル1(初心者) 直接発動型

  • レベル2(中級者) 空気察知型

  • レベル3(上級者) マッチポンプ型

初心者は、
バボちゃんが現れるのを待つ。

中級者は、
空気の中からバボちゃんを発見する。

上級者は、
バボちゃんそのものを創り出す。

この違いは大きい。
なぜなら、
アンビリバボー構文の価値は、
モノマネの精度では決まらないからである。

極端な話、
多少たけしに似ていなくてもよい。

重要なのは、
「今ここがアンビリバボーチャンスなのか」
を見極めることである。

ビジネスパーソンに必要なのは、
ロジカルシンキングではない。
バボちゃんを発見する力である

ここで勘の良い読者諸兄はこう思っているのではないだろうか、
「あれ?BTMって、
ビジネスパーソンに求められるスキルそのものではないか?」
そうなのである、
 ・会話の中から重要なキーワードを探し、見逃さない  
 ・言葉にはならない、その場の空気を読み取る  
 ・自ら率先して空気を変える仕掛けをする
これらは、現代のビジネスパーソンに求められる重要スキルそのものである

つまりBTMは、
単なるモノマネ技術ではない。
現代ビジネスパーソンに求められる
・観察力
・空気察知能力
・状況介入能力
を鍛えるための、
極めて実践的なトレーニング手法になりうる可能性を秘めたメソッドであるといえる。

少なくとも私はそう考えている。


4-3 バボちゃん事例集とバボちゃん指数(BI)

アンビリバボー構文の最大の特徴は、
ポジティブ事象とネガティブ事象の双方へ適用可能である点にある。

多くのたけし構文は、
怒り、
困惑、
ツッコミ、
など特定の感情に依存している。

しかしアンビリバボー構文は違う。
 ・成功しても使える。
 ・失敗しても使える。
 ・褒められても使える。
 ・怒られても使える。
つまり本構文は、
感情中立型構文
なのである。

