見出し画像

日本版主題歌はいらない

MCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)及び「スパイダーマン」シリーズの最新作である「スパイダーマン:ブランド・ニュー・デイ」の日本版主題歌がMrs. GREEN APPLEの“Brand New”に決定したと発表され炎上している。

いわゆる日本版主題歌と呼ばれるものには日本語吹替版のみに流れるものが多いが、中には字幕版を見ても使用される音源が日本版主題歌に差し替えられていることもある。

「スパイダーマン」シリーズで言えば、2012年公開の「アメイジング・スパイダーマン」(MCUには含まれない作品)のエンディング・テーマが字幕版でもSPYAIRの“0 GAME”に差し替えられていた。

「スパイダーマン」シリーズ同様にソニー・ピクチャーズが配給したミュージカル「ANNIE/アニー」のリメイク版(2014)は字幕版で見てもエンディング曲が平井堅の歌うものに差し替えられていた。ミュージカル映画を字幕版で見ているのに使用楽曲が邦楽アーティストのものに差し替えられているなんて作品に対する冒涜もいいところだ。

また、ソニー・ピクチャーズ以外でもディズニー映画「ヘラクレス」(1997)の字幕版では本編とエンド・クレジットの間に藤井フミヤが歌う主題歌の日本語バージョンのMVが挟まれるという意味不明な再編集が行われて上映されたりもした。

毎回、誰がテーマ曲を歌うかで注目される007シリーズですら改変されたことがある。
「ワールド・イズ・ノット・イナフ」(1999)は自分は試写会で見たので回避できたが、日本公開版はエンディング曲がLUNA SEA”Sweetest Coma Again”に差し替えられている。

日本向けの改変・改ざんというと、ハリウッド映画の代理配給会社になる前の東宝東和とか、今はなき日本ヘラルド(後にKADOKAWAに吸収合併される)のような独立系の洋画配給会社のやることと思われがちだが、ハリウッドのメジャースタジオの日本法人でも平気でやっている。

そういう事例を考えると、字幕版もいじられてしまう可能性があるから、映画ファン、特に洋画ファンは怒っているのだ。

ぶっちゃけ、自分が好きなアーティストが主題歌を担当したくらいでその映画を見に行こうと思う人は少ないと思う。
80〜90年代の米国映画が日本でヒットしていた時代なら、本国で公開されてから日本公開されるまでに“時差”があるので、日本公開までの期間に全米チャートを賑わせているサウンドトラック収録曲を耳にしているうちに、その曲が好きになり、その曲が使われている映画を見たくなるというのはあったと思うが、日米同時公開のハリウッド作品や日本映画ではそういう鑑賞動機はあまりないのではないだろうか。

ましてや、オリジナル版にはない日本版主題歌なんて別に海外の観客が耳にするワケでもないから、自分のお気に入りの邦楽アーティストが海外進出に成功したわけでもないので意味はない。
仮にこの日本版主題歌が吹替版のみだったとしても、そもそも、吹替版で外国映画を見る人に熱心な映画ファンは少ない。となると、エンド・クレジットが流れ出した途端に席を立つから日本版主題歌なんてちゃんと聞かれやしない。

じゃ、何故、そういう意味のないことをするのか?日本の配給会社だけでなく、著作権やアーティストの権利にうるさい外資系までやるのかと言えば、プロモーション展開におけるプラスアルファの話題が欲しいからだろう。スポーツ紙やワイドショーが取り上げてくれる。映画自体への興味はないが、そのアーティストのファンが“すごい!”とネット上でマンセーしてくれる。要は外国映画のイベントに全く関係ない日本の芸能人が出てきたり、吹替版キャストに声優が本業でないアイドルや芸人が起用されるのと同じだ。

その一方で、映画ファンが批判してくれるから炎上商法にもなる。ソニー・ピクチャーズが明らかにミセスの日本版主題歌起用を批判している人にまでリプしてくる、しかも、作品名やアーティスト名、配給会社名を出さずに批判している人にまで絡んでくるのを見ると、従来の芸能ニュース的なプロモーションだけでなく炎上商法も狙っているのは間違いないだろう。

個人的には日本版主題歌で許されたのは70年代から80年代半ばの香港映画だけだと思う(香港映画と混同されたこの時期の中国や台湾の武侠映画やアクション映画もこのカテゴリーに入れてもいいか)。

この時期の香港映画は著作権の概念がいい加減だった。無許可で既成曲を使っていたと思われるケースもあるし、許可を取ったのかどうかも怪しい既成曲の広東語カバー・バージョンが使われたりしていた。
劇伴(スコア)が使われていても、他の作品と使い回していないかと思いたくなるものや、これを劇伴(スコア)と呼んでいいのかと言いたくなるような、ただ音が鳴っているだけのクソダサいものが流れていたりもした。

だから、著作権的な概念でもプロモーション的な視点でも日本版主題歌を作らざるを得ないということで仕方なかったと思う。

時代劇カンフー映画時代のジャッキー・チェン主演映画をはじめ、「燃えよドラゴン」のヒットを受けて順次公開されたブルース・リーの旧作、「少林寺三十六房」、「チャンピオン鷹」など、この時代の作品を日本版主題歌とセットで記憶している人が多いが、それはクオリティがオリジナルより高かったからだ。

80年代半ばあたりから香港映画における著作権の概念や楽曲使用のセンスが向上し、オリジナル版の主題歌がそのまま日本公開版でも使われるようになった。ジャッキーの「プロジェクトA」や「ポリス・ストーリー/香港国際警察」はオリジナルの主題歌とセットで愛されている。

ハリウッド映画の日本版主題歌が何故嫌われるのかというと、単なるタイアップで終わってしまい、作品に対するリスペクトがないからだ。

また、かつての香港映画のような状況ならまだしも、そうでないのに使用曲を変更するのはオリジナル版のスタッフ、キャストに対する冒涜だと思う人が増えているというのもあると思う。いくら、オリジナル版のスタッフがその日本版主題歌アーティストをヨイショするコメントを発表したって、そんなのは本音ではない。どこに自分の作品の主題歌を勝手に変えられて喜ぶ監督がいるんだよ?そんな奴がいるとしたら、とっとと職業を変えた方がいい。

今回、「スパイダーマン」の日本版主題歌に起用されたミセスはMCUのファンと語っていたが、これだって本当かなと思う。

本当にMCUのファンなら、オリジナル版に流れる音楽を聞きたいと思うのでは?

結局、日本版主題歌が嫌われる理由はリスペクトの欠如、これに尽きるんだよね。

いいなと思ったら応援しよう!