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まだできないものを売ってきた人

会社に、とにかくフットワークの軽い若手営業担当者がいる。

開発が検討を始める頃には、もう提案している。

そして時々、

こちらが知らない約束をして帰ってくる。

ある日の会議だった。

案件の進捗報告があり、順調に前へ進んでいる共有があった。

それは良い。

問題は、次の一言だった。

「お客様、その構成で導入したいそうです」

嫌な予感がした。

私は聞いた。

「その構成って?」

営業は、自信満々に答える。

「その構成であれば技術的にはできると聞いていたので、対応可能と回答しました」

会議室の空気が、少し重くなる。

開発が資料を見る。

運用が顔をしかめる。

設計担当が黙る。

そして数分後、

全員が同じ結論にたどり着いた。

「できない」

少なくとも、

今の仕組みでは。

営業も少し黙った。

そして、

「お客様、すごく喜んでたんですけどね」

と、小さくつぶやいた。

どうやらこの人は、

お客様が喜ぶと、つい未来まで約束してしまうらしい。

後日、お客様へ事情を説明した。

ところが、話はそこで終わらなかった。

お客様は言った。

「それを前提に、社内検討を進めています」

営業担当者は青ざめた。

そして気づけば、

社内で検討会が始まっていた。

開発が考える。

運用が考える。

設計が考える。

みんな、文句を言いながら考える。

その間、営業担当者はいつもより静かだった。

技術用語が飛び交うたびに、

少しだけ小さくうなずいていた。

たぶん本人も、

自分が持ち帰った宿題の大きさに、

ようやく気づいていた。

数週間後。

少しずつ、実現方法が見え始めた。

運用上の工夫。

設計上の工夫。

システム改修。

いくつもの知恵が積み重なり、

最終的に、お客様の要望を実現できる形ができあがった。

案件は受注となった。

それだけでも十分だった。

ところが、その仕組みは別のお客様にも採用され、

気づけば、サービスメニューのひとつになっていた。

私はその時、

少し不思議な気持ちになった。

もしあの日、

営業が約束してこなくて、会議室だけで議論していたら、

この仕組みは生まれていただろうか。

たぶん、生まれていない。

もちろん、

勝手に約束するのは困る。

できれば、いや、必ず相談してほしい。

でも、組織の外から持ち込まれる無茶な宿題が、

技術を一歩前に進めることもあるらしい。

先日も、その営業は、

お客様との打ち合わせから帰ってきて言った。

「ちょっとご相談がありまして」

私は思わず身構える。

すると営業は笑った。

「今回はまだ約束してません」

少しだけ成長したらしい。

たぶん、少しだけだと思うけれど。

あの営業は今日もどこかで、

お客様を喜ばせているのだと思う。

私は少しだけ不安になりながら、

少しだけ期待もしている。


ゆるっと診断士視点

組織には、慎重な人が必要だ。

品質を守り、

リスクを見つけ、

できないものを「できない」と言う人。

一方で、準備が整う前に、

「お客様は、こうしたいそうです」

と、未来を持ち帰る人もいる。

もちろん、勝手な約束は困る。

けれど組織の進化は、ときどき、

計画書ではなく、誰かが持ち帰った困った宿題から始まる。

慎重に守る人と、少し早く走る人。

その両者が、文句を言いながら考えることで、

組織は今までになかったものを作るのかもしれない。

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