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自死をするかしないかの境界線

こんにちは、たかなしです。

東京で会社員をやっていた頃にパワハラにあい、うつ病を発症。
休職後すぐに夜逃げのような形で大阪に来て、現在は生活保護を受給させていただき生活しています。

先日とある配信者さんが亡くなったとのポストを見て心臓がキュッっとなった。

活動初期からチャンネル登録をし、雑談配信もリアルタイムでたびたび見ていた身としては突然の死に衝撃を受けました。

XJAPANのhideが死んだ時以来の衝撃。

親が死んだ時以上のショック。


自死をするかしないかのラインは本当に少しの差だと思っている。

ガケの淵に立っていて、少し風が吹けば転落してしまうぐらいの感覚。

自死はふと思い立って「よし!死のう!」というわけでは無く、常日頃から一日一日をガケの淵ギリギリに踏ん張っていながら生きていて、ふとした瞬間、ふとしたきっかけでガケから落ちてしまう。

個人的にはそういう感覚と認識している。

かくいう自分も自死を考えた事があり、首を吊る為のロープをネットで購入し、ハングマンズノットという結び方を覚え、遺書を書き、休職中は車で転々としながら首を吊れる山を探したりしていた。

ちなみにそのロープは今も手元に残っていたりする。

自死とは今置かれている世界に救いが無いから、辛いから、苦しいからそれらから逃れようとする行為。

自分は決行に至らずこうして生きているわけですが、大阪に来る時に生家、キャリア、資産、人間関係全てを捨ててきて、それでゼロスタートとなったのがある意味疑似的な死となり、今を生きる事に(生まれ変わる事に)繋がったのかもしれない。

自死だろうが寿命だろうが、看取られようが看取られなかろうが、死にゆく時は自分一人だけであり、死というのは孤独そのもの。

生きるというのは「ああすれば良かった」「こうすれば良かった」という後悔を減らし「楽しかった」「これをして良かった」という思い出を増やし、いかに死ぬ間際に自分自身を納得させて往生するかの過程と思っている。

死にそびれた身として、今は少しでも自分自身が納得する生き方をして死んでいきたいという思いで生きています。


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