私はこの汎用性こそ、
アンビリバボー構文最大の強みであると考えている。

では実際に、
どのような場面がアンビリバボーチャンスとなるのであろうか。

私は長年の研究を通じて、
アンビリバボーチャンスには強弱が存在することを確認している。

同じバボちゃんでも、
発動しやすいものと、
発動しにくいものが存在するのである。

そこで私は、
バボちゃん指数(Babochan Index)
略してBI
を提唱したい。

BIとは、
「その事象がどれだけ自然にアンビリバボーへ接続できるか」
を示す指標である。
数値は1から10で評価される。


【BI3】
なぜコピー機は紙詰まりしてしまったのか。
常識では考えられない出来事、アンビリバボー。

比較的よくある出来事であり、
意外性は低い。


【BI5】
なぜ経費精算は三度目の差し戻しを受けてしまったのか。
常識では考えられない出来事、アンビリバボー。

本人にとってはアンビリバボーだが、
周囲から見るとそうでもない。


【BI7】
なぜ会議室予約は四重に重複してしまったのか。
常識では考えられない出来事、アンビリバボー。

会議室運営に対する信頼が大きく揺らぐ。


【BI8】
なぜ失注した案件から大型受注が発生してしまったのか。
常識では考えられない出来事、アンビリバボー。

ネガティブからポジティブへの反転は、
高いBIを生み出す。


【BI9】
なぜ再起動だけで全て解決してしまったのか。
常識では考えられない出来事、アンビリバボー。

IT部門において古来より観測される現象である。


【BI10】
なぜTeams会議の背景が明らかに布団だったのか。
常識では考えられない出来事、アンビリバボー。

極めて強力なバボちゃんである。
初心者でも発動可能であり、
会議参加者全員が同時に「なぜ」を抱く。
理想的なアンビリバボーチャンスと言える。


以上の事例から分かる通り、
アンビリバボー構文は対象を選ばない。
成功にも使える。
失敗にも使える。
トラブルにも使える。
奇跡にも使える。

そして何より、
ほぼ全てのビジネスシーンに適用可能である。

私はこれこそが、
アンビリバボー構文がBTM理論において
最強とされる理由であると考えている。


4-4 アンビリバボー構文を使う心得

ここまで私は、
 ・アンビリバボー構文の構造
 ・バボちゃん検知理論
 ・バボちゃん指数
について説明してきた。

しかし実のところ、
これらは枝葉に過ぎない。
BTMにおいて本当に重要なことは、
たった一つである。

それは、
やると決めたら、躊躇せず最後までやり切ること
である。


アンビリバボー構文は、
ロジカルシンキングでもなければ、
統計学でもない。
勢いである。

例えば、
「なぜこの案件は遅れてしまったのか……」
と言った後、
急に恥ずかしくなって黙ってしまう。
これは良くない。

最後まで言い切るのである。

「常識では考えられない出来事……」
(少し間を置く)
「アンビリバボー」
ここまで言って初めて発動成功となる。


出来栄えは問題ではない。
似ているかどうかも問題ではない。
重要なのは、
最後まで堂々とやり切ることである。

これはビートたけしのモノマネに限らない。
会議での発言もそうである。
提案もそうである。
プレゼンテーションも同じである。

途中で恥ずかしくなり、声が小さくなってしまえば、
どれほど内容が優れた発言やプレゼンであっても、
その価値が周囲へ十分に伝わることは少ない。

そして、
中途半端なアンビリバボーほど危険なものはない。

このように、
BTMはビジネスパーソンのマインドセットにおいても、
非常に有用なものであることが、
また一つそのエビデンスを示してしまったわけである。


私は長年のBTM研究を通じて、
一つの結論に至った。

多くの人は、
バボちゃんに出会う。
しかし、
発動できる人は少ない。

バボちゃんを見つけることは難しくない。
難しいのは、
見つけたバボちゃんを信じることである
そして、
アンビリバボーを叫ぶ自分自身を信じることである。


明日から皆さんも、
ぜひ職場でバボちゃんを探してほしい。
そして、
その瞬間が訪れたら躊躇してはならない。

バボちゃんを発見したら、
即アンビリバボー構文を発動する。

そのバボちゃん筋を鍛えてほしい。

なぜあなたはアンビリバボーと言えたのか。
常識では考えられない出来事。
アンビリバボー!


第5章 私がBTMを信じる理由
~中国駐在で起きた奇跡~

前章までは、BTMがいかにビジネスシーンにおいて有用であるか、
またどのようにビジネスシーンにおいて活用するか、
ということを論じてきた。

本章では、このBTMが実際のビジネスシーンにおいて
どれだけ有用かのエビデンスとして、
私の実際の中国駐在時の経験を紹介したいと思う。


5-1 駐在員という小さなコミュニティ

私が中国へ赴任した当時、
現地の日本人駐在員は全部で13名ほどだった。
その中で、私は最年少だった。
年齢は三十代。
他の駐在員の方々は、ほとんどが四十代、五十代であり、
しかもほとんどが別部門の方々であり、
赴任前から面識があった方は1人もいなかった。

つまり私は、すでにある程度出来上がっていた駐在員コミュニティの中へ、
突然一人で入っていく立場だったのである。

海外駐在というと、
まず言葉の壁や文化の違いが語られることが多い。

もちろん、それも大きい。
しかし私にとって最初に感じた壁は、
実は中国の方々との関係ではなかった。
同じ日本人駐在員との距離感だった。
年齢も違う。
所属部門も違う。
それまでの仕事上の接点もない。

そして私自身、
決して最初から器用に人間関係を作れるタイプではない。
かつ、私という人間は、
初対面では理解されにくく、誤解されることが多いキャラクターであった。

具体的には
・朝、寝癖が付いたまま出社してしまうことがある。
・シャツがズボンから出ていることもよくある。
・目上の人にも思ったことをそのまま口にしてしまい、配慮が足りない人だと思われることがよくある。
という癖があった。
(……こうして並べてみると、我ながらなかなかの問題児である。)

