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短編小説 | 猫と作家

「こんな物語が、なんで売れるんだか」
僕は、書店に平積みされたベストセラー小説の帯を眺め、ため息交じりに呟いた。
物語は、もっと社会に巣食う問題を抉り出し、人々に考えるきっかけを与えるべきじゃないの。そんな憤りを抱えた自称作家の僕は、しかし一行も書けず、一人で家にこもる日々が続いた。

悶々とした日々を打破するため、せめて夕方は散歩することにした。向かうのは、住宅街を抜けた先にある丘の上の公園。そこから見下ろす街の灯りは、僕の心を少しだけあたためてくれた。
いつからか、公園に行くたび、ベンチに座るおじいさんと、彼の膝の上で丸くなる一匹の三毛猫に出会うようになった。僕は決して話しかけず、少し離れた場所からその光景を眺める。まるで一枚の絵画のように、そこだけ時間の流れが豊かなように思えた。

ある日の夕方、公園に着くとベンチには猫だけが座っていた。おじいさんの姿はない。
どうしたのだろうか。なぜか胸がざわつき、僕は吸い寄せられるように猫に近づいた。
「あの、おじいさんは…」
思わず口から出た言葉に、自分で驚いた。猫に話しかけるなんて。
すると、猫がゆっくりと顔を上げ、僕の目を見て、はっきりした声でこう言ったのだ。
「ああ、彼かい。もうここには来ないよ。彼の出番は、昨日で終わりにしたからね」
僕は言葉を失った。猫は、まるで世間話でもするように続けた。
「私が創った物語の登場人物だったんだ。作家に憧れながら、何も書けずに一人きりの人生を終える男の役を、見事に演じてくれたよ」
この猫が、作家…? 混乱する僕に、猫は問いかけた。
「君が訴えたい社会問題とやらは、一体誰の物語なんだい?」

…一体、誰の物語なんだろう…?
僕は、ただ、頭の中にある独りよがりな正義を振りかざしていただけだった。

僕は家に駆け戻り、パソコンを開いた。指が勝手に動き出す。
『丘の上の公園には、猫と作家がいる』
他者との出会いから、僕の物語が始まった。

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