インドに行くと人は変わるのか?リアルな暮らしを体験する旅
今、旅先のインドでこのnoteを書いている。
旅程後半に入ったが、日本食が恋しくなったり、お腹を壊すこともなく楽しめている。
毎日が刺激的だからこそ、気持ちが鮮明なうちに残したいと思い、noteを書くことにした。
まず、今回インドを訪れた理由から。
それは‥‥
『インドに伝わるヴェーダの学びに救われたから』
私がヴェーダを学びはじめたのは、心身ともにボロボロになり生きる意味を探した時期だ。
食べ物の味がしない
音や人目が怖い
無感情
ふさぎこんでいたため記憶が飛び飛びだが、とにかく人に会うのが怖かった。
話がそれそうなので、その時の話はこちらをどうぞ↓
さて、インドを訪れた理由『ヴェーダの学びに救われたから』に話を戻すと、ヴェーダを学んだといっても私がふれたのは、その一部に過ぎないと思う。
そしてきっと、私が生きている間、毎日勉強したとしても、ヴェーダの全てを知り尽くすことはできないだろう。だから面白い。
そして知れば知るほど『自分の目や耳、五感で、この叡智の生まれた国』を感じてみたいと思うようになった。
しかし‥‥
『インドは呼ばれないと行けない』と言われている国だ。
私が呼ばれる日が来るのだろうかと思ったが、冒頭にも書いた通り、現在インドに来ている。
この旅に導いてくれたのは、きっと亡くなった2頭の愛犬だ。
人々の暮らしを体験する祈りと学びの旅。
それらをコーディネイトしてくれたのは、インドの大家族に嫁ぎ、インドと日本で2拠点生活をするとある女性だ。(@guptasonomi_india)

窯で焼かれたコーンのチャパティが絶品!
前半で体験したことは
ご飯を作る
プージャ(お祈り)に参加
グル(先生)と話す
街中にある寺院にお参り
日本語の通じる村でホームステイ
など、インドで暮らす一般家庭の日常だ。

さすがインド!と、異なる文化を楽しめる時もあれば、自然と涙が流れる時もある。

通りすがりの人がお祈りする姿を見かける
旅の前半では、自分の中での『何か』が動いているのが分かった。
しかし、その感覚が正解なのか。その答えが旅の後半で見つかるかはまだ分からない。
でも、見つからないのであれば、それはそれでいいと思っている。
『絶対見つけてやるんだ』
なんて意気込まなくてもいい。
ゆるい自分を受け入れてみるのもいいよ。
数年前の自分が見たら驚くだろうこの思考を教えてくれたのもインドだ。
今回のnoteはここまでにして、旅前半を終え感じたことを最後にまとめてみる。

5000年以上前から伝わる叡智があり
毎日祈りの時間を設け
ヘルシーな食生活(ベジタリアン)をする
インドで体験した上記ような生き方は、ヴェーダの学びにふれた私にとって美しく映る。
では、現地に住む人々はどうなのかというと、私と同じように子育てや、地域のことについて悩んでいた。
同じ人間なのだから、当たり前といえば、当たり前だ。なのに私は、どこか期待していたのかもしれない。
豊かな生活だから幸せとは限らないし、ナチュラルな暮らしだから悩みがないとも限らない。
どんな場所に住んでいても、何にフォーカスして、どこへ進むか。
行けば変われるのではなく、まずは足元を見る必要がありそうだ。