そのため、他の駐在員の方々から
「だらしない、ちょっと困ったやつ」
というキャラクターとして見られてしまっていた。
そして、その最初の印象を覆すことは、私が思っていた以上に難しかった。
それこそが当時の私にとって最大の課題だったのである。

そのため赴任当初、
私はこの小さなコミュニティの中へ、
どうやって自分という人間を受け入れてもらえばよいのか。
そのことに少なからず悩んでいた


5-2 初めてのBTM実戦投入

転機は、毎週月曜日の朝に行われていた駐在員ミーティングで訪れた。
このミーティングでは、
業務報告とは別に、
一人ずつ持ち回りで数分程度のフリートークを行う時間が設けられていた。

内容は自由である。
最近気付いたことでもよい。
趣味の話でもよい。
仕事で学んだことでもよい。
いわば、朝礼でのスピーチのようなものであった。

そして、ある週に私の順番が回ってきた。

さて、何を話そうか。
当時の私は、それなりに真剣に悩んでいた。
せっかく話すのであれば、少しでも場が和むような話をしたい。
そんなことを考えていた。

その頃、私はある悩みを抱えていた。
寝癖である。
私はもともと癖っ毛のため、昔から寝癖が付きやすく、
出社すると「今日も寝癖がすごいね。」
と、しばしば指摘されていた。
前述したように、
私をだらしないキャラとしている一因であった。

そこで一念発起し、
振動によって寝癖を整える電動ブラシを新たに購入した。
毎朝それを使うようになってから、
確かに寝癖は以前より目立たなくなっていた。

「よし、この話をしよう。」
そう決めた。

しかし、普通に話しても面白くない。
そこで私は、
当時まだ理論としては確立していないが、
ぼんやりとは持っていたBTM理論(の原型のようなもの)を
実戦投入することにしたのである。

そして駐在員ミーティング当日・・・

私は電動ブラシを手に持ち、ゆっくりと話し始めた。
「最近、私って寝癖が付かなくなったと思いませんか?」
「なぜ私は、最近寝癖が付かなくなってしまったのか……」
少し間を置く。

会議室が静かになる。

そして私は、電動ブラシを取り出しながら、
「常識では考えられない出来事……」
さらに一拍置いて、
「アンビリバボー。」
と叫び、

さらに電動ブラシを会議室の机に置いて
「そう、最近電動のブラシを導入したのである」
と締めた。

今振り返れば、
私にとって人生初のBTM実戦投入である。


5-3 空気が変わった

結果から言うと、その日の発表は予想以上の反応を得ることができた。

会議での談話後もしっかり笑いが起こり、
私自身も手応えを感じていた。

しかし、それ以上に印象に残っている出来事がある。

駐在員ミーティング終了後、
当時、駐在員全体を取りまとめていた人事部長の方が私のところへ来られた。

そして一言、

「いや、あのスピーチは良かったよ。」

そう言って、私に三十元(当時で500円ぐらい)のおひねりを
手渡してくださったのである。
(正確には、Wechatの電子マネーで送ってくれた)

