おまけのスライドに入れない人
私の部長はプレゼンをする際、必ず「おまけ」のスライドを用意していた。
上期のキックオフ。
下期のキックオフ。
半期の振り返り。
何か節目の報告があるたびに、資料の最後には決まって、
「おまけ」
というタイトルが置かれていた。
ただし、
誰一人として、そのおまけを見たことがない。
部長は、たぶん言いたいことが多い人だった。
本編の説明だけで、十分に熱が入る。
途中から少し早口になり、
時計を気にし始め、
さらに早口になり、
最後には、ほとんど言葉が前の言葉を追い越しそうになる。
それでも時間は容赦なく進む。
そして画面の端に、
「おまけ」
という文字だけが現れる。
その瞬間、会場に笑いが起きる。
部長も少し笑う。
「ここからが大事なんだけどな」
毎回、そう言う。
でも、毎回そこまでだった。
おまけは、誰にも開けられない箱のように、
資料の最後に残り続けた。
その部長が、異動することになった。
最後の挨拶の日。
私は少しだけ期待していた。
さすがに今日は、おまけまで行くだろう。
異動の挨拶である。
これまで開かれなかった箱が、
ついに開く日かもしれない。
部長は、いつものように前に立った。
そして、いつものように話し始めた。
ここでの仕事のこと。
周囲に助けられたこと。
そしてついに、
画面に「おまけ」が現れた。
会場が少しざわついた。
ついに来た。
誰も見たことのなかった、おまけである。
ところが、スライドを見ると、
残りは数十枚あった。
会場に笑いが起きた。
部長も笑った。
「ちょっと多いかな」
ちょっとではない。
それでも、その中の一枚が心に残った。
「三人のレンガ職人」の話だった。
同じようにレンガを積んでいても、
一人は「レンガを積んでいる」と言い、
一人は「壁をつくっている」と言い、
もう一人は「大聖堂をつくっている」と答える。
何をしているかだけでなく、
何のためにしているか。
部長は、いつも以上の熱量で話した。
四十を過ぎた私にとっては、
正直、頭では分かっている話だった。
目的を持つこと。
仕事の意味を考えること。
何度も聞いてきた言葉でもある。
けれど、
分かっていることと、
誰かの熱で、もう一度思い出すことは、
少し違うらしい。
時計を見た司会者が、静かに合図を送った。
部長は名残惜しそうに画面を閉じた。
その日も結局、
おまけを最後まで話しきれなかった。
でも不思議なことに、
あの日の一枚だけは、今も私の中に残っている。
完璧に時間内で話し終える人。
要点を三つにまとめられる人。
そんな人は、きっと仕事ができるのだと思う。
でも私は、
そうではない人の熱にも、少し弱い。
部長は最後まで、
おまけのスライドに入りきれない人だった。
でも、その人自身は、
私の記憶に、ずいぶん深く入り込んだ。
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