“誇り”って言葉が苦手だった私が、しっくりきた瞬間
このお話は
歴史と感覚が結びついた気づきから続いています
▶ 【① 歴史が“遠いもの”だった私が、近くに感じはじめたとき】はこちらから
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「誇りを持つ」って言葉
ずっとなんとなく苦手でした
少し身構えるというか
言葉だけが先走って聞こえてしまうというか…
“誇り=誰かに勝つためのもの”
みたいな印象がどこかにあって
正直、遠いものに感じていました
でも不思議と
“その言葉の奥にある感覚”は
なんとなく感じ取っていた気がします
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たとえば
自分が育った土地の空気、匂い、音
そこに流れる人たちの気質や
言葉にしがたい温度感
そういうものを大事にしたいって思う気持ち
知らず知らずに、自分の中にも根を張っていたもの
ただ
それを「誇り」と呼ぶことができなかった。
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そんなとき、ある言葉に出会いました
「誇り」っていうのは、
「自分の国がすごいでしょ!」っていう誰かに勝つための誇りじゃなくて、
「自分がどんな土壌で育ってきたかを知ってる」っていう、静かな自信なんだよ。
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この言葉を聞いてストンと肚落ちしたんです
ああ、**あの奥の感覚、あれって“誇り”だったんだ――**って
「誇り」って言葉が
ちゃんと自分の感覚と結びついた瞬間
そして、歴史を知ること、ルーツにふれることは
ただの知識じゃなくて
自分をちゃんと立たせてあげることなんだと気づいた次第デス
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“誇り”って
どこかにある大きなものを見上げることじゃなくて
自分の内側に、すでに流れていたものに気づいていくこと
たぶん、そういうことなんだと思う
知らなかっただけで
本当はずっとそばにあった
そんな風に
自分の感覚と歴史が結び直されたような感覚でした
▶ 【③ たかなこの“ま”―「静かな誇り」とつながったときに、改めて見えてきた、その“場”の意味】へつづく