もちろん、正式な報酬ではない。
社内表彰でもない。
ただ、「面白かった」という気持ちを形にしてくださっただけである。

しかし、当時の私にとっては、それが非常に嬉しかった。

私はこの出来事をきっかけに、一つの変化を感じ始めることになる。
それまで、どこか距離を感じていた駐在員の方々との会話が少しずつ増えていったのである。

もちろん、一回のモノマネだけで全てが変わった、
などと言うつもりはない。

そんな都合の良い話ではない。

しかし少なくとも、
「あのだらしない人」
だった私が

「ビートたけしのモノマネをした人=面白い人」

として認識されるようになったことは間違いなかった。

そして、その小さなきっかけが、
その後の人間関係を築く入口になったように思う。

仕事の相談をする機会も増えた。
部門を越えて協力をお願いする場面も増えた。
業務以外の雑談も自然にできるようになった。

休日に一緒に出掛けたり、食事へ行ったりする機会も増えていった。

結果として私は、
中国駐在期間を通じて、
多くの駐在員の方々に支えられながら
仕事へ集中することができた。

そして、
仕事だけではなく、
海外生活そのものを
心から楽しむことができたのである。

もちろん、
この全てをビートたけしのモノマネのおかげだと言うつもりはない。

その後の仕事や日々のコミュニケーションがあってこそ築かれた関係である。

しかし、人と人との距離を縮める「最初の一歩」として、
あの日のビートたけしのモノマネが果たした役割は、
決して小さくなかった。

少なくとも当時の私は、
ビートたけしのものまね(BTM)に救われたのである。

今振り返れば、
あの三十元のおひねりこそが、
私がBTM研究を本気で取り組むことになった、
最初の手ごたえであったのかもしれない。

もちろん、
この出来事だけでBTM理論を証明できたとは思っていない。
しかし少なくとも私にとって、
この経験がBTM研究の原点となったことだけは間違いない。

サンプル数はn=1。

統計学的有意差も存在しない。
しかし、研究というものは、時として一つの経験から始まる。

BTMもまた、そのようにして始まったのである。


5-4 BTMが証明したもの

あの日の出来事を振り返るたび、私は一つのことを考える。

なぜ、あの時のビートたけしのモノマネは、
私と駐在員の皆さんとの関係を変えるきっかけになったのだろうか。

もちろん、
ビートたけしのモノマネそのものに、
人の心を開く魔法のような力があると言いたいわけではない。

その後の信頼関係は、
日々の仕事やコミュニケーションの積み重ねによって築かれたものである。

しかし一方で、
私は「あの日」がなければ、
その後の関係も違っていたのではないかとも思っている。

ここで私は、物理現象との共通点を感じている。

物体は静止した状態から動き始める瞬間が、
静摩擦係数や慣性の影響により、
最も大きな力を必要とする。

しかし、
一度動き出してしまえば、
その後は比較的小さな力で運動を続けることができる。

私は人間関係も、それとよく似ているのではないかと思う。

新しい環境へ入る。
初対面の人と話す。
自分という人間を知ってもらう。

この「ゼロから一(イチ)」の段階こそが、
最も大きなエネルギーを必要とする。

そして、
その最初の壁を越えることができれば、
その後は仕事や日々の行動を通じて、
本来の自分を知ってもらうことができる。

逆に、
その最初の壁を越えられないままだと、
本来持っている実力や人柄があっても、
それを発揮する機会そのものが生まれにくい。

人は、第一印象や初期の認識に少なからず影響を受けるからである。

私はBTMとは、
その最初の壁を飛び越える技術ではなく、
飛び越えやすくする技術
なのではないかと思っている。

あるいは、
最初の摩擦を少しだけ小さくしてくれる技術、
と言ってもよい。

BTMだけで信頼関係が築けるわけではない。

その後に必要なのは、
その人自身の
仕事への姿勢であり、
人柄であり、
誠実さである。

しかし、
BTMがその最初のきっかけを与えてくれたことは、
私にとって紛れもない事実である。

あれから年月が経ち、
当時中国へ駐在していた皆さんも、今ではそれぞれ日本へ帰任している。

それでも社内で顔を合わせれば、
「元気にしている?」
「最近どう?」
と、自然に声を掛けていただける。

あの中国駐在で築くことのできた人間関係は、
戦友のような、不思議な連帯感を持つ関係となり
