【こども家庭庁解体論】三原じゅん子氏の反論がずれている理由 「政策は大切」では予算の説明にならない
三原じゅん子氏が、こども家庭庁の「解体論」に反論したと報じられました。
日刊スポーツの記事はこちらです。
三原じゅん子氏が反論 こども家庭庁「解体論」に「政策はどれも大切。なくせるものではない」
報道によれば、三原氏は、こども家庭庁について「こどもまんなか社会」の実現に向けて総合調整を行う司令塔として創設され、子ども大綱の制定、こども未来戦略、子ども・子育て支援法の改正、こども性暴力防止法の制定、児童福祉法改正などを挙げたうえで、一定の成果を上げてきたと説明しています。
さらに、こども家庭庁の予算規模が当初の約4.8兆円から今年度は約7.5兆円になったことにも触れ、こども家庭庁が担う政策について「どれも大切で、けしてなくせるものではない」という趣旨の発言をしています。
しかし、私はこの反論はずれていると考えます。
問題は、子ども政策が大切かどうかではありません。
問題は、大切な政策の名のもとに使われている国費が、現場で本当に子どもを守るために使われているのかという点です。
「政策は大切です」では、予算の説明にならない
子育て支援が大切なのは当然です。
虐待を受けた子どもへの支援が大切なのも当然です。
ひとり親家庭、障害児、若者支援、保育、妊産婦支援が大切なのも当然です。
しかし、政策目的が大切であることと、実際の予算執行が正しいことは別問題です。
行政の議論では、ここでよくすり替えが起きます。
目的が大切である。
だから予算も正しい。
だから組織も守るべきだ。
一見すると、もっともらしく聞こえます。
しかし、国民が問うべきなのは、看板ではありません。
そのお金が、どこで、誰に、どのように使われ、子どもの利益につながったのか。
逆に、行政の誤った判断や組織防衛に使われていないのか。
ここです。
三原氏の発言の問題は、子ども政策の重要性を語る一方で、その政策に使われる国費が現場で適正に使われているかという検証責任に踏み込んでいない点にあります。
児童相談所の一時保護にも、国費が流れている
こども家庭庁の予算資料を見ると、児童虐待防止対策関係だけでも多額の予算が組まれています。
令和8年度予算案関係資料では、主な内訳として、児童虐待防止対策等総合支援事業費補助金206億円、児童入所施設措置費等国庫負担金1,672億円、子ども・子育て支援交付金2,163億円が示されています。
また、児童相談所の体制強化、一時保護施設の環境改善、面会通信制限等対応職員の配置、医療機関との連携、トラウマケア、人材確保・定着支援などにも予算が入る構造になっています。
つまり、国は児童相談所の運用に対して、お金を出しているのです。
であれば、当然問われるべきことがあります。
その一時保護は、本当に必要だったのか。
数か月に及ぶ親子分離は、本当に避けられなかったのか。
面会や通信の制限は、個別具体的に必要だったのか。
施設入所に向けた判断は、子どもの利益に沿っていたのか。
医師による検査や心理的な聞き取りは、子どもの尊厳や意思を踏まえたものだったのか。
一時保護を解除できた時点はなかったのか。
行政側の誤認や不手際によって、余計な保護期間や支出が発生していないのか。
ここを検証できないまま国費だけが流れ続けるなら、それは「子ども支援」ではありません。
制度の名札をつけた、検証不能な行政支出です。
不必要な一時保護は、子どもにも税金にも二重の被害を出す
児童相談所の一時保護は、単なる事務手続きではありません。
子どもを家庭、学校、友人、地域から切り離す強い行政権限です。
必要な場合には、もちろん命を守るために行わなければなりません。
しかし、必要性が疑わしい一時保護が行われ、数週間、数か月と長期化した場合、被害を受けるのは親だけではありません。
子ども自身です。
親に会えない。
友人に会えない。
学校生活が途切れる。
生活環境が突然変わる。
職員の聞き取りに合わせなければ帰れないと感じる。
自分の意思を十分に聞いてもらえない。
面会や通信を制限される。
これが数か月続けば、子どもの人生にとって重大な不利益です。
さらに、その間にも税金は使われます。
一時保護所の人件費。
施設運営費。
委託費。
医療費。
心理職や専門職の費用。
事務処理費。
裁判対応や法的対応の費用。
もしその一時保護が不要だったなら。
あるいは、もっと早く解除できたなら。
その支出は、本当に必要な支出だったと言えるのでしょうか。
子どもを傷つけ、税金も無駄にする。
これが、不必要な一時保護の深刻さです。
実際に、一時保護の継続と面会制限が違法とされた事例がある
これは机上の空論ではありません。
大阪府の児童相談所をめぐる訴訟では、一時保護の継続と面会制限の違法性が問題となりました。
関西テレビの報道によれば、大阪地裁は、家庭裁判所の指摘があった後、速やかに他の医師の鑑定を求めていれば、一時保護の必要がないと認識できたとして、一時保護の継続を違法と判断しました。
さらに、面会制限についても、行政指導でありながら事実上強制的に行われたとして違法と認められました。
その後、大阪高裁でも、一時保護を継続したことは違法とされました。面会制限についても、長女の安全が侵害される具体的なおそれはなかったと指摘され、約6か月間の違法な面会制限があったとして、大阪府に132万円の支払いが命じられています。
この事例が示しているのは、非常に重いことです。
児童相談所の判断は、常に正しいわけではありません。
「子どものため」という言葉があっても、実際には違法な親子分離や面会制限が行われることがあるのです。
そして、違法な一時保護や面会制限の期間にも、行政コストは発生しています。
ここを見ないまま「政策はどれも大切」と言ってしまうのは、あまりに粗い議論です。
医療的対応こそ、後から検証できなければならない
特に深刻なのは、医療や心理の専門家が関わる場面です。
もちろん、本当に虐待や性被害が疑われる場合、医療的な確認やケアが必要になることはあります。
そこまで否定しているわけではありません。
しかし、問題は、児童相談所の判断が先にあり、子ども本人が拒みにくい状況に置かれたまま、医師による検査や聞き取りが進められる場合です。
性的被害が確認されていない段階で。
本人や家族が否定しているにもかかわらず。
それでも児童相談所の判断によって、子どもが身体に関わる検査や、極めて繊細な聞き取りを受けさせられる。
このような運用があるなら、それは慎重に検証されなければなりません。
誰が必要性を判断したのか。
どの資料に基づいたのか。
子どもにどう説明したのか。
子ども本人の意思はどう記録されたのか。
代替手段は検討されたのか。
保護者の関与を排除する必要性は本当にあったのか。
後から第三者が検証できる記録は残っているのか。
これらが曖昧なままなら、医療的対応の名を借りた、子どもの尊厳への侵害になりかねません。
こども家庭庁が本当に「こどもまんなか」を掲げるなら、医療連携や専門職配置に予算をつけるだけでは足りません。
その運用が、子どもの意思と尊厳を守ったものだったか。
そこまで後から検証できる制度が必要です。
国が予算を出すなら、国は検証できなければならない
こども家庭庁の問題は、予算が多いことそのものではありません。
本当に必要な支援にお金が使われるなら、それは必要な支出です。
問題は、児童相談所の強い権限に国費が流れているにもかかわらず、個別の運用が適切だったかを後から検証できる仕組みが弱いことです。
国が予算を出すなら、少なくとも次のような検証が必要です。
一時保護の開始理由。
一時保護以外の選択肢を検討した記録。
危険性判断の根拠。
子ども本人の意見の記録。
保護者への説明内容。
面会通信制限の具体的理由。
医療検査や心理的聞き取りの必要性。
一時保護が長期化した理由。
解除できた時点の検討記録。
違法・不当な対応が認められた場合の費用検証。
これらがなければ、国は各児童相談所が無駄なお金を使っていないか確認できません。
そして、確認できないものに税金を出し続けるなら、それは予算統制ではありません。
行政への白紙委任です。
「どれも大切」は、官僚機構を守る言葉になりかねない
三原氏の「どれも大切で、けしてなくせるものではない」という発言は、一見すると子どもを守る言葉に聞こえます。
しかし、本当に子どもを守るなら、そこで止まってはいけません。
大切な政策だからこそ、検証する。
大切な予算だからこそ、使い道を見る。
大切な子ども政策だからこそ、行政組織の自己正当化に使わせない。
これが本来の政治の役割です。
国民が不信感を持っているのは、子ども政策そのものではありません。
予算が増えているのに、現場の問題が見えないことです。
国費が入っているのに、児童相談所の判断を後から検証できないことです。
不必要な一時保護、長期の親子分離、面会制限、子どもの意思を置き去りにした検査や聞き取りがあっても、国が実態を把握し、是正する仕組みが見えないことです。
ここに答えないまま「どれも大切」と言うなら、それは子どもを守る説明ではなく、官僚機構を守る説明に見えてしまいます。
こども家庭庁を守る議論ではなく、子どもを守る議論を
こども家庭庁を解体するか、存続させるか。
その二択だけで議論すると、問題の本質が見えにくくなります。
本当に必要なのは、こども家庭庁という看板を守ることではありません。
国費が子どもを守るために使われているのか。
児童相談所の強い権限が、子どもの権利を侵害していないか。
不必要な一時保護や面会制限に、税金が流れていないか。
違法・不当な運用があった場合、自治体や児童相談所だけでなく、予算を出す国も改善責任を果たせるのか。
ここを問うことです。
「政策は大切」
それは当然です。
だからこそ、検証が必要なのです。
大切なら、記録を残す。
大切なら、後から確認できるようにする。
大切なら、誤った一時保護を止める。
大切なら、違法・不当な面会制限を放置しない。
大切なら、子どもの尊厳を守る。
こども家庭庁に必要なのは、予算の大きさを守る答弁ではありません。
その予算が、本当に子どものために使われたのかを検証できる仕組みです。
児童相談所の一時保護は、子どもの人生を左右します。
数日ではなく、数か月に及ぶこともあります。
学校、友人、家族、生活環境から切り離されることがあります。
その間に行われた聞き取り、検査、面会制限、施設生活は、子どもの心に深く残ります。
それほど重い行政権限に国費を出しているのに、後から検証できない。
この構造こそ、こども家庭庁をめぐる最大の問題です。
「どれも大切」で終わらせてはいけません。
政策が大切なら、予算を検証する。
子どもが大切なら、児童相談所の権限を検証する。
税金が大切なら、無駄な一時保護を検証する。
こども家庭庁を守るための議論ではなく、子どもを守るための議論をすべきです。
参考資料
三原じゅん子氏が反論 こども家庭庁「解体論」に「政策はどれも大切。なくせるものではない」
こども家庭庁 令和8年度予算案の概要(虐待防止対策関係)
関西テレビ「家裁の“忠告”無視した児童相談所の一時保護継続は『違法』」
関西テレビ「一時保護延長と面会制限は不当」判決を受け 吉村知事「面会制限というのは例外的」
子どもと日本の未来を創るたかさん
YouTubeでも、児童相談所問題、行政の不透明な運用、子どもの権利について発信しています。
いいなと思ったら応援しよう!
無理のない範囲で応援いただけましたら、大変励みになります。