木曜の夜、缶ビール1本が『経営会議』に変わっていた
きょうも木曜の夜22時だ。帰宅して、冷蔵庫から缶ビールを一本取り出す。冷えたそれを指でつかんで、同じ音で開ける。プシュッという音は、もう習慣音だ。いつからかは正確に覚えていない。だが気づくのは、この儀式が自分の1週間の「経営会議」に変わっていることだ。
SIer時代は金曜の朝だった。
営業からの進捗報告、ステータスレビュー、来週のスケジュール調整。すべてが「報告される側」の時間だ。上司に数字を説明する。チームのアウトプットを説明する。自分で自分の仕事を評価する暇はない。そもそも、評価は誰かがくれるものだと思い込んでいた。15年、その構造の中で生きてきた。
フリーランスになって、その構造が反転した。
クライアントからの評価はもらう。納期は守る。単価の交渉もする。ただしここまでだ。その先は、誰も見てくれない。「今週の自分」「今月の自分」を評価するのは、もう他人の役割ではない。自分で採点しなければ、来月の営業戦略も立たない。今月の失敗は来月のチャンスを消す。その判断が、今週の時点で必要になる。時間が縮小した。
缶ビール1本を開ける。この儀式はいつから始まったのか。覚えていない。去年の11月のどこかだったと思う。フリーランスに転向して2ヶ月目くらい。最初はただ疲れて飲んでいたんだと思う。だが気づくのは、木曜の夜22時が「自分で自分に面談をする時間」に変わっていることだ。
今週は何件の案件を進めたか。単価は予定通りか。クライアントの反応は。修正指示の質は。「ここはプロだな」と感じた瞬間は。逆に「ここは自分の甘さだ」と痛感した瞬間は。次の案件の見込みは立っているか。月末の資金繰りは。そういったことを、ビールを飲みながら、ぼんやり頭で整理する。
SIer時代には存在しなかった問いだ。あのころは「プロジェクトの進捗」「チームのKPI」「納期までの残り日数」という他人事が主だった。自分の人生のキャッシュフロー、売上、来月の保証、5年後の単価。そんなことを考える習慣なんかなかった。上司が決めて、経営企画が決めて、PMが決めて。その中で「言われた通り」をやるだけだった。
フリーランス6ヶ月。週単位で「自分の経営状況」を検証する人間になった。40代にして、初めて自分が「個人事業」の経営者だと実感するのは、この木曜の夜なんだろう。
缶ビール1本が、こんなに大切な会議室に変わるとは。
SIer的には、これは「自己啓発」や「ポジティブシンキング」に分類される言葉で語られるはずだ。自分を信じよう、主体的に考えよう、セルフマネジメント。そういう大仰な文脈で賞賛されるべきシーンなんだろう。だが実際のところ、違う。単純に「自分で決めなきゃ、誰も決めてくれない」という構造的な必然だ。
それがフリーランス人生の正体だ。
SIer時代の上司は「君の成長を応援する」と言った。だが実際には「プロジェクトに間に合わせろ」ということだった。その違いに、気づくのに15年かかった。今は誰も応援してくれない。その代わり「自分で判断した結果」はすべて自分に跳ね返る。それが今週の単価に、来月の見通しに、5年後のキャリアに直結する。
その重責を感じながら、缶ビール1本飲む。
来週も木曜が来る。また同じ音で缶を開ける。また同じ問いを自分に投げかける。「今週の自分は、いくらか」と。その繰り返しの中で、僕という人間が「経営者」という姿に少しずつ変わっていくんだろう。
SIer時代には「年1回の人事評価」がある。だが今は「週1回の自己評価」がある。どちらが正確か。実際のところ、後者だ。週単位で修正できる。月単位で軌道修正できる。そういう速度で生きている。
それをビール片手に、ひとりで、木曜の夜22時に、実感している。
こういう毎週の積み重ねが、数字になり、実績になり、そして自分という個人事業の営業資産に変わっていく。その過程が目に見えるのが、フリーランス人生の面白さなんだと思う。
次の投稿も見てもらえたら嬉しいです。