今でも続いている。

もちろん、それはビートたけしのモノマネだけで築かれたものではない。

その後の仕事や日々の関わりがあってこそ育まれた関係である。

しかし、あの日のBTMが、
その関係の最初の扉を開いてくれたことだけは間違いない。

私にとって、
あの中国駐在で出会った駐在員の皆さんとのつながりは、
今でも大きな財産となっている。

だから私は、今でもBTMを信じている。

それ故に私は、
ビジネスパーソンにこそ、
ビートたけしのモノマネを勧めたい。

もちろん、
無理にとは言わない。

しかし、
もし、新しい環境へ飛び込む日が来たなら。

その時は、
ほんの少しだけBTMを思い出してほしい。

それが、
あなたにとって最初の一歩を踏み出す助けになるかもしれない。

この記事を書きながら改めて思う。
BTMとは、
単なるビートたけしのモノマネ理論ではない。

人と人をつなぐ、
最初の一歩を踏み出しやすくする理論なのではないか。

少なくとも私はそう考えている。


第6章 BTM実践編

ここまで読んでいただいた読者の皆様は、
BTM(Beat Takeshi Method)の有用性については、
十分ご理解いただけたのではないかと思う。

では次に生まれる疑問は、一つである。

「理論は分かった。
しかし、実際にどうやってビートたけしのモノマネを習得するのか。」

本章では、その実践方法について具体的に紹介していきたい。

なお、本章で紹介する内容は、
私が長年の試行錯誤を通じて整理したBTM実践メソッドの中核部分であり、
非常に有用、かつ再現性が高いものになっている。

そのため、
大変恐縮ではあるが、
本章の6-2以降は有料部分とさせていただく。
(なお余談だが、これは筆者にとって初めての有料記事になる)


6-1 人はいきなりビートたけしにはなれない
(補助輪理論)

さて、多くの人がBTMを始めようとしたとき、最初に陥る大きな誤りがある。

それは、
いきなりビートたけしになろうとしてしまうこと
である。

一見すると、それが正しい練習方法のようにも思える。

ビートたけしのモノマネなのだから、
最初からビートたけしを真似すればよい。

極めて自然な発想である。
しかし私は、この考え方こそが
ビートたけしモノマネの最大の落とし穴だと思っている。

簡単に言えば、
人はいきなりビートたけしにはなれない
のである

ここで、自転車の乗り方を思い出していただきたい。

皆さんが初めて自転車へ乗ったとき、
あるいは、自分の子どもへ自転車の乗り方を教えるとき、

最初から補助輪なしで練習しただろうか。
おそらく、ほとんどの人がそうではない。

最初は補助輪を付ける。
慣れてきたら補助輪を外す。
その後は後ろから支えてもらいながら練習する。
そして最後に、一人で乗れるようになる。

私たちは、このような段階的なスキル習得をごく自然に受け入れている。

にもかかわらず、
なぜビートたけしのモノマネになると、
いきなり補助輪なしで挑もうとしてしまうのだろうか。

これは極めて不思議な現象である。

もちろん、挑戦すること自体は素晴らしい。
しかし、多くの場合、
声が似ない。
リズムが合わない。
間も違う。
そして何より、自分自身が恥ずかしくなってしまう。

結果として、
「やっぱり自分には無理だ。」
という結論に至ってしまう。

これは非常にもったいない。
問題は才能ではない。
練習方法なのである。

初心者の練習には、必ず補助になるものが存在する。
自転車には補助輪がある。
水泳にはビート板がある。
野球にはティーバッティングがある。

では、
ビートたけしのモノマネにおける補助輪とは、一体何なのか。

私は長年この問題について研究を続け、
一つの結論にたどり着いた。
それは、次の結論である。

ビートたけしになる前に、まずスカパラになる必要がある。

一見すると意味が分からないかもしれない。

しかし、
このスカパラという「中継地点(=補助輪)」の存在こそが、
BTM習得の鍵なのである。

次節では、なぜスカパラが補助輪たりえるのかについて、
詳しく説明したい。


6-2 スカパラ経由進化論  ― GAMOという中継地点 ―

前節において私は、

「ビートたけしになる前に、まずスカパラになる必要がある。」

という、一見すると意味の分からない結論を提示した。
本節では、その理由について説明したい。

